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出血大サービス? いや、大出血大サービス

 レオンが人間の姿になり、すぐさま血を採られた。

 

 猫少女が採血をしているすぐ隣で、ノーラが唾を飛ばしながら細かい指示を出していた。

「一気に採れるだけお取りっ。ブラッケンは大量の血を失ってる。そしてすぐに輸血をするよ。いいね」

 猫少女が採った血をノーラに渡すと、それをそのまま注射器でブラッケンの血管に注入する。

 すぐにその効果は表れた。青い顔をしていたブラッケンの顔に少し赤みがさし、出血が止まった。


 ノーラがそれを見て興奮している。

「ああ、斬りおとされた腕を持っておいでっ。もしかすると、もしかするかもしれないからね」

 ブラッケンの太い腕を小男が持ってくる。それは拾われてきれいに洗われていた。止血していた布を取り、切断部分をくっつけた。すぐにピタリとくっついた。骨、筋肉が再生されていくのが、表面からでも見える。早送りのビデオのように、表面の皮膚も傷だけになり、やがてそれがピンク色になる。そこが傷だったんだよねとわかる程度に。


 ノーラが歓喜の声をあげた。

「なんという効果だろう。すばらしい。こんなにすごいとは想像もしていなかった。猫よ、もっと血を採ってブラッケンに与えるのじゃ」


 ブラッケンの腕は完全に元に戻っていた。もう傷も残っていない。さらにその部分に今までと同じような体毛まではえてきていた。

 ノーラはさらにレオンの血を注入する。


「さあ、もうこのくらいで大丈夫だろう。傷は治った。後はブラッケンが目覚めるだけ。地下したで寝かせておやり」

 小男たちが、担架を持ってきてブラッケンを地下へと運んでいく。


 ノーラは集まっていた野次馬に言う。

「さあ、ここの見世はあの幻と言われている龍の血を売るよ。その効果は見てのとおりだ。斬りおとされた腕があっという間に元通りになった。今夜は特別だ。安くしておく。10cc金貨50だ。明日からは10cc金貨80だよ。朝まで無制限で売るからね。並んだ、並んだ」


 魔女たちは、龍の血の噂を知っているから、迷わずに並ぶ。

「多少の病なら、10ccもあればたちどころに治ってしまうだろう。どこも悪くなくても若返るだろうよ。さあ、こんなチャンスは滅多にない。並んで並んで」

 その場にいた魔物たちも並び、長い列ができていた。

 猫少女がその注文に応じて、50cc、80ccと採血していく。





 すみれが青い顔をしてみているのに気付いた。そんなに血を採ったら、レオンが死んでしまうと心配している。

 フン、大丈夫だよ。たとえ、人間の姿でもレオンは龍だ。こんなことくらいで死にはしない。

 ぶるっと体を震わせる。人間の体って不便だな。龍のままなら、寒さも感じないのに、人間は裸のままだとどんどん体温を失っていくらしい。


 すみれが毛布を背中から掛けてくれた。あったかい。ずっと体に力が入っていたが抜けていく。

「人間になったら、なにか身につけてよね。風邪ひいちゃうし、それに・・・・ちゃんと隠さないと恥ずかしいよ・・・・」

 すみれがそう言って視線を外す。


「えっ、なにが恥ずかしいって? 隠すってなにを?」

 わざとそう聞く。すみれが真っ赤になり、何も言えなくなっていた。すみれは思った通りの反応をするからおもしろい。

「もうっ、レオンったら、ばかっ」

 すみれがそっぽを向いた。


「ありがとう、すみれ。暖かいよ」

 レオンには、膨れたすみれが明後日の方向を向いたが、その言葉にニンマリ笑ったことがわかっていた。

 本当に人間って不便だ。こんな棘のような小さな針が腕に刺さってしまうんだから。それに視界が悪い。二軒先の見世まで見えていたのに、今はこの檻に集まっている群衆の姿を仰ぎ見ている。

 餌の野獣を襲って食べようにも向こうの方が一回り大きくなる。レオンはある程度の力は出せるが、うまくやらないと奴らを食うことなんてできない。


 魔女たちが、レオンの血のことを聞きつけて集まっていた。魔女は魔物たちへの薬や診療所を開いている者も多い。


 かわいそうなのは吉野だった。やっと手に入れた妖刀を持って帰るところだったのに、こんなことに巻き込まれてしまった。吉野が持っている青い炎は燃え尽きるのに丸一日だ。それまでにこの霧の里を抜け、元の世界へ戻らなければ、二度と帰れなくなる。そうなると敵討ちどころではない。見知らぬ異次元のどこかで、野垂れ死にってことになる。


