それからレオンとすみれ、どうなった?
レオンに、何も心配することはないって言われてた。けど、やっぱり心配だ。すみれがいなくなってから何日たっているんだろう。本当に姉は目覚めているのか。亜美はちゃんと元の生活に戻れるのか。
洞窟を抜けると外は森の中。しかも夜だった。外灯が一切ない暗闇。覆いかぶさるような黒い山の影がすみれたちを囲む。
「こっち、足元に気をつけて。暗いから僕の手を放さないで」
すみれはレオンの手をしっかり握り、もう片方は亜美の手を握る。何度か木の根に足をとられ、転びそうになるけど、そのたびにレオンが支えてくれていた。
本当に頼りになる存在、そして大好きな人、あ、龍だったっけ。
三十分ほど歩いただろうか。視界が晴れたように、空き地のようなところに出た。
「すぐに迎えがくる」
すみれの不安な心を察して、レオンがすぐに教えてくれた。
やがて、木々の向こうから車のライトが揺れて、こっちへ向かってくるのがわかった。そこに現れたのは一台の救急車だった。
えって思う。
「大丈夫、みんな龍の仲間だ。安心して乗っていい。亜美をこのまま病院へ連れていく。二、三日入院すればいいだろうってさ」
救急隊員がにこにこして亜美の手を取り、後ろに乗せていた。
「ねえ、なんかさ、妙にたくさんの龍の仲間がこっちの世界に入り込んでない? レオン、言ったよね。今の時代はもうそれほど龍は人間界に来ていないって」
すみれも、救急車の後ろに寝かされている亜美に付き添うように乗り込んだ。
「ん、今回のすみれたちがきっかけで、かなりの数の龍たちが人間界へ来ている。みんな何かしたくてうずうずしていたらしい。みんな退屈してたんだろうな。爺なんかあれから戻ってこないもん」
笑える。悪人食いが好きな爺。江戸時代でかなり楽しんでいるのだろう。
亜美はちょっと不安そうにすみれたちを見ていた。少しづつ回復している証拠。
「大丈夫ですよ。ちょっとした悪夢を見ていたんでしょう。ゆっくり眠っていてください。昔の記憶を取り戻し、悪夢を忘れましょう」
救急隊員が亜美にそういうと、安心した顔で目を閉じた。
救急車が走り出した。山奥の小道をゆっくり走る。もうすみれには、あの龍の谷へ通じる洞窟への道なんて、どう行ったらいいのか、わからなくなった。
隣に座っているレオンがすみれの肩に手をかける。
「病院まで遠い。寝てていいよ」
そういう暗示にかかったかのように、すみれはコテンとレオンの肩に頭を寄せ、眠っていた。
気づくともう救急車は病院へ着いていた。しかももう朝日が昇っている。この病院は姉のさつきがいるところだった。
亜美は個室に入った。
「あそこでちょっとしたトラウマを消すための催眠療法をするんだって」
それで、霧の里の出来事をすべて忘れてくれたらいい。
別の階に行く。今、向かっているのは姉の病室。ドキドキしていた。いつもは絶対に閉まっている病室のドアが開いていた。そして父親の笑い声が聞こえてきていた。今まで目覚めないさつきの顔を見ていられないって言って、病院へ来ても廊下で待っていた。病室に入れないのだった。すみれが、眠ったままのさつきに語り掛けているときもずっと廊下にいた。そのうちに夜遅くまで仕事をするようになり、すみれが一人でさつきのところへ通っていた。
すみれには父親の心がわかっていた。既に一度、最愛の妻を亡くしている。今度は娘までが病室に寝ていて目覚めない、そんな状況に耐えられなかったのだ。
さつきの病室の前まで来たが、今度はすみれの足が止まった。後ろからついてきていたレオンがぶつかりそうになった。
「なんだよ、急に止まんなっ」
「う・・・・ん」
ドキドキしていた。いろんな不安があるのだ。姉はすみれのこと、怒っているかもしれないと。
「ほれっ」
何かを考える前にレオンに背中を押されていた。そのはずみで、すみれは病室へ飛び込んだ。
いつもだったら、そのベッドにはさつきが静かに横たわっているだけ。そのベッドに、さつきは少し頭を起こし、父親と談笑していた。その目が突然飛び込んできたすみれをとらえた。
