貴女が与えてくれたもの\裏:それは狂った何か
何だろう?何かいい匂いがする。この鼻をくすぐるような良い匂いは・・・・・
「母さんのスープの匂いだ!
・・・あれ?ここは家か?」
と数秒間思考が止まった後現状の把握を進める。知ってる天井、知ってる壁さらには知ってる床。間違いないここは自分の家、だ。
「そうか、帰ってこれたんだ。帰って、これたんだな。最後の最後で死ぬかと思ったけど」
と、右手で顔をぽりぽりと掻きながら顔を引きつらせながらも笑う。そして、同時に押し寄せるのは安堵と、穏やかな雰囲気。そして今ならば自覚できる。ここが本当にもう自分の家と思えるようになったんだと。
そして、俺が無事であったということはもちろん・・・
「あれ?母さんがいない?どこかに行ったのか?あ、あんなに怪我をしていたはずなのに?どどうすれば良いんだ?」
と、アタフタとしだす。包帯で肩までがっちりと巻かれた左腕と比較的無事な右腕を空中で何度も振り回す。まったく、こんなの変人だ。と思いつつも止められない。
そんなことを続けていると
ガチャ
と音がして光が部屋に入ってくる。
そして同時に入ってきたのは母さんだった。母さんは水桶を抱えたまま俺の方を見ると固まってしまった。俺も母さんの方を見て変な体勢で固まる。右腕と左腕をクロスして右手首は左腕側に倒して手のひらを顔の方に向け右手の指を全部開けている。何だこれ?
まあ、そんなことはおいといてだ。母さんの状態を見る。腕や、脚に包帯を巻いている他には特に何も変わっていない。いや、母さんはいろいろと隠してしまう人だから油断はできない。きっと服の下に包帯を巻いたりわざと巻いていない可能性もある。ああ、心配だ早く服の下もちゃんと見ないと。と、少し・・・いやかなり変態じみたことを考えていると、衝撃が来た。
「グボァッッ!」
怪我しているところに絶妙な振動を与えかなり痛い。その元凶はもちろん母さんだ。
固まっていたのだが、持っていた水桶を投げ落とした瞬間こちらに猛ダッシュしてきた。その勢いのまま俺に抱きついてきた。ご褒美です・・・ではなく今のを見る限り怪我はそこまでひどくは無いだろう。いや、だが、気丈に振舞っているだけかもしれない。やはり服の下を見なくて・・・
「痛い痛い痛い!さすがにいろいろとやばい、やばいって。母さん、怪我してる部分に力込めないで!アァアアア」
この悲鳴でようやく正気に戻ってくれたのか離れてくれた。
「ご、ごめんね。だ、だ大丈夫?私嬉しすぎて興奮しちゃって頭が停止しちゃってたみたい」
と、激しく動揺しながら何度も謝ってくる。そうですか、母さんは頭が昇天たんですか。俺も昇天そうでしたよ同じですね。
まあ、そこもおいとくとして、するべき質問をしとくべきだろう。
「母さん、今は一体あの時からどれほど経ったんでしょうか?」
2日か3日いえ、それとももっとでしょうか?これほどの怪我です。それだけ迷惑をかけた自信はあります。いらない自信ですけど。
「そう、ね。今は昨日からみて翌日の朝、昨日の夕刻から今は大体半日と少しってところかしらね」
本当にいらない自信でしたね。と言うより道化師みたいで自分が恥ずかしいですね。まさか半日と少しとは、言葉に出さなくてよかったです。
「ちなみに、手当てしてる時もその後もいつも通りに眠っているようでかなり静かだったわ。静かすぎて何度か息しているか確認したもの」
そう、ですか。それはよかったです。でも何でしょうこの複雑な気持ちは、迷惑をかけなくてよかったはずなのに、なぜか納得できない自分がいる。いや、今はこの丈夫な体を褒めるべきでしょう。よく頑張った自分。なんか納得できないけどよく頑張った。
「ああ、でもその前にお腹減っているでしょう?スープ温め直すから待っていてね。その後に包帯も変えましょう」
と、両手を合わせにこやかな顔で言ってきました。いえ、それはそれでありがたいですけどその前に一つどうしてもしてほしいことがあるのです。こればっかりは譲れません。
俺は母さんの方に真正面に体を向け。呼び止めます。
「母さん、少し待ってください。どうしてもしてほしいことが一つあります。すぐに終わると思うのでおねがいします」
「な、なあに?何かダメなところがあった?いえ、ダメなところしか無いのは分かっているのよ。分かっているのだけど」
「いえ、そういうことではなく。ダメなところはありますけど今は関係ありません。もっと自分に関係することです」
「やっぱりダメなところあるのね」
若干打ちひしがれた雰囲気を醸し出す母さん。失敗してしまいました。いえ、でも今は気にしている場合ではありません。どうしても早急に決めてもらはなければならないことがあるのです。
