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哀れなのはすみれ? それとも亜美? 

R15な展開になります。

 亜美は地上に出ると、モデルハウスの展示室のような所に連れていかれた。展示室というのは、その部屋にはふかふかのソファが並び、くつろげる空間がある。けれど、それが外から見えるように片側には壁が作られていない。まるでステージに設定された作り物の部屋のようだ。


 そこには亜美のように着飾った女性たちが五人ほどいた。皆、三十代から四十代の女性のようだ。いや、人間じゃないらしい。動物の耳を持っていたり、毛むくじゃらだったりする。亜美のように人間の若い女性はいない。

 亜美は心の中でほくそ笑む。

 ここでも亜美がナンバーワンだ。若いし、亜美が一番きれいだと思う。それにここでは人間が珍しいと段々わかって来た。


 亜美は一人掛けのソファに座った。ドレスの裾を気にしながら足を組む。

 すると、すぐ近くのソファに座っている金髪で四十代くらいの女性が話しかけてきた。すごい美人だが、よくみると全身に金色の産毛がびっしりとはえていた。狐のようなピンと尖った耳を持っていた。


「あなた、いくつ? 若いでしょ。しかも・・・・まあ、人間なの?」

 初め、それは妬みなのかと思ったが、その言い方には哀れみがこもっていた。

「ああ、はい。十六ですけど」


 亜美が十六歳とわかり、他の女性たちが息を飲んだ。それも十六でこんなところに来るなんてと嘆いているように聞こえた。

 その反応に違和感を覚えてた。亜美を羨む様子はない。

 その金髪がなにかを言おうとした。しかし、そこへブラッケンが現れた。皆が口をつぐむ。


 ブラッケンはきれいに磨かれた亜美を見て目を細めた。上出来だとうなづいていた。そして、道行く魔物や野獣たちに向かって、大声を張り上げる。

「さあ、今宵は宴を催す。お客さんには一人一杯、無料のワインつきだ。もし予約をするなら、10パーセント引き」

 そう大声を出す。


 野獣たちが集まってきた。亜美をしげしげと眺めている。青白い顔の死神のような団体もやってきた。

 それらが皆、亜美を顔、そして胸、さらに腰までを舐めるように好色な目で見る。


 え、なに? 一体なんなの。もっと紳士的な大富豪とかが集まってこないわけ? こんな野獣とか、薄気味悪い連中、絶対にいやだ。近くによって欲しくない。


 数人がブラッケンに掛け合い、首を振っていた。そして亜美を名残惜しそうに見ている。一体なんだろう。なんの話だろう。予約ってなに? 


 ブラッケンと交渉していたライオンの野獣が、仕方なさそうに首を振り、亜美の隣に座っている金髪を選んだ。金貨二枚を支払うのを見た。

 金髪の女は無表情だ。すっくと立ち上がり、涎をたらさんばかりの野獣と連れ立って、裏の小部屋に入っていった。


 亜美は震え上がっていた。一体ここはなんだろう。亜美はどうなるんだろう。お金持ちの魔法使いとかに見初められ、買われるんじゃなかったのか。 

 注意深くブラッケンと集まっている客との会話、仕草を見ていた。

 会話はよく聞こえないが、ブラッケンは片手を盛んに出す。それは金貨5枚ということだと見当をつけた。そして亜美へ視線を動かす。

 それって金貨五枚で、亜美を買う? まさか。


 他の客が、残念そうに亜美を見て、また他の女性を選んだ。もうどうでもいいという表情のない女性だ。ふらふらと顔の皮がはがれているような筋肉むき出し男の後をついて、他の小部屋に入った。


 まさか、まさか。ここはもしかして・・・・・・。


 亜美はある考えに行きついた。全身に鳥肌がたった。



********** レオンの思考**********


 すみれの採血が終わった。これで四人目。猫少女が檻から出ていく。

 レオンは今夜もずっと、ふて寝を決め込む。でも、今はすみれがいた。話し相手になってくれる少女。不思議だった。こんなに話した異性の人間は初めてだ。すみれは素直だから、話しやすいのかもしれない。かばいたいと思った。


≪亜美はどうなったの?≫


 すみれが、そうレオンに尋ねてきた。レオンなら知っていると思ったからだろう。


≪ああ、あの子。あっちの方にいる≫


 あまりすみれには言いたくない。


≪あっちにも同じような檻があるの?≫


≪いや、違う。あの子は繋がれていない。もう逃げられないからね≫


 すみれはその言葉の意味は、亜美がブラッケンの血入りワインを飲んだからだと認識する。

 でも、亜美の方がずっと待遇はいいだろうって思ってる。まだすみれは実感していない。いつも亜美の方がいいに決まっている。いつだって、美人は得だ。そんなことを考えているすみれに、レオンが即座に思考を送った。


≪すみれ、もういい加減に自分の価値を認めた方がいい。君の方がずっと待遇はいいんだよ。それをわかった方がいい。血を採られることも苦痛だけど、このくらいで済むってことは君が清らかだからだ。魔女たちの中にはいい人もいて、熟成された処女の血を使って、若返りの薬を作ったり、不治の病を治す研究に取り組んでいたりする。だから、君はここで丁重な扱いを受けるはずだ≫


