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私はあれから繋がれていた馬を迎えに行き、学校に向かって駆けていった。
ゼノが追いかけてくるかと思ってひやひやしたが奴はあっさり諦めたようで追ってはこなかった。
だが、奴はテレポートやら、魅了魔法やら色々使えるチートみたいな奴だし、油断ならない。学校の結界がどうのとか言っていたから、まだ学校にいる方が安全なのかもしれない。
馬さんには悪いが少し頑張ってもらう事になるだろう。私は馬の首をポンポンと軽く叩きながら言う。
「ごめんね。もう少し頑張ってね。」
私はここまでの記憶を整理しようと馬でかけながら思考した。
……私は一人、あの塔の上で軟禁状態で暮らしていた。両親は世間にも私が生まれていた事を秘匿していたらしい。
キリトとフィオナは面識があるのに、キリトがわたしと会った事がないのはそのためだ。
だが、私はあそこで辛い生活を送っていたわけではない。母親も父親も頻繁に会いに来てくれていたし、フィオナも良く絵本を持って遊びに来てくれていた。最も本の好みが合わなかったので、いつも揉めていたが。
私があそこで軟禁されていた理由。それはゼノが仄めかしてきた私の魔法属性の事だろう。
今まで私は風属性が得意だと思っていた。
だが、実際には違う。私は闇属性の持ち主だ。光の属性の主人公の姉が闇の属性なんて、なんで安直な設定なんだろうか。
光は増幅・回復を得意とするが、闇は攻撃に特化する破壊の魔法。
力を制御できなかった幼い私は、光属性だった母が作った塔の結界の中で育ったのだ。また、外界の闇属性の評判は悪いもの。両親は外からの要らぬ干渉を避けるために塔に匿ったのだと思う。
それでも寂しさを隠しきれなかった私。フィオナのようにお外で遊びまわりたかった。
そんな時にゼノが現れたのだ。
思い出せるのはここまで。
一気に記憶が流れ込んできて気持ちが悪い。
今は学園へと早く戻る事に集中しよう。
だが、私は気づいていなかったのである。私の身体に重大な異変が起こっている事に。
学園に戻ったのは明け方だった。
空が白み初めて辺りがうっすらと見えてきた時間だ。
「フワァ~~……。」
私は大きな欠伸をした。
ここ数日、なかなかにハードな日々だった。よく考えたら夜も馬で走り通しで寝ていない。
前世の私はゲームでよく徹夜していたようだが、ゲームで徹夜するのと馬で徹夜するのはまた種類が違う疲労感だ。
「お前も良く頑張ったわね。無理させてごめんなさい。ありがとう。」
馬の鼻面を撫でる。馬は流石に疲れたのかフンッと鼻息だけ鳴らした。
私は馬小屋へと向かい元の場所に戻してやった。
それから自室へとフラフラと戻っていく。
学校は明日からだ。今日一日はぐっすりと眠ろう。寮の自室の部屋を開けると吸い込まれるようにベットへ倒れこんだ。
うーん、フカフカ。
私の意識はすぐに夢の中へと引き込まれていった。
ーーーー
『お母様……! ごめんなさい。わたしのせいでお母様が……。』
『大丈夫、大丈夫よ。わたしの怪我は大したことないのよ。』
『でも、たくさん血が流れてる……。早く治療を!』
『ふふ……。いいのよ、シェリア。それよりこちらに来て顔を見せて。』
………。
『ほら、これでしばらくは大丈夫。』
『これは何をしたの?』
『いいの、あなたは忘れて。嫌なことは忘れて。今の貴女には耐えられないから。』
『え?』
『それより、シェリア。貴女はお姉ちゃんなのだから、フィオナを守ってあげて。そして、二人仲良く暮らすのよ。』
『フィオナを守る?』
『そうよ。ほら、いきなさい。』
とんっ
背中を軽く押される。
『わかった。わたしフィオナを守るわ。おねえちゃんだもの!』
ーーーー
「フィオナは、わたしが守る……。むにゃ。」
「あはは。勇ましいことだけど、授業中の居眠りは感心しないなあ?」
こんっ
頭を軽く小突かれる衝撃。
わたしの頭は一気に覚醒した。
「ふぁっ!? あれ、ここどこ?」
「まだ、寝ぼけてるの? ここは学校の実験室。今は俺の魔法薬学の授業だよ。」
あははは
クスクス
周りが笑いだす気配を感じる。
そうだ、今は授業の時間。あれから1日寝たはずだが、どうにも疲れが取れず授業中も頭はぼんやりしていた。そのままうっかり寝てしまったらしい。
「君が居眠りなんて珍しいけど、今から大事な説明をするんだから、ちゃんと聞くんだよ?」
「はーい……。」
キリトの授業で寝るとは、うかつだった。
この後、ネチネチといびられるに違いない。
「お前、大丈夫か? 辛いなら無理するなよ。」
珍しく授業に出てきていたルヴィナスがコソコソと話しかけてきた。ルヴィナスが出てきてから知ったのだが、彼はわたしの隣の席だったのだ。ずーっと空席だったからまさかなーとは思っていたのだが。
キリトは説明するよ~とみんなの注目を集めるように言った。
さて、今からマジックキャンドルを作る。この間、飾りを買うのに付き合わされたやつである。
マジックキャンドルとは。
前世の世界のアロマキャンドルによく似たものだ。入れる薬品、魔法のかけ方で効能が変わる癒しグッズ。心を落ち着かせたり、逆に活発に明るい気分にさせたりすることもできる。また、幻覚で雪の結晶が降って来るように見せたりとなかなか色んな効果がある。
「二人一組でしてみてね。薬品が混ざるまで温度を上げて一定に保つ人と一定のスピードで混ぜる人が必要だから、なかなか難しいよ? では、始めてね。」
じゃあ、わたしはフィオナと…。と思いかけたが、よく考える。私たちは魔力の相性が悪い。もしかしたらこの間のようにどちらかが疲弊してしまうかも……?
いや、この場合は別々に魔力で別の動作をするわけだから、魔力自体は混じり合わない。関係ないのだろうか。
少し悩んでいる間にふと隣にいるルヴィナスから視線を感じた。彼はもじもじとしながら言った。
「し、シェリア。あの、その、僕と組まないか……?」
ルヴィナスは授業に出るのは珍しく、また留年していることもあり、みんなから少し距離を置かれている。他の誰かと組むには抵抗があるのだろう。
だが、フィオナもあまり私達以外に仲の良い子はいない。あの子を一人にするのも忍びない。
「あっ……!」
フィオナはルヴィナスとわたしが組むのかと思い邪魔をしてはいけないのだろうかと戸惑っているようだ。普段、チームを組むときはフィオナと二人でしていたから余計に戸惑っているようだ。
「うーん、そういえばこのクラス。クラスの生徒が奇数だね。シェリア、ルヴィナスとフィオナの3人で組んでね。」
キリトが教室をくるりと見回し、私達が困っていることが伺えたのだろう。助け舟を出してくれた。
「わかりました。二人とも頑張りましょう。」
「ああ。」
「はい。宜しくお願いします。」
こうして、私たち三人のマジックキャンドル作りが始まった。