「母さん、お・・・いえ僕に名前をください」
少しの空白の後に僕は要件を言いました。その言葉を聞いた後の母さんは一瞬ポケッ、としたかと思うと慌てだし焦りだしました。
「そ、そうよね!名前がいるわよね!どうしましょう。何で今まで気づかなかったんだろう。も、もちろんあるわよ。あなたの名前は・・・」
慌ててる母さんも素晴らしいですね。でも、そうじゃ無いんですよ母さん。
僕は真剣な顔を作ろうとしてもどうしてもにやけてしまう顔で母さんに言いました。
「違いますよ母さん。僕の名前は母さんに決めてもらいたいんです。いえ、母さんからの名がほしいんです」
「そ、んなことできないわ。今の状況も私からしたら大きな望みなのに、その上名前まで私がつけるなんてそんな、そんな罪背負いきれない。私には無理よ」
とても、苦しげに悲しげに顔を歪ませながら手を握って膝の上においてそんなことを言います。
確かに母さんはそう感じてしまうのかもしれません本当の母親じゃ無いから、本当の自分の子では無いから。でもね、母さん。そんなのそんなこともう、関係無いんですよ。
「母さん僕は本当の母親を知りません。でも関係ありません。僕にとっての母親は母さんですから。ですから母さんが罪を感じる必要なんか無いんです。僕が母さんからの名がほしいだけなんですから」
母さんがいくら辛そうな顔をしようとも、いえ、だからこそ僕は穏やかな顔で母さんに自分の思いを伝えます。
暫くして母さんも覚悟を決めてくれたのか、口を開きます。
「本当に、本当に私なんかでいいのよね。こんな私なんかで」
「くどいですよ母さん。それに私なんか、何てもう言わないでください。こっちまで悲しい気持ちになってしまいます。さあ、決めちゃってください」
「うん」
と、頷いた後に腕で少し溢れていた涙をゴシゴシと拭き取って、その真っ赤な目のまま名をくれました。
「私な・・・に子供ができたらつけようと思っていた名があるの。それは、北に輝く星で旅人に方角を示す星を示す星。導く星に導く星。その名はーーーーー」
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この日に与えられた名は僕にとって希望と愛の証で。そして、大きな大きな絶望の証でした。
○○○○○
そこは暗かった。果てしなく暗かった。そんな場所で話す声が聞こえる。二人、だろうか?その者たちの話し声が聞こえる。
一方は完全に見えないが、もう一方は見ることができる。見ることができると言っても、それは髪のようなものだ。黒い黒いこの暗い景色すら飲み込んでしまっている黒い髪のようなもの。それは、話している人物が動くたびにサラサラと揺れ動いている。長さは地面につくほどに伸びている。着いた先から更にそこから広がっている。
「それにしても、41君はよくやったよね〜。これで彼に六つの陣を埋め込めたわけだ。後は贄を捧げるだけ、という事だね。さて、どんな結果が生まれるか楽しみで仕方ないね♪」
一人の声は、ひどく中性的な声だ。男なのか女なのか判別することができない。ただ、とても気分が良さそうな事は分かる。
それに対して
「ああぁ、俺は別に何もやっちゃあいねえよ。全部あいつが選択した事だぁ。俺は選択肢を出すだけのそんな簡単な事しかやってねえよ。あと、俺は41じゃなくて564だぁ。間違えてんじゃあねえよ」
こちらの声はひどく眠たげでめんどくさそうな声だ。あと少しイラついているのだろうか声に棘が含まれているように思える。
「またまた、謙遜しちゃって〜。そんなに謙遜しても駄目なんだよ。そんな事もわからないのかい?あと、564ってそれ、確か意志の無いあいつらを合わせての数かい?それなら覚えてないからわかんないや。それにあいつらを合わせるなら僕も合わせて565でしょうに」
それでも、中性的な声の持ち主は気にした様子を見せずに明るい調子のまま話をする。
「あんたを合わせて564なんだよ」
これにはすぐに返す事ができず少しの間ができてしまった。
「だから言ったじゃないか〜。僕はわかんないってさ。揚げ足取らないでよね。そんな事よりもっと六つの陣を埋め込めた事を喜べばいいのに」
だがすぐに調子を取り戻し、また明るい口調で話し始める。それは演じているかのようでもある。
だが対話をしている方はそんな相手が気にくわないようで、話を切り上げようとする。
「そうかい。じゃあ喜んでおくとするよ。報告も終わった事だし俺はこれで失礼させてもらうぞ」
「そんなに急がなくていいのに〜。もっとお喋りに付き合ってよ。ほら、美味しいお茶菓子とかは無いけど遊戯に関してはいろいろあるよ。やっていこうよ」
