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ものすごく惨めだったけど、大事なポイントに気づいた賢いすみれ

 亜美に見とれていた。土台もいい上に、あんなにきれいに化粧もされ、どこかのお姫様のようなドレスを着ていた。


 いきなり、すみれの目の前にお膳が置かれ、我に返った。食事だった。

 確かにあのノーラは、スープと言ったが、これではいたんでしまい、使えなくなった野菜をそのまま鍋にぶち込んで煮込んだという代物だ。しかも今時使わないだろうと思うアルミのボウル。ペットの餌じゃないんだから、と思う。扱いもぞんざいなのだろう。ふちが少しへこんでいる事にも気づいた。


 でもこんなお膳なのに、焼き立てのおいしそうなパンと赤ワインがついていた。スープを一口、口にした。見かけはひどいが、スープは美味だ。今度はパンを浸して食べてみた。


 遠巻きに見る亜美はおいしそうなステーキ。もう半分を平らげていた。脂ぎった口元を忙しなく動かしている。そして、・・・・ワインを手に取り・・・・。


 ああ、亜美がワインを飲んでいた。

 すみれの頭のどこかで、警告がうるさくなっている。なにかを忘れていた。そう、男たちが言った言葉。あ、レオンも気になることを言った。「言われたことを思い出せ」と。


 それはなんだっただろう。そして、自分の目の前のワインを見つめた。ワインに関係あるらしい。

 すみれはわりときちんとしたい性格で、お酒は成人になってからと決めている。友達なんかはビールくらいを口にしたことがあると言っていたが、飲む気はない。しかも、父親が下戸だった。一口だけのお酒で真っ赤になってしまう。だから、たぶんすみれも飲めないんだろう。悪酔いしてしまうなら、最初から飲まない方がいいのだ。


 亜美はワインを飲み干していた。頬が上気して、さらに色っぽくなっていた。


 すみれはスープとパンを平らげた。体が温まり、それなりに満足した。小男がワインを指さす。飲めということらしい。

「あ、私、ワインは飲めません。未成年だし」

 そう言ってもワインを押し付けてくる。

 ワインの香りが鼻についた。


 何かを思い出した。確か、ここへ来る前に男たちに、・・・・そうだ、元の世界へ戻ってきたかったら、ワインを飲むなって。それって、このワインのことなのか。

 すみれが、思わず小男の手をちょっと振り払ったら、ワイングラスが床に落ちて割れてしまった。

「あ、ごめんなさい」

 小男が、ものすごい目をしてすみれを見た。面倒を起こしたなと言わんばかりだった。


「あ~あ、もったいない。そのワインすごくおいしかったのに。じゃあね、すみれ、元気で」


 食事を終えた亜美が、すみれの横を通り過ぎた。その顔は、あなたと私は違うのよと言っていた。そうかもしれない。しかたがなかった。それは認める。


 すみれも食事がすむと小男に引っ張られて、階段を上がる。あの大木の下に戻った。再び、檻に入れられた。

 レオンの言ったことは本当だった。また、ここに戻ってこられた。

 

 レオンは相変わらず怠そうに寝そべっていた。それでも片目を開けてすみれをみた。


≪おかえり≫


≪あ、ただいま≫


 なんか、本当になつかしい家に帰ってきたかのような安心感があった。たとえどんなところでも、誰かが待っててくれるということはうれしい。


≪かなり浄化されたね。あのワインは飲まなかったんだね≫


 すみれは周りに気づかれないように、チラリとレオンを見た。レオンは知らん顔をして寝そべっている。すみれはレオンに背を向けて座った。


≪ワイン、やっぱり何かあるんだ。そんなことわかるレオンってすごい≫


≪あれを飲んだら、もう人間界へは帰れない。あのワインには、ブラッケンの血が入ってるんだ。たとえここから逃げだせてもブラッケンに見つかる。それを飲むことで、支配されてしまうってこと。一応、かどわかされて、この夜の市場に来る人は、必ずそのことを注意される。それがせめてものルールなんだ。後はその人がそれを実行するか本人次第。あっちの子は飲んだね≫


 ああ、今それを思い出した。


≪うん、飲んでた。気づいたらもう飲み干してたの。教えてあげればよかった≫


≪いや、それは無理。自分で思い出して、飲むか飲まないかの選択をしなきゃいけない。すみれは悪くない≫


 レオンはすみれの心の中の悲しみがわかったのだろう。優しいことを言ってくれた。


≪あれを飲んでしまって帰れなくなった人間が、すみれたちを連れてきたあの男たち。たまに人間界へは戻れるけど、それは夜だけのこと。昼間、行ったら消えてしまう。魔界へも行くことができない、中途半端な存在になる≫


 そうだったのか。あの人たちも悲しい人たちだったんだ。


≪よせよ。あんな奴らに同情するほど、すみれはいい待遇を受けていない≫


≪あ、うん≫

 そうだった。


≪あのワインをブラッケンが勧めることができるのは最初の一度だけ。もうすみれは食事に気をつける必要はない。機会を見つけたら、逃げることができる。まあ、この霧の里を抜けて人間界への道がわかればのことだけど≫


≪ねえ、もうちょっと訊いてもいい? 亜美と私、それ以外にもう二人の女の子がいたの。その子たちは急にぼうっとしちゃって、薄暗い店に置き去りにされた。あれってどういうこと?≫


