酔っぱらった勢いで言った言葉・けど本心
「あ、何って、こっちが聞きたい。なんなのよ」
今までずっとレオンに寄り添って眠っていたけど、今のレオンはちょっと違う。無意識にレオンの胸を押し返す。
「えっ、違うのか」
そうレオンが言うと、身体を放してくれる。そしてすみれの隣にゴロンと横になった。大きなため息をついた。
「なにが? 違うって?」
「お前、みんなの前で僕とずっと暮らしたい。好きだって言っただろ。お嫁さんにしてって言った」
レオンの言うことに覚えがなかった。なにを言っているのか、大体それが本当にすみれが言ったことなのか、まずそこから考えている。
レオンがそのすみれの動揺を感じ取った。
「ああ、なんだ。酔っぱらいってそんなにいい加減なこと、言うのか」
すみれにはわけがわからなかった。
レオンがしかたなく、そのときのすみれの様子を頭の中に送ってくれる。泣きながらレオンに愛の告白をしていた。ずっとここで一緒に暮らしたいって。それはまさしく告白。
今更ながら、真っ赤になる。
「ったく、もう周りは僕とすみれはこのままここで暮らすって思ってる。本当は僕の部屋は別にある。もっと大きい洞窟。だけど人間のすみれと一緒に過ごすんならって、わざわざこの洞窟をあつらえてくれた。爺なんか、もううれし泣きだったよ」
「ってことはさ、レオン、私と今夜、ここで一緒に過ごすつもりだったの?」
さすがに抱くつもりだったのとは言えない。
「うん、てっきりその気になったのかと思った」
レオンから、ものすごくがっかりしたんだよオーラが出ている。
「あ、それはまるっきり嘘じゃない。それ、わかるでしょ。私の頭の中、見てるんだから」
レオンが恨めしそうに見る。
「そうだけど、人間のメスってコロコロ考えが変わるんだもん。どれが本心なのかわからなくなる」
そりゃそうだろう。十代の女の子の心なんて複雑怪奇だ。本人にもわからないことがたくさんある。それを、ちょっと覗いたくらいでわかる代物ではない。
レオンがクルリと背中を向けた。ふて寝をするらしい。
「あ、レオン・・・・」
「なんだよ」
かなりぶっきらぼうなお返事。ご立腹のようだ。
「あの時は本気でレオンと離れたくなかった。それは本当」
「ってことはさ、今はそうじゃないってことだろう」
「ん、そうしたいけどできないの。ここで暮らしたい。レオンが好き。レオンと離れるなんて悲しい。けど、私には人間界での生活がある。あっちにはお姉ちゃんが私を待ってるの。だから・・・・・・」
レオンが振り向いた。
「じゃ、僕のこと、そのまま好きでいてくれるんだね」
「もちろん、だってずっと一緒にいてくれたじゃない。本当に心強かった」
レオンが、またすみれを抱き寄せた。
「あ・・・・・・」
「このまますみれを抱きしめて眠りたい。それだけだよ」
レオンがすみれを抱きしめて、そして目を閉じた。
ああ、わかってくれた。すみれだって、何もかも忘れて、この龍の谷で暮らせたらどんなにいいか知れない。けれど、戻れるなら戻って、きちんと自分の人生を生きなきゃいけないと思う。逃げてしまってはいけないんだ。
そんなことを考えながら、すみれはレオンの腕を抱きしめて眠りについた。
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翌朝、吉野が出発する。
「いろいろとお世話になりました。かたじけのうござる」
ぺこりと頭を下げた。
レオンの父ちゃんはまた夏潤の姿に、爺はジョーだ。爺は着物に着替えてくれていた。その方が自然だろう。
吉野はどうやって帰るんだろうと考えていると、レオンがニヤリと笑った。
「大丈夫。龍の谷の洞窟には、時空を超える穴があるんだ。爺がちゃんと元の時代へ帰れるように案内していくから。爺はかなり頻繁に遊びに行ってる。あの穴の常習だよ」
吉野はこれからどうするんだろう。元の時代に戻れても、待っているのは敵討ち、そして死だ。本当にそんなところへ戻るのか、戻りたいのか。そんなにしてまで、妻と子供の敵討ちをやらなきゃいけないのか。勝っても二人は戻っては来ないのに。
すみれの心を読んだかのように、吉野が力なく笑う。
父ちゃんが吉野の前へ進み出た。
「吉野殿、その妖刀を置いていかれよ。そなたにはそれは荷が重すぎる」
吉野の顔に動揺が走った。
「あ、いや。これは拙者に必要な物。これがなくては勝てません」