 ノーラは時々客の様子を見ながら、ブラッケンの様子を報告している。それが宣伝になるから。ブラッケンの昔、負った胸の傷までがきれいに治っていたらしい。しかし、まだ目覚めないらしい。

 霧が少しづつ流れてくる。それは夜明けが近いことを示していた。まだ、十人くらいが並んでいるが、ノーラがお終いだと断っていた。


 小男が温かいスープをレオンのために持ってきた。そのくらいして当然だろうよ。普通の人間だったら、とっくに倒れているくらいの血を採ったんだ。スプーンを持つ手がブルブルと震えていた。

 すみれがそのスープをすくって、レオンに飲ませてくれる。ありがたい。こんなこと、してもらったの、生まれて初めてだ。母さんがいてくれたら、きっとこんな感じだったのかなと考える。


 すみれの心配そうな顔。それだけで、レオンの胸が締め付けられる。そんな顔をしてほしくない。なんでこんなに胸が揺さぶられるのか。だから、けっこうしんどいけど、それを隠して笑う。けど、すみれは、レオンが無理して笑っていることを見抜いているから、もっと心配するのだ。悪循環だな。


 朝がきていた。夜の市場はもう人がまばらだ。夜しか歩けない者も大勢いる。それにこの霧は魔物でさえ、道を誤らせる。


 猫少女が、レオンから針を抜き、止血をしていた時だった。

 ノーラのものすごい叫び声が聞こえてきた。見世の片づけをしていた小男も猫少女も驚いてその手を止める。


 ノーラが地下から飛び出してきた。

「あああ、なんてことだ。レオンめっ」

 隣の見世の主も、こっちを見ている。

 ノーラはその手に赤ん坊を抱いていた。泣き声が響いた。

「レオンめっ。これをどうしてくれるっ」


 ノーラが赤ん坊を檻の方へ向けた。皆が訳が分からないという表情で見ていた。

 そのライオン顔の赤ん坊を見ているとなにかが起こっているのがわかった。みるみる間に小さくしぼんでいくようだ。見る見る間に変化していく。まるで生き物の変化を撮影したテープを巻き戻したような、そんな速さ。

 ふっくらとしていた顔、その体もどんどんしぼんでいき、しわくちゃの赤ん坊になっていく。それはまるで子猫がいるようだ。

 さらにその体から毛がすべて落ち、真っ赤な肌になり、もっとしわしわになり、小さくなって・・・・、掌に乗るくらいの胎児、そしてもっと小さなものになり、卵になり、消滅してしまった。


 レオンがそれを見て、クスクス笑う。しかし、ノーラ以外は何が起こったのかわかっていない。ノーラは怒りに震えていた。



「どういうことだ。なぜ、ブラッケンが、赤ん坊になって消えてしまったんだ。レオン、何をしたのだ」

 そう、さっきの赤ん坊はブラッケンだった。

「別に、なにもしていないよ。僕はずっとここで血を採られていただけだ。みんな知ってる」


「レオン、お前の血は傷を治した」

「そうだよ。僕の血はブラッケンの腕を治した」


「古傷まできれいになっていた。そして、刻まれていた顔の皺がいつのまにかなくなっていた。ブラッケンは若返った。どんどんそれもものすごい勢いで青年になり、少年へ、そして子供、赤ん坊。あっという間だった」


「そう、そして母親のお腹にいるはずの胎児になって、元に戻る」

 レオンは少し茶化しながら言う。

「なぜ、そんなことになってしまったのだ。お前の血は傷を治し、若返る、それだけだろう」


「ん、そうだけどブラッケンにはちょっと僕の血、多すぎたのかもしれないね。だから、若返りの効果が効きすぎたんじゃない?」

 レオンはそう言ってノーラをみた。

 ノーラは蒼白になっている。

「血が多すぎただとっ」


 レオンは知っていた。ノーラもこっそりとレオンの血をもらい、自分に注射していたことを。若返るってことは女性の永遠の夢だ。レオンの血で百歳くらい若返れば、昔のようにどこかの王様に取り入って、いい暮らしができるかもしれないと考えたらしい。


 今、まさにノーラの体が変化し始めていた。深かった皺が浅くなって、肌の色もよくなり、真っ白な髪が段々と黒くなっていく。ノーラもそれに気づいた。ハッとして、自分の顔を探っている。なにが起きているんだろうと。


