JKの二人、これからどうなるのか・すみれ
やはりと思う。
すみれは気づいていた。この自分たちの周りには、目に見えないが、何かがいる。なんとなく聞こえるざわざわとした話し声、そして生臭い息も感じられた。獣が濡れたかのような臭いもする。
すみれたちには見えていないものがこの周りにうようよいる、そんな状況を想像して、ぞっとした。
どうすればいい? 誰がこのすみれたちに、今の状況を説明してくれるんだろう。
そこへすみれの足元に、ころころと小さな木の実が二つ転がってきた。まるで誰かがすみれたちのために投げてくれたようだ。拾い上げると、それはよく知っているピスタチオナッツに似ていた。硬い殻が割れて、中には緑色の実がのぞいていた。これをどうしろというのだろう。
≪食べてごらん≫
「えっ」
すみれは亜美を見る。亜美はきょとんとしていた。亜美が言ったんじゃない。
再び、その声が聞こえた。
≪この世界の物を食べれば、全て見えるよ≫
その声は耳から入ってきたんじゃないとわかった。頭の中に直接伝わってきていた。しかも亜美には聞こえていないらしい。
手の中の木の実を見た。これを食べればすべてが見えると言った。その声の主は、すみれたちが周りが見えていないとわかっているってこと。やはり、ここには何かがいるんだ。
でも、これが毒だったら? そう考えた。
その思考は感心したように、そして呆れたように言う。
≪毒か、なるほど、そう考えるんだね。まあこの場合、打倒な考えかもしれない。でもイチかバチかってとこだろう。このまま見えない、聴こえないんじゃ、なにもできないからね。疑うんなら別に食べなくていいよ。僕には関係ないし≫
その言い方には、どっちでも構わないというかったるさが滲み出ていた。
だましてそれを食べさせようとするなら、いいことばかり並べて言うだろう。ならば、本当に親切心で言ったことなのか。
すみれは自分たちの立場を考える。見えたのは男たちとこの森、そして入れられている特大の檻。しかもその男たちは、金を受け取ったらしい。手を出し、何かを受け取って、こっちを見てニンマリと笑ったからだ。そしてもうこの場にはいない。霧の中を去っていった。ということは、すみれたちは何者かに売られたということ。
冗談じゃない、人身売買なんてあり得ない。こっちのことを無視して売り買いするなんて・・・・。
その状況をこの目で見る必要があった。そうしないとこれからどうなるのか、どうやって逃げたらいいのか考えられないから。
この思考を送ってきてくれる人は親切で言ってくれているとわかる。信じようと思った。その人が言うように、この木の実は食べられる。そう確信した。
すみれは、思い切ってその木の実の殻を取り、口に入れた。そしてかみ砕く。
それはやはりピスタチオナッツのようだった。香ばしく、甘みがある。おいしかった。これなら何個でも食べられる。
亜美は状況がわかっていない。目の前のすみれが突然、得体のしれない木の実を食べたから驚いている。
「すみれ、なにしてんのよ」
「これを食べると、ここがどこなのかわかるんだって。それにこれ、おいしいよ。大丈夫。毒じゃない。亜美も食べてみなよ」
すみれが言うと亜美はその木の実を手に取って、再びすみれを見た。
それは、食べてもなんともないんだね、毒味はすみれがやってくれたんだね、という意味。
咀嚼した木の実を飲み込むと同時に、周りがものすごく騒がしいことに気づいた。まるでミュート(無音)になっていた世界だったのに、いきなりオンにされた感じ。そして暗い中でもいろいろな様子が見えてきた。ポツリポツリと浮かび上がってくる感じで。すみれが目を見開いたから、亜美も木の実を口に入れた。
すみれたちの入っている檻の周りには、大勢の黒いマントを着た得体のしれない者たちが群がっていた。その数は二十、三十以上いるだろう。人間に近い姿の者もいるが角が生えていたり、耳が動物のようだ。動物顔の野獣も大勢いた。そして目玉だけがぎょろぎょろ光っている黒っぽいモノ、妖魔なのだろう。
亜美の目の前には、だらだらと涎をたらした牛の頭を持つ野獣が立っていた。こいつがさっき、亜美の手を舐めたのだとわかった。皆が珍しそうにこっちを見ていた。
亜美にもやっとそれが見えたらしく、金切り声をあげた。後ずさりしてすみれにすがりつく。
「ねえ、何なの、これ」
答えようがない。すみれにもわからないからだ。
「ねえ、何よこれ、一体どうなってんの。あの人たち、私達をどうしてこんなところへ連れてきたのっ」
すみれは思い出す。亜美の言うあの人たちとは、繁華街で声を掛けてきた男たちのこと。
「ごめんね。しかたがないんだ。君たちはおとなしく吸い取らせてくれないから。まあ、ここも悪くない。もしかするとスリリングで面白いことが待ってるかもね」