父ちゃんが爺を見た。爺は待ってましたとばかりに満面の笑みを浮かべる。
「大丈夫。わしが吉野殿をお守りいたします故。まあ、わしはちょいと時間をさかのぼり、そのご妻子を殺める刺客たちを食べてしまおうという所存」
爺がそういうと、今までジョーの姿だったのに、どこかの強そうな侍の姿になった。その気になっているようだ。江戸時代へ行く心構えなのだろう。
「そうすれば、吉野殿のご妻子は何事もなく、そのまま暮らしておられるはず。そこへ吉野殿はお帰りになればよいのです。まあ、わしはそれを見届けるまで、その時代にいるつもりですが、たぶん大丈夫でしょう」
吉野が不可解な顔をしている。
「妻と子が生きていると?」
「はい、手を出す悪人をその前に食べてしまいますので、ご妻子は無事。何事もなかったことになります。そうなれば、吉野殿も目玉を四つ目カラスにとられないし、妖刀を封じ込めるために自害をしなくてもよいことになります」
吉野が呻った。
すごい。どれだけ吉野が理解したかわからないが、その原理はわかったようだ。
「そのようなことをしていただけるのか。ここまで世話になったのに、そこまで・・・・」
父ちゃんが言う。
「我々はずっと人と共存してきたのです。人のために、そして人はそれに感謝の意を表してくれた。それだけで十分なのです」
父ちゃんはそう言って、吉野が腰に差している妖刀を手に取る。
「これはこの谷の奥底に沈める。ここへは誰も入ってこないし、龍にはそのまやかしの力は利かないから。永遠に眠りにつくことだろう」
夏潤姿の父ちゃんの格好いいこと。映画の一シーンのよう。
吉野と別れを言う。
「お元気で」
「すみれ殿もお達者で」
ニコニコ顔の爺が吉野の後をついていった。そのまま洞窟の一つに入っていった。
二人の姿が見えなくなるとレオンが悪戯っぽい笑顔で言う。
「爺、すっごく嬉しそうだっただろう」
それは気づいていた。ウキウキしている感じ。待ちに待ったその瞬間って感じで。久々に連れて行ってもらえる遊園地へ向かう子供のよう。
「爺は、悪人を食べるのが好きなんだ」
「えっ、食べる?」
「そう、悪人なんて苦くて炭でも食ってる感じがするだろう。爺はその苦みとか、がりがり感がたまらないんだってさ、ゲテモノ食いだろっ」
そんなこと、すみれに言われても理解不可能。
人間を食べること自体がうけつけないのに、悪人はとか、苦いとかの問題じゃないんだけど。やはり、ここは龍の住処。人間のようでも中身は龍なのだ。それをつくづく実感した。
吉野のことは、もう心配しなくてもよさそうだ。ほっとしていた。吉野はすみれがこのトラブルに巻き込んでしまったから。すみれたちに係わらなければ、何ごともなく、妖刀を買い、元の世界へ戻って自分の成すことを遂げていたはず。それがたとえ悲惨なことでも、それを吉野自身が望んでいたのだから。
「ねえ、私はどうなるのかな?」
恐る恐る聞いてみた。
「ああ、すみれはもう少しここにいて。亜美を連れて帰りたいんだろう。あの子、今、医療チームが頑張ってる。普通の生活ができるくらいには回復すると思うって」
「え、本当? それってすごい」
「いや、だからここにいる龍は、二千年くらい生きてるって言ったろっ」
「ありがとう。レオン、亜美のことあまり好きじゃないって言ってたから、どうでもいい扱いをするんじゃないかって、ちょっと心配していた」
「ふん、今だって亜美は好きじゃない。でも人格が変わっている。だから、前のような苦みがなくなってる。だから、いいかって思う」
本当に不思議だった。すみれには、レオンがしきりに言う亜美が苦いって言うことに意味がよくわからない。それどころか、亜美のきれいな顔とか容姿にはまったく関係なく、すみれのことばかりを心配してくれる。本当に見た目で判断をしないんだと感心した。
そんなことを思っていると、レオンが意味ありげに笑っていた。
「なによ」
「いいか、怒るなよ。今だから言うけどな、最初、すみれを見た時、男の子だとばかり思ってた。髪が短いし、その体もがりがりでさ」
絶句。なに、この龍。ねえ、誰でもいいから、レオンを殴ってよって思う。
「怒るなって言っただろ」
「怒るに決まってるでしょ。バカ、レオン」
そう言いながら、すみれはレオンに抱きつく。
でも、いいんだ。レオンは本当のすみれを見て、助けてくれたんだから。