≪う~ん、たぶん、その子たちの生気を吸い取られたんじゃないかな。あの男たちの食い物にされたんだと思う。人のエネルギーみたいなものを食べて、生きてるんだろうな≫


≪でもさ、なんで亜美と私は平気だったの?≫


≪それはわかる。すみれとあの子、簡単に生気が漏れるタイプじゃないんだ。それにはもう少し強い魔力が必要ってこと。あまりいないんだよ。男たちは自分たちの術が使えないってわかったから、ここへ連れてきたんだな。その手口がばれたら困るしね≫


≪わけ、わかんない。逃げられそうにないし≫


 途方にくれる。そう、ノーラに言われた。ここから逃げても野獣の餌食になるだけだって。逃げようにもそう簡単に逃げられそうにないじゃない。


 沼の湯にいた猫少女が現れた。檻の中に入り、すみれの足に鎖をつけ、檻につなぐ。

 檻の外には、歯の欠けたアニメに出てきそうな悪役風魔女がニヤけて立っていた。なんだろう。すみれに興味があるみたいだ。じろじろ見られていやな予感。


「ふうん、評判通り、いや、それ以上だろう。あたしゃ20ccもらうよ」

 それを聞いた猫少女は、すみれの腕をまくりあげる。

「おとなしくしてな。血を採るから」


 そういうが早いか、細い管のついた小さな針を血管に刺した。ちくりとするが、それだけだ。病院でも採血する、あれと同じ。

 猫少女はその血を試験管のような長細い瓶に入れる。


 ちょうどそれで20ccらしい。針のところにはテープが張られ、管がとめられてた。

「これはこのままにしておく。あまり動かないで」


 猫少女はその瓶を魔女に渡した。魔女がうれしそうにすみれの血を見る。

「いいね。これが手に入るなんて奇跡だよ。これを作るとなるとものすごく時間がかかるんだよ。これで金貨一枚なんて安いもんさ」

 魔女はお金を払い、暗闇の中を去っていく。


 すみれはどうやら血を売ることになったらしい。他にも魔女がきた。こっちはもう少し若い。きれいな顔をしている。けど、すみれを睨みつけた。

「私も20、いや、30おくれ」


 その言葉を聞きつけて、ブラッケンが出てきた。

「お客さん、一回につき20ccだ。それ以上は売れない。20ccで金貨一枚、一晩で10人までって決めたんだ」

 魔女もすんなりと引き下がらない。

「高い。それに私はずいぶん遠くからやってきたんだよ。冗談じゃない。20ccくらいじゃ、足りやしない。明日もまたこなきゃいけなくなる」


「そりゃそちらさんの都合でして、こっちには関係ありませんから。それが嫌なら他へ行ってください」


「他へ? 16年物の生娘の血なんて入荷したことがあるかい? この十年間ほど、ここに通ってきているが、見かけたことはない。最近は特にね、人間界の娘も派手に遊んでるからね、こんなところに迷い込んでくる生娘なんて滅多にいないんだよ。それがわかってて言ってるね。あこぎな商売をするもんだ。じゃあいいよ。20ccで、明日もくるから」

「まいどあり。どうぞご贔屓に」


 ブラッケンは取ってつけたようなセリフをはく。魔女はツンとして、金を払った。猫少女は管のクランプ(医療用クリップ)を開け、ガラスの瓶に20ccの血を取った。


 ブラッケンはすみれを見る。

「まったく、お前さんは金の成る木だよ」

 すると猫少女がブラッケンに報告する。


「あのワインを飲まなかったそうです」

 それを聞いてブラッケンが睨んできた。

「くそっ、そうか。まあいい。逃げ出さないように気をつけておけ、いいな」


 ブラッケンはどこかへ行ってしまった。猫少女は檻のすぐ前に座る。この少女が看護師の役目をしているらしい。


 すみれはさっきの会話での疑問をレオンにぶつける。


≪ねえ、十六年ものの生娘ってどういうこと?≫


 レオンはなにやら愉快そうだ。


≪すみれは十六年、生きてるんだよね。そしてその血が清いってことだよ≫


≪清い? どうして・・・・なんでわかるの?≫


≪僕もだけど、魔女たちもその血の値打ちがわかるんだ。ワインとかも何年物っていうだろう。いい葡萄を熟成させたワイン、人間だって多少高い金を出しても買うだろう。すみれの場合は混じり物がないってこと。それはすみれがまだ男を知らないってことさ。最近の人間たちは低年齢で遊んでる人が多いって聞くから、魔女たちに言わせると貴重なんだってさ≫


 すみれは否定をしなかった。でもワインと一緒にしてほしくはなかった。確かにすみれは処女だ。だけど皆がみんな遊んでいるわけじゃない。すみれの友達はみんな未経験だ・・・・と思う。ちょっと自信がないけど。


≪まあまあ。ここへ連れてこられる人って、どこか心に傷を持っている。そこにつけこまれるんだ。幸せな人、充実している人はあんな男たちが見えないからね。今までもう少し大人な人間が多かった。人生に疲れてしまったとか、人を信じられなくなったとか≫


 ふ~ん、て思う。


≪とりあえず、すみれはこの檻に入り、血を採られるけど、朝がくれば眠れるし、食事も与えてくれる。この世界での待遇は悪くない方だと思うよ≫


 それで満足するはずがないが、とんでもない魔物に売られて行くよりはずっとましだった。

 ふと亜美はどうしてるんだろうと思った。

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