「すみれっ」
そう呼ばれて、すみれはさつきを見る。笑顔が向けられていた。もうその笑顔ですべてわかる。姉は怒っていないと。
さつきに駆け寄る。その手を取った。
「お姉ちゃん、ごめんね」
まず謝りたかった。
「なに? 私がすみれに心配かけていたの。私こそごめん。全部お父さんから聞いたよ。毎日私のところへ来てくれていたんだって?」
「だって、お姉ちゃんだもん」
そこにいる姉は、もうあの生気のない昏々と眠るさつきではなかった。元の、きれいで優しい、自慢の姉がいた。
背後で父の声がした。
「やあ、礼音くんだね。大きくなったなぁ。見違えるようだ」
そうだ。レオンのこと、忘れてた。
レオンを振り返る。レオンはミノの顔でにっこり笑った。
「おじさん、ご無沙汰しております」
まるで別人のように澄ました顔で挨拶している。
「礼音君の引っ越しにすみれが手伝いに行ったけど、一週間も帰ってこないとは思ってもみなかった」
すみれには何のことかわからず、レオンを見た。
「九州の小島に住んでいましたから、いろいろと大変でした。すみれさんが来てくれて本当に助かりましたよ」
九州の小島? 話が見えないとパニックになりそうだった。
≪僕はすみれのお父さんの従兄の子供ってことになってる。僕の父親は海洋生物の研究のため、九州の小島に住んでいて、急にドイツの大学の研究所へ行くことになった。それで僕はすみれのところへお世話になる、そういう設定。だから、霧の里にいた一週間は引っ越しするための手伝いで九州にいたんだよ。わかった?≫
≪あ、そういうことなんだ。わかった≫
最初からそう説明しておいてほしかったけどね。
「ねえ、礼音君って、誰かに似てる? え、誰、誰だろう」
さつきが考え込んでいた。
≪レオン、髪、クシャクシャにしてっ。ミノはいつもそんなふうに前髪を分けてるから≫
レオンは面倒くさいという表情で、前髪をクシャクシャにした。
しかし、時は遅し。さつきが声をあげる。
「ミノ、ミノにそっくり。ねえ、すみれが大ファンのミノによく似てる」
ばれてしまった。すみれがなにか言い訳を考えるより、レオンは言う。
「あ、よく言われます」
澄ました顔でにっこり笑う。ミノじゃないってわかっていてもすみれまでがドキッとしてしまった。
全くもうっ。
「礼音君の部屋、すみれの隣の部屋にしたよ。もうベッドも用意してある」
二階にある小部屋だ。
「あ、ご心配なく、部屋ならすみれと一緒・・・・・」
レオンがとんでもないことを言い始めたので、すみれは慌てて会話に割り込む。
「ああ、あの部屋、日当たりがいいし。よろしくね」
≪なんだよ。すみれと一緒でなにが悪いんだ≫
≪一応、これでも年頃の男女なの。そういうこと、気をつけてよね≫
≪僕たち、本当に別の部屋で寝るのか?≫
≪あたりまえでしょ。普通はそう。親戚同士でもだめ。そんな姿をお父さんが見たら、口から泡吹いちゃう≫
≪オレ、一人じゃ絶対に眠れない≫
さつきがじっとレオンとすみれを見ていた。
「ねえ、あなたたち、すごく仲がいいみたい。引っ越しの手伝いで、なんかあった?」
さつきは父には聞こえないように、そっとすみれに言う。
「え? あ・・・・・・」
鋭い。精神感応で話していたのに、なにか感づかれたらしい。
「僕たち、かなり前からラインでつながっていたんです。同じ年齢の親戚の人がいるって聞いて。父親と一緒に外国へいく選択もあったんですけど、すみれと意気投合してて、こっちの学校へ転校するのも悪くないかなって」
「あ、そうなの」
「今の若い子はそういうことでつながるの、早いわね。そっか、そうなんだ」
姉も納得してくれたらしい。
そんな理由づけで、レオンは竜崎礼音というすみれの家族の一員となった。これから学校にも一緒に通う。レオンと一緒にいられることはうれしいけど、なにかと波乱がありそうな予感のすみれだった。
完結した後、最後の話を付け加えています。