「そうそう、その効果が表れ始めたみたい。若返り始めると後は早いからね。ブラッケンを見ただろう。坂道を転げ落ちるように、どんどん加速していくよ。ああ、ノーラもすごい美人だったんだね」


 ノーラは背がグンと伸び、熟女になっている。そしてその顔もどんどん若くなり、人形のように美しかった。次には背が縮んでいく。ティーンエイジャーになり、顔にそばかすが見えた。生意気そうな少女、すべては自分のためにあるなんて考えていたんだろう。

 けど、そんなことは一瞬だった。さらに背が縮んでいき、子供、幼児、もうノーラは着ていた服が下に落ち、赤ん坊が丸裸で泣いていた。手足をバタバタさせて泣くが、さっきのブラッケンのように、しわくちゃになり、胎児、さらに人間の胎児か、動物の胎児なのかわからなくなり、消えてなくなった。


 それを見ていた魔女が買ったばかりのレオンの血を投げだした。ガチャンと瓶が割れる。中から赤い血がこぼれた。


「冗談じゃない。こんなコントロールの利かないものを買わされてしまった。このことは魔女連盟に訴えてやる。後日、返金してもらうからねっ」

 そう怒鳴り、霧に紛れて消えていった。


 レオンはその状況を見て、ひとりでクスクス笑っている。おかしくてしかたがない。たぶん、あの魔女は今夜レオンの血を買ったすべての客に知らせてくれるにちがいない。若返ると聞いてそのままレオンの血を入れたら、消滅するまで若返ってしまうと。


 レオンは自分の血の効果を知っていた。それはほんのわずかで効き目がある。その加減はかなりむずかしいのだ。それをブラッケンは大量の血を輸血されていた。ノーラもだ。


「ねえ、みんなが消えちゃうってこと?」

 すみれが心配そうに聞いてきた。また新たな問題が降りかかったと言わんばかりに。

「ん、結論から言うとそうなる。たった10ccでも消えちゃう。そのスピードはその量によってだけど、10ccでも多すぎるんだ。遅かれ早かれ、若返っていく、その効果は止らない。そして消滅する」


「ねえ、レオン、それを知ってたの?」

「うん、まあね」

 あれ? すみれの言い方がレオンを責めているように聞こえる。悪い奴らをやっつけたのに。


「知ってて何も言わなかったの?」

「だって、誰も僕に聞かなかったから」

 すみれが、呆れたとつぶやいた。


「僕が龍の谷を出て、ある魔女に拾われたんだ。ミリアって言って、とても親切な人だった。そのミリアにはお礼の意味で、一度だけ人間になった。そして僕の血を調べたんだ。いろいろな動物実験をして、その量を間違えると効きすぎて若返りすぎてしまうってわかった。ブラッケンはね、その母のように親しくしていたミリアを人質にして、僕をここに拘束した。ねっ、ブラッケンって悪い奴だろう」

 これこそ、復讐リベンジだ。


 ガチャリと檻の戸が開く。

 見ると、猫少女がこっちを見ていた。

「もうブラッケンもいない。ノーラもいない。この見世はお終いだ。どこへ行ってもかまわないよ。ブラッケンの血の契約は解消となる。みんな、解放する」

 小男がそれを聞いて、なにか言おうとしたが、押し黙った。彼もブラッケンにこき使われていたのだ。逃げられると思ったのだろう。


「あたしは故郷へ帰る」

 猫少女が、小男に言った。

 小男も檻の戸から離れた。それはレオンたちに檻から出ていいというサイン。


 吉野が出て、すみれも続く。レオンも毛布を巻き付けたまま、外に出た。そして、すぐに龍の姿に戻る。

 人間のままでいたら、ふらふらして歩けそうになかったが、龍の姿ではなんともない。ここでは空は飛べないが、この霧の里を這うことくらいはできそうだ。


「吉野さん、その青い炎でこの霧の里を出ましょう」

「うん、さあ、行こう」


 吉野、すみれ、レオンが霧の里を歩き出した。


 しかし、すぐにすみれの足が止る。

「ねえ、亜美。亜美はどこにいるの。一緒に帰るなら亜美も連れて行く」


 レオンの脳裏にあの生意気な女の顔が浮かぶ。おいおい、時間がねえぞと思う。

 けど、レオンはすみれが本気で心配して、絶対に亜美を連れて帰ると思っていることがわかった。