そんな相手の感情を知ってかしらずかいまだ引き留めようとする。ほとんど嫌がらせに近いのは確かだろうが。
「・・・。契約者が目を覚ましたようだぁ。そんな暇はなくなったみたいだなぁ。という事で今度こそ俺は失礼させてもらう。じゃあなぁ」
何かに気づいた事思うとこれ幸いに話をやめて、逃げるように消えた。そう、出て行ったではない。まるで初めからいなかったかのように消えた。
「まったく彼はせっかちだな〜。そんな慌てなくてもいいのに。でもいっか。今は彼を見てるから暇ではななくなってるしね」
クスクスと、話していた相手が消えた直後楽しげに呟く。そして、誰か話しかけるかのように独り言を呟く。
「ねえ、" ザザーーッ" 君。君は気づいているのかな?君が世界では異分子だということを。イレギュラーな存在だということを。ウイルスのようなものであるということを。君は分かっているのかな?いや、分かってないんだろうね。分かれないんだろうね。分かろうともしないんだろうね」
ガタッ、と椅子からおもむろに立ち上がり、歩き出す。一緒にその長い髪も引き連れて。そして、塔にたくさんの人型の木彫りがたくさん置いてあるところで立ち止まる。何かのカードで作った塔だ。とてもバランスが取れているのか少しの振動では倒れそうにない。そんな塔に、一体の木彫りを落とす。絶妙なバランスを保っていた塔は、それを落とされた衝撃で崩れ落ちる。その塔にもともと乗っていた人型は当然の如く一緒に落ちていく。
「今の君は落とした木彫りと同じさ。とてもバランスが取れていた世界にやって来た邪魔者。君だけが落ちるならまだしもその世界でバランスを保っていた存在達まで道連れにして落ちていく。そんな存在」
その声は先ほどまで陽気に喋っていた声と同じとは思えないほどに冷めていた。まるで、魂を震わせるかのような、身をすくませるようなそんな声だった。雰囲気までもが同じように変わっていた。別人といってもいいのではと思える豹変ぶりだ。
そして、また、声と雰囲気が変わる。
「でもね!僕はそれでいいと思っているんだ!クソみたいな奴らが作ったこんなクソみたいな、狂った世界には君みたいな狂った存在が必要だと思うんだ!だってそうだろう?あんな奴らが作った世界が正常に回り続ける何てありえない。ありえてはならない。ありえちゃいけない。そんな事許さない!だからね、この安定した世界という名の盤には君のような招かざる者であり必要ない者でありそして、すべてを狂わせるような存在が!存在が必要なんだ!」
それは何かに取り憑かれたようでそしてまるで何かに妄執するかのように、狂う。狂ってしまっている何か。そんな何かはまだ止まらない。
「君の起こす行動は喜びによるものでも、怒りによるものでも哀しみによるものでも楽しみによるものでも、果ては他の何かの感情であったとしても世界に影響を与えるのだろうね。だって、この盤にはいないはずの存在なんだもの。そんなものが起こす行動が影響を与えないはずがないもの。そして、君なら尚更だろう⁉︎だから君に平穏なんてない、ありえない、必要がない。だって君自体がすでにこの世界にとって異常だから。そんな異常が平穏なんて望めるはずがない。望めば望むほどに君は平穏からかけ離れていく」
まるで何かを大切に抱きしめるように大事に思うように、一言づつ言葉を出していく。
「ああ、楽しみだ。楽しみで、楽しみで仕方ない。いったい、君はこの盤を、どんな風にかき混ぜてくれるのかな?この盤を、どんな風に潰してくれるんだい、壊してくれるんだい?ふふ、楽しみに、期待せず、気にして、見ていてあげるよ」
そして、一区切りついたのか突然調子が初めの頃に戻る。だが、それでも興奮は納められていないのか最初の時よりも声が上ずっているように感じられる。
「少し興奮しすぎちゃったな〜。まあ、仕方ないよねこんな最高の劇、何だから。てことで、次からが本当の彼の物語の始まり。今までは劇を見る前のあらすじのようなもの。ああ、楽しみだ。いったい君は僕にどんな劇を見せてくれるんだい?ねえ、グローセ君?」
その表情は伺えなかったがきっと、顔にはエミが浮かんでいるのだろう。
これでこの幕は終わりです。
いや〜、ひとつの幕を終わらせるのって大変ですね。正直大変すぎてお出しするのに時間がかかり過ぎました。
今回は話をまとめるのが作るのがどれほど難しいかがとても分かりました。他の作家さん達は凄いですね。
自分も次からは話をできる限りまとめ、さらに分かりやすい話を作っていきたいです。
次回は一週間後までには出したいですね。そこからは3日以内ごとにお出しできればと・・・。




