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これから受けるすみれと亜美の評価・待遇はいいのか、最悪か・すみれ

 亜美はパニックになり、訳のわからないことを泣き叫んでいた。その甲高い声はずいぶん遠くまで響き渡っているのだろう。次々と気色の悪い者たちが集まってきていた。

 これはもっと大変なことになると、すみれは気づいた。


「ねえ、亜美。大丈夫だよ。落ち着いて、泣かなくても大丈夫だってば。あの龍は鎖でつながれているから、あれ以上はこっちに近づけないから」

 幼い子供をなだめるように、背中をさすり、やさしい声を出した。

「あれって龍なの? 本当? あんなに恐ろしい顔、でっかい図体、大丈夫なの?」

 亜美は肩を震わせてしゃくりあげる。すみれにしがみつき、叫ぶのをやめてくれた。しかし、まだ愚痴は言う。

「もういや、帰りたい。一体、なんなのっ。ねえ、どうすれば帰れるの。なんでこんなことになっちゃったの。ねえ」


 そんなこと、すみれの方が聞きたいよ。しかし、そんなことを言っても帰れるわけじゃないってわかってた。

「わかんない。私にもわかんないけど、なんとかして家へ帰ろう。ねっ」


 そう、希望を持たなきゃやっていられない。

 すみれはそう言って亜美を励ます。そしてそれは自分への言葉でもあった。

 また、すみれの頭の中で声が響く。


≪ここは夜の市場。夜になると魔界から買い物に大勢がやってくる。人間はあまり見ないかな。そういう世界があるって信じていないからね。君たちはここの見世に並べられて売られる側だ。一体、なにを売るんだろう。なんか特技とか、ある?≫


 すみれはギリっと奥歯を噛みしめる。その送られてきた思考には、これからすみれたちがどうなるのか、他人事でおもしろがっている言い方だったからだ。

 むっとしたから、言い返していた。


≪じゃあ、あなたは何を売ってるわけ? ここで見世物になってるのかな。龍なんて、ここでも珍しいのね。空想の産物だと思ってたし。この檻の中で歌でも歌うの≫


 そう、わざと皮肉っぽく言っちゃった。

 すると向こうは多少気色ばんだことがわかった。


≪ふん、言ってくれるね。そう、今は見世物になってる。だから、僕はこうして寝そべっていればいいんだ。らくちんだろう≫


 龍はふてくされたかのように、プイと顔をわずかにそむけ、目を閉じた。


≪ねえ、名前はあるの? それとも龍さんって呼んでいい?≫


≪名前はある。レオンっていう。君はすみれだろ≫


≪そう、で、こっちは・・・・・・≫


 亜美の名前を言おうとした。けど、すぐさま遮られる。


≪あ、別にいい。言っとくけど、僕はそっちの子と話す気はない。そして周りの奴らにも、僕たちがこうして話していることを悟られないで≫


≪そう・・・・わかった≫


 すみれは不思議に思った。普通、男の子たちはそっけなくて女の子っぽくないすみれとじゃなく、美人の亜美と話したいって思うだろうから。あ、レオンは人じゃなかったと思い直した。



 そこへ突然、ドスの利いた声が響いてきた。

「退けっ。道を開けよ」

 そこに現れたのは、顔がライオンのようで、二メートルくらいの上背のある野獣だった。動物顔で、人の言葉を話している。しかもかなり威張り散らしていた。


≪ここの見世のあるじ、ブラッケンだよ。こいつが魔の使いだ。野獣あがりだけど≫


 レオンがそう教えてくれる。

 ブラッケンのすぐ後ろには、二百年ほど生きているような、しわくちゃな老婆が好奇心旺盛な目で、こっちを見ていた。白いばさばさの髪、黒いマントを引きずり、ごっつい杖を持っている。これこそ絵本に出てくるような本当の魔女。

 皆が道を開けた。口々に「ノーラ様」という。この老婆はけっこう偉い存在らしい。


≪こっちは魔女のノーラ、昔はかなり顔を利かせた有名な魔女だったらしい。今はこのブラッケンと一緒に商売をしている。いろんな怪しいものを鑑定するのが仕事≫


 ノーラが檻に近づいてきた。そして目を凝らしてすみれと亜美を見た。

 亜美はすぐに動けなくなっていた。放心状態のような表情でじいっとその老婆を見ている。ノーラが亜美になにかしていることはわかった。すみれは恐ろしくて顔をあげられない。どうにかされそうだ。


