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私は窓際にあるソファーの上に乗って外を見ていた。そろそろ彼が来る。フィオナに会いに彼が来る。

ああ、見えた。建物の陰から彼の姿が見えた。私の妹のフィオナも一緒だ。ああ、可愛いな。私の妹。本当に天使みたい。

あの人は誰なんだろう。月に一度、この時間に必ず現れる彼。薄茶色の髪が風になびいてサラサラしている。笑ったら優しげな風貌だろうに仏頂面で愛想がなさそう。時折ふと疲れた顔をしている。何か悩みでもあるのかしらね。容姿は格好いいのに仏頂面で台無しじゃない。もったいないわ。


ああ、そんなことを思っていたら屋敷の庭の噴水の方へ行ってしまった。私がいる塔からは見えないから残念だわ。


「つまんない。」


私は窓から外を見るのをやめた。

ここから見える世界は少しだけ、欠片だけ。とてもつまらないわ。


「お外に出たいなぁ。」


でもそんなことを言うと母様が寂しげな顔をして謝るから言わないの。

大好きな母様。いつも優しくて女神のような微笑みを絶やさない自慢の母様。フィオナもその性格、容姿を受け継いでいるからきっと将来母様みたいになるわね。


「ああ、でももっとお外を見てみたい。」


きっと、色んなものがあるわ。

水の精が住むと言われる神秘の泉。頭のてっぺんから炎を吹き出す熱い山。全てが乾ききった絶望の砂漠。風が止む事がないと言われる風の断崖絶壁。


「フィオナは良いなあ。」


私もお外に出たいな。私がぼやくと窓から黒い影が入ってきた。


「だから、僕と一緒に行けば良いじゃない。シェリア。」


「あら、また来たのね。ゼノ。」


さっきまで見ていた窓からひょっこり現れる黒い影。二十歳くらいの男の人。ちょっと前に花嫁になってと言われたけど、きっと俗に言う『変態』ってヤツね。

断ったのに、毎日毎日来るのよね。でも私とお揃いの黒い髪だから強く言えなくて。たまにお喋りしてあげるの。


「外に出たいなら、僕と行こう。」


「嫌よ。貴方とはいかないわ。だって貴方変態だもの。」


「……そんな言葉どこで覚えたの。」


ゼノは眉を八の字に寄せてため息をつく。

たまに私が知らない言葉がふと思い浮かぶ事がある。意味がわからないことも多いけど、変態の使い方だけは合ってると自信を持って言えるわね。


「私、貴方の花嫁にはならないわ。私の好みじゃないもの。」


「なら、どんな奴が好みなのさ?」


「そうねぇ。いつも笑顔でとびきり優しいの。髪の毛はサラサラでキラキラなのが良いなあ。私、自分の黒嫌いだから。」


「君の黒髪は素敵だと思うけど。というか、随分アバウトな好みだよね。」


キラキラって何だよと呟くゼノ。

そういえば、フィオナと一緒にいた男の人はキラキラだったなあ。仏頂面じゃなかったら私の好みドンピシャだわ!