≪え、私が? なんでよ≫


 まだわからないらしい。


≪君は清らかな人間だ。それに比べてあの子、亜美はひどい≫


≪え? どういうことなの。亜美はいつでもきれいでモテるのに≫


≪そんなの顔の表面の皮一枚とちょっとした配置だけのことだろう。人間界ではそんなことで人を決めるんだね。ここでは何の意味もないんだ。僕が言うのはその心だ。すみれはきれいだよ。そうだね、ちょっとだけ自分に自信が足りないだけのこと。そんなの、今後の経験でどうにかなる。ちょっとしたことで、すみれはもっと光り輝くんだ≫


≪私が? まさか≫


 まだわかってもらえないらしい。しかたがないとばかりに、すみれがもっとわかるまで語る。


≪亜美はね、見てくれだけの人間。それはすごく臭いんだ。そして苦い。人はね、嘘をついたり、ずるいことをするとその身が腐ってしまい、苦くなっちゃうんだよ。それにあの子、不特定多数の男の臭いもする。だから、亜美は清めの湯に入れられた。それだけ消さなきゃいけないものがたくさんあったから≫


 すみれはそれを聞いて、もっと不安がった。


≪私だって嘘もつく。ずるいこと考えちゃうよ。同じなんだよ≫


≪それは普通の人間だよ。人は嘘をつく。自分の身を守るために。時には本当のことを言わない優しさもあるからね。でもね、普通は心の中で反省もする。そうすれば、嘘の苦みが消えていく。そういうものなんだ。間違いを侵してもそれを修正したり、反省すれば帳消しになる。でも・・・・・・少しくらい苦いくらいの方がおいしいらしいけど≫


≪え、おいしい?≫


 それは失言だった。すみれを怖がらせてしまう。レオンは人を食べたことはない。


≪あ、ごめん。僕が言ったんじゃない。他の龍の仲間が言ってた≫

 しまった。すみれがレオンを疑惑の目で見ている。話を亜美に戻そうと思う。


≪あの子、ワインも飲んだし、すっごいステーキ食べただろう≫


≪あ、うん。おいしそうだったよ≫


≪ワインには魔の使いのブラッケンの血が入っている。それを飲むと人間界へはもう戻れないって言ったよね。一生をブラッケンの元で、言いなりになって暮らさないといけない≫


≪うん≫


≪そして、あのステーキはね、行き倒れの野獣の肉だよ。ここのブラッケンはケチだから、そういう代物を拾ってくるんだ。あの子たちには体力がいる。重労働だからね≫


≪重労働? あんなにきれいに着飾っているのに、いったい何をさせられるわけ?≫


 すみれはなかなかわかってくれない。レオンもそれをはっきりと言いたくはない。でも、現実を見せないとだめだろうと思った。


≪じゃあ、自分の目で確かめればいい。僕が今からあっちの亜美の様子を見せてあげる。いいね≫

 すみれは一瞬、戸惑うが、うなづいた。


 レオンは亜美の思考を感知して、そのまますみれに送った。すみれには亜美が何を考え、何をしているかがわかるはず。



 亜美の心は怯えていた。ブラッケンが誰かと話すたびに緊張をしていた。

 どうしてなんだろう。その殆どが首を振って、別の女性を指名していた。そして、そこには亜美だけになった。それでも十人くらいの野獣がブラッケンと交渉していた。


 一体なんだろう・・・・。


 やがて、その中でも比較的、体の大きい牛の頭を持った野獣が手をあげた。ブラッケンの顔がほころんだ。安心したらしい。

 その野獣が金貨五枚を支払う。

 

 亜美に恐怖が走った。ものすごく胸を揺さぶられている。怖い、どうしよう。いやだという感情が押し寄せていた。


 すみれもその感情が強すぎて、息ができないくらいになっていた。

 レオンはすぐにすみれから亜美の感情を取り去る。


≪ごめん、やりすぎた≫


 すみれはぐったりしていた。いきなり、亜美の動揺した心がすみれの頭の中に、押し寄せたからだろう。どれが自分の思考なのかわからなくなったのだ。もうはっきりと言うことにする。


≪あの子、野獣専門の娼婦なんだよ。ブラッケンはね、人間のメスに野獣の相手は無理だってわかってるんだ。それでも見世に出した。悪い奴だ≫


≪野獣専門の娼婦?≫


≪そう、野獣同士でも娼婦なんて商売は大変なのに、柔な人間があんなに体の大きい野獣の相手をする。普通なら十日ももたない。ブラッケンはそれも承知の上で、高い値段をつけて一気に稼げるだけ稼ごうとしてる≫


 悲鳴がとどろいた。それは亜美の悲鳴。すみれは耳を塞いだ。

 しかし、悲鳴はすぐにやんだ。


≪大丈夫っていうか、大丈夫じゃないけど、幸いなことにもうあの子はなにも感じない、わからないよ。またワインを飲まされたんだ。今度はもっと強いやつ。あれでは人間の脳細胞は破壊される。だから、なにもわからなくなってる≫


 すみれの心は乱れていた。涙を流していた。

 檻の外にいる猫少女が不審な顔をしてみていた。レオンは寝たふりをしている。本当は悲しんでいるすみれを慰めてあげたいけど、危険すぎた。そう、この精神感応に気づかれてしまったら、僕たちもおしまいだ。


 ここには無情という言葉しかない。それが夜の市場なんだ。


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