「娘、そっちの、黒髪のお前だ。こっちを見るのじゃ。このノーラの目を見よ」

 そう言われて顔をあげた。

 ノーラという老婆に目を向けた。すると磁石がカチッとくっついてしまうように、視線が釘付けになる。もうノーラから目が離せなくなっていた。体が金縛りにあったように動かない。


 すみれの頭の中がぐちゃぐちゃとかき回されるような感じがした。怖い。すべてがこの老婆にはみえてしまう、そんな恐ろしさだった。

 その時間が長かったのか、わずかだったのかわからないが、視線を外されてやっと金縛りから解き放たれた。

 やっと瞬きができた。目がばさばさに乾いていたから、結構長かったのだろう。亜美もなにがあったのかわからないらしく、目をぱちくりさせていた。


 その老婆はキイキイ声で笑う。

「イヒヒ。お手柄じゃ。滅多に手に入らない人間のメスを、しかもこんなに若いのを二人も捕獲するとは。今宵は宴じゃ。宴を催してどんどん魔物たちを集めよ。この二人はきっと高く売れることになる」


 とんでもないことを言っている。亜美もその言葉の意味に恐ろしいものを感じたらしく、すみれにしがみついてきた。


「この夜の市場に、正式な案内の手続きも取らずに訪れるなんて、身の程知らずもいいところだよ。一人金貨一枚は大儲けじゃ。この子たちはその三十倍は稼ぐことだろう」

 その傍らにいたブラッケンが、喜んでウオオと吠えた。


 一体すみれたちに何をさせるのか。それはとてつもなく恐ろしい気がした。

「さあ、ノーラ様。鑑定をしてください。どの湯につけたらいいのかを」

 ブラッケンの言葉に、ノーラは再びすみれと亜美を見た。ゾクリとする。


「そっちの茶髪の娘は、清めの湯へ。上から下まで念入りに洗って磨いておくれ。そして食事は肉だ。たんと食べてもらうよ」

 その言葉に、小男が檻の中に入って、長い茶髪の亜美の腕を掴む。


 まるで、今夜のおかずは焼き鳥だと言われて、檻の中から鶏を掴んで引き出すような素振りだった。

 亜美は檻の外へ連れ出された。

「すみれ、助けて」

「亜美っ」

 助けてやりたいが、無理だ。無力だった。

「よいか、その娘は上玉だよ。手荒な真似はするな。傷をつけるんじゃない」

 小男は返事の代りに、ぺこりと頭を下げた。そして亜美を木の裏側に連れて行った。


 今度はすみれを見る。

 別の小男がすみれの腕を掴んだ。胸ほどしかない子供のような男だが、その力はすごい。全く抵抗できない。すみれも檻から出される。

 どうなるんだろう。すみれも亜美の後を追うのか、それとも・・・・。


 ノーラはすみれに言った。

「いいかい、ここから逃げ出そうなんて思わないことだよ。たとえ、ここから逃げてもこの霧の里からは出られない。どっかの野獣に捕まって食べられてしまうだけのこと。よいな。この娘は、沼の湯へ漬けるだけでいい。肩までぐっとな。食事はスープのみ」


 亜美とは待遇が違うと気づいた。もしかして、野獣の餌にされるのかもしれないという考えがよぎる。

 沼の湯ってなに? どういうこと? と心の中で毒づいた。


≪大丈夫。すみれはまた、ここへ戻ってくる。ただ、思い出して。最初に言われたことを≫


 レオンがそう思考を送ってくれた。

 どこかでどうにかなってしまうんじゃないかって心配だった。少しは安心する。



 すみれは小男に連れられて、キコの木の裏へ廻る。そこには頑丈な扉があった。その中へ入るとすぐに地下への階段がある。亜美もここから中へ連れられたんだろう。

 地面の下にこんな空間があったなんて想像もしなかった。


 長い階段を下りていく。そして暗い廊下へ出た。ドアがたくさんあった。そのうちの一室が沼の湯だった。

 中にはうっそうと茂る草やひょろひょろとした木が生えていた。植物館のようだ。その中央に、濃い緑色をした沼があった。沼の湯とは、その名の通り、本物の沼のことなのだ。


 あの婆さん(ノーラのこと)ったら、すみれを湯で洗うって言わずに、漬けろって言った。漬けろって、なんなの。ぬか漬けじゃないんだから。

 さっきの状況を思い出し、今更だが、一人で怒っていた。


 奥から一人の少女が出てきた。いや、人ではない。その少女には大きな猫の耳がついていたからだ。しかし、顔は人、うっすらと白っぽい毛が生えている。まるでコスプレでもしているかのよう。無表情なのが不気味だった。


 小男は、猫少女にすみれを受け渡し、ドアを閉めた。

「着ているもの、全部脱いで。そして沼に肩までつかりなさい」

 その声には有無を言わせない厳しさがあった。少女に見えるが、けっこう年齢を重ねているようだ。

 猫少女に背を向けて、言われた通りに着ている服を脱ぎ始める。ブラとショーツに手をかけて、ちらりとそっちを見る。厳しい顔で少女が見ていた。


「早くっ」

 あ、容赦ないって感じ。

「ちょっと恥ずかしいんで、あっち、向いててもらえますか」

 そう言った。


 猫少女は、呆れた顔で言う。バッカじゃないのって絶対に思ってる顔。

「あなたは猫の裸を見て、何か感じる? 何とも思わないでしょ。それと同じ。私達も人間の裸なんてみても平気なの。さあ、早く、脱いで、沼につかって」

 そう言われたらもう仕方ない。諦めて全部を脱いだ。


 そして沼地へ進む。泥がぐにゃりと足の指の間に食い込んでくる。それが最初はひどく気持ち悪かったが、段々と快感になる。この泥はなめらかで気持ちがいい。沼に近づくとそのどす黒いような緑の液体を目の当たりにする。


 本当にこんなところに入るのか。しかも肩までつかれって、入ったらよけい汚れるだろう、とブツブツ言う。


「さっさと入りなさいっ」


 叱責がとんだ。その声に飛び上がる。

 はいはい、わかりましたよ。言うこときけばいいんでしょう。


 ぬかるんだ泥、緑の沼に足を入れた。思ったよりも冷たくはなかった。しかし、かなりドロリとしている。どろんこパックとか、そんなのあったかもしれないなんて考える。

 腰まで入った。その液体はまるでスライムのようだ。肌にまとわりついた。

 ん~、キモイ。

 泥に足をとられないように気をつけて、さらに奥へ進む。そのまま肩がつかるまで歩いていった。そのまま泥の中で立っていると、自分の体がどこからどこまでなのかわからなくなっていた。この沼が全部、自分の体の一部のような感覚になっていた。


 独特の匂い。これは、どこかで嗅いだことがあった。ああ、そうだ。漢方薬、そんな匂いだった。

 もしかするとすみれは、漢方薬と一緒に煎じられてしまうのかもしれないなんて考える。

 すみれは早くレオンのいるあの檻に戻りたいと思った。ここで一人でいると、何をされるのか不安。それよりも、閉ざされた空間の檻の中の方が安心できた。あの龍は、口では面倒くさい、どうでもいいなんていうけど、けっこう親切だ。あの状況で、すみれが亜美のようにパニックにならずにすんだのは、レオンのおかげだった。今、すみれが唯一頼れるのはレオンしかいない。

 あんなに恐ろしい姿の龍なのにと思う。


 どのくらいそうしていただろうか。猫少女が動いた。

「もう出ていい。この奥に洗い流せる風呂があるから、そこへ入って洗い流しなさい」

 

 言われるままに、奥の風呂に移動した。湯が湧き出て流れていた。そこへ入ると綺麗な湯がたちまち緑色に変色したが、すぐに清らかになっていく。なんだか、肌がすべすべになった感じがした。ただ、沼に入っていただけなのに。つやつやしていた。恐怖で強張っていた体が軽くなっていた。


 ふと思う。

 すみれは最近、きちんとお風呂場に湯をためて入っていなかった。姉はずっと入院している。父親は夜中に帰ってシャワーを浴びるだけ。それで、すみれもシャワーだけにしていた。シャワーを浴びながら、自分はなんのために、毎日を生きているのかを考えていた。

 姉は交通事故で、寝たきりになっている。毎日訪れる病院。そんな姉の傍らに座り、すみれは学校の宿題、復習をする。夕食は病院の売店で買った弁当。食生活にも意欲を失くしていた。消灯になり、看護師に追い出されるまでぼうっとして病室にいた。

 家へ帰っても誰もいない。独りぼっちだった。


 猫少女がタオルを手渡してくれる。そして服。それはどう見ても麻の袋のようなもの。頭からかぶった。ウエストの所で紐で縛る。

 その自分の姿を想像する。ああ、すみませんが、コメントは控えさせていただきます、って感じの粗末なものだった。


 浴室から出るとそこで小男が待っていた。次に連れていかれたのは食堂だった。十人くらいが一度に座れる長いテーブルがある。


「すみれっ」

 突然、亜美の声。

 そのテーブルにはもうすでに亜美が座っていた。笑顔で手を振ってくる。そこにいる亜美はまるでどこかの王女様のようだった。


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