「それにお外に出たら、すぐ捕まっちゃうわ。」


「何故?」


「この髪だもの。黒は珍しいんでしょう? 見つかって捕まっちゃう。」


この塔に来るのは母様、父様、フィオナ、後一部の使用人。その中で髪が黒い人は見たことがない。


「なら、色を変えれば良い。」


「どうやってするのよ?」


「魔法を使うんだよ。……ほら!」


彼が指先を私に向けふいっと振った。すると髪の色が金色に変わった。


「すごい! 呪文も唱えてないのにどうやってやったの?」


「僕は天才だからね。まあ、君には特別に教えてあげるよ。僕のオリジナルの魔法だから貴重だよ。」


オリジナル。魔法は正式な呪文以外にも個人で創る魔法もあるらしい。とても難しいらしいけど。ゼノ、ただの変態じゃなかったのね。


私は彼から魔法の使い方を教えてもらった。彼は呪文なしで使えたけれど、私は彼に教えてもらった呪文を唱えてやっと変化できた。


「そろそろ時間かな。じゃあね、シェリア。また来るよ。」


私に魔法を教え終わるとゼノは胸元から懐中時計を出して時間を確認するとすっと姿を消した。一体どうやっているのかしら。ほんと、変な人。


「あら、シェリア。お外を見ていたの?」


ゼノが去った後、入れ替わるように母様が来た。髪の色は既に黒に戻っている。

私はゼノの事を他の誰にも言っていない。きっと喋ったらゼノ捕まっちゃうと思ったの。変態だから。本当は母様に伝えた方が良いと思うんだけど、どうしても言えなかった。


「ええ、フィオナと男の人が見えたから。何してるのかなとおもったの。」


「今、キリト君が来ているからね。フィオナを遊んでもらっているのよ。」


「キリト? それがあの人の名前?」


「そうよ。とっても良い子よ。」


「へぇ。あの人は何でおうちに来るの?」


「私たちの家と彼の家は古くから仲がいいのよ。だから、時折こうして遊びに来てもらっているの。彼も家を継いだばかりで大変だから、息抜きにね。」


「え! あんなちっちゃいのに?」


キリトは私たちよりは年上だ。だけど、お家を継ぐなんてまだまだまだまだまーーだ早すぎる気がするけど。


「キリト君はとても優秀な魔法使いなのよ。だから、若いのにお家を背負って立っているの。立派な子なのよ。」


「ふうん……。」


どうやら、キリトはすごい人らしい。

お家を背負うって大変だと聞いている。父様がいつも忙しそうにしているのを知っているもの。


「キリトに会ってみたいわ!」


そんな立派な人物ならあって損はないだろう。あのサラサラな髪を触ってみたい。……違うわ、そんな変態みたいなこと考えていないんだからっ!


「ごめんね、シェリア。彼に会わせるわけにはいかないのよ。」


あっ、そうだよね。母様が悲しい顔をしてしまった。つい弾みで言ってしまったけど、母様を悲しませるつもりなんてなかったのよ。


「嘘よ。母様。彼になんて会いたくないわ。冗談なのよ。」


慌ててそんな言い訳をする。でも母様にはお見通しね。きっと。


「ごめんね。シェリア。でも、大きくなって魔法を制御できるようになったらお外に行けるからね。」


「ええ。それまで我慢するわ。だから……母様。ギューってして。」


私は母様に向かって手を広げる。私は抱きしめられるのがとても好きだ。母様に抱きしめられると柔らかい感触がする。父様がいつも羨ましそうに見るけど、今はいないから問題ないわね。


「ええ、勿論よ。シェリア。」


母様が私を抱きしめ返してくれる。ああ、温かくて良い香り。とても幸せだ。


ーーーー


「シェリア! あいにきたよ。あそぼう!」


私は可愛らしいその言葉に後ろを振り返る。そこには私の愛する可愛らしい天使がいた。


「ええ、勿論よ。フィオナ。」


フィオナは喋るのが舌ったらずで、とても可愛い。


「フィオナは本当に母様に似てるわね。」


「そうかなあ。ああ、でもこのまえ、父様がね。私とシェリア、かみのいろとめのいろがおなじならそっくりだって。」


そうかしら。私は全然似ていないと思うけれど。私はつり目だし……。

二人で鏡に並んでみる。あっ、そうだ。ゼノに教えてもらった魔法を使ってみましょう。


「闇の力よ、我が身に集いて我に従え。その力を我が身に移し姿を変えよ。」


ゼノから教えてもらった呪文は少し長い。ゼノ曰く、闇へ問いかけて引き出さなきゃいけないから。とかよくわかんないこと言ってたけど。

何はともあれ、色が変わった。目の色も変えれるかなと思って試したら問題なく変わった。


「すごいわね、シェリア。そんなマホウが使えるなんて。」


「母様たちには内緒よ。」


「わかったー。」


フィオナはとても素直だ。


「似ているかしら……?」


フィオナの髪はふわふわだし、似てない気がする……。ちょっと私の髪をふわっとさせる為に水をかけて三つ編みを編む。暫くして解いてみた。


「ど、どうかしら。」


「わあ! とっても似ているわ!」


フィオナは自分の顔に手を当ててきゃっきゃと喜んでいる。


鏡を覗き込む。これならいけるかもしれない。私はフィオナに提案をした。双子で入れ替わり。


なんて楽しそうなのかしら!


私はフィオナにも魔法をかけ私、シェリアに似せてみた。あまりここには人も来ないし大丈夫だろう。フィオナが来ていた服を私が着て、フィオナが着ていた服を私が着る。


「うふふ、ドキドキするね。」


フィオナはほおを紅潮させ胸に手を当て少し緊張した面持ちだ。だが、楽しさも勝るのか終始笑顔を絶やさない。


「そうね。」


ああ、それで外に出ていける。今まで外に出るときは母様か父様の付き添いでほんの少し散歩するくらい。

一人で出かけるなんて生まれて初めてだ!

フィオナには少し窮屈な思いをさせてしまうが、少しだけ許してもらいましょう。


「いってくるわね、フィオ……、シェリア。」


「うん、いってらっしゃい! シェ……フィオナ。」


お互いが自分の名前を呼びながら別れを口にする。ああ、とてもワクワクする。こんなにワクワクするのは久々だわ!

さて、どこに行こうかしら。

庭の噴水が見たい。いつも塔からは見えないから。


私は塔から出ると噴水がある庭の方へ向かった。

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