そう言ったのだ。すみれはその言葉の裏に潜んでいる意味になにか恐ろしいものを感じていた。あれほど早く帰ろうって言ったのに。
そのすみれの沈黙が、まるで亜美を責めているように受け取ったのだろう。
亜美が口をとがらせて言った。
「なによ、すみれだってもうあんな生活、嫌気がさしていたんでしょ。知ってるよ。植物人間になっちゃったお姉さんがいるってこと。だから、全然遊ばないで、毎日病院へかよってるんだって。つきあい悪し、一緒にいると暗くなるってみんな言ってる」
姉のことを言われてすみれは青くなる。そうだ、すみれはこんなところでこんなことをしていられないんだ。明日こそ、姉が目覚めるかもしれない、そう信じて通っていたのだ。すみれが行かないと誰も姉のことをかまわなくなる。
母はすみれが生まれた時に亡くなっていた。父は姉の寝ている姿が痛々しくて見ていられないといい、もう何か月も病院へは足を運んでいなかった。
「どうしよう、お姉ちゃん、一人ぼっちになっちゃう」
すみれは確かに学校と病院の往復の生活に空しさを感じていた。皆が毎日楽しそうに暮らしている。なぜ、すみればかりこんな生活をしているのか。彼氏だっていない、できない。一日くらいすべて忘れていたかった。ただそれだけ。姉のことが嫌になったわけじゃない。
すみれは再び涙がこみ上げてきて、両手で顔を覆った。再び、あの声が聞こえてきた。
≪人ってさ、とんでもないことをやらかしてから後悔するんだな。失ってから初めてその大切さがわかるんだ≫
またあの声だった。誰がどこから話しかけてくれているのかわからないが、こんな恐ろしいところにいると唯一の頼りになる声、味方だと思った。
すみれはふと、自分の足元の大きな鎖が目に入った。こんな檻の中に、さらに鎖? すみれたちの他に何かが繋がれているのか。
鎖を手繰るようにして視線を移す。
そうだ。この檻は人間を入れるだけなら無駄に大きすぎるってことに気づく。もしかしたら、これは人間用ではなく、もっと体の大きなモノを閉じ込めるためにあるのかもしれない。
たとえば・・・・象さんとか? 振り向いたらつぶらな瞳の象がいたりして、まさかね。もっと大きな生き物? 象よりも大きい生き物がいるのか。想像がつかなかった。そんな考え、当たってほしくない。そのためであっても、今はこの檻の中にはすみれと亜美だけだよねって思いたい。
恐る恐る後方をみた。すみれのすぐ近くに大きな鋭い赤い目があった。ぎくりとする。すぐに向き直る。
えっ、えっ、うそ。
もう一度ゆっくりと後ろを振り返って確かめた。見まちがいかもしれないから。
すみれのすぐ後ろに、大きな赤い目がこっちを見ていた。しかもその顔はかなり硬そうな鱗で覆われ、長い鼻先、ぱっくり割れている大きな口、そして牙、長い髭が見えた。大蛇のような長く太い体躯はこんな大きな檻でも小さいんだよね、と主張するかのように、身を縮めているようでとぐろを巻いていた。
その全身を見て、恐ろしさに体が硬直する。とんでもなかった。象さん、いや、クジラとかの方がずっとましだ。声も出なかった。いや、それでいい。下手に騒いでこの化け物を興奮させてはいけない。
しかし、カチンコチンに固まったすみれの変化に気づいた亜美が後ろを振り返った。亜美が化け物に気づいた。間一髪入れず、けたたましい金切り声をあげてしまった。
「ぎゃああああ、いやあ」
横にいたすみれの耳がき~んとなるくらいの声。
いや、これ、まずいでしょ。やばいでしょ。
すみれは亜美の口をふさぐ。
こんな化け物を興奮させたらダメだってば。檻の外にいる魔物たちも恐ろしいけど、同じ檻にとんでもないモノがいるのだ。そっちはものすごく近い。とんでもなく危険。やめてよね。
≪ねえ、さっきから化け物ってさっ。ひどくねぇかっ。僕、鎖につながれてるし、人間なんか喰わねえよ≫
その苛立った思考の中に、そんなもん、という意味合いがあった。すみれはじっとみた。確かにその化け物の首は鎖で繋がれていた。それにすみれたちを食べようとするどころか、身動きもしない。ただ、ジロリとみられただけ。頭の中に話しかけてくるが、それほど関心を持っていないらしい。力が出ないようで、地に伏せっていた。
≪弱ってる? 病気なの≫
すみれがそう考えた。
するとまた、あの思考が飛んでくる。
≪余計なお世話だ。それよりももう一匹をなんとかしてくれよ。うるさくてかなわない≫
わかった。思考を送ってくれているのは、この化け物、あ、失礼。大きな得体のしれない生き物だったのだ。木の実のことを教えてくれたし、かなり高い知能があるんだろう。
≪僕は龍だよ。知らないの? 今までに見たことない?≫
≪ないわよ。あるわけないじゃない。龍だなんて、本とか、映画だけの架空の生き物だと思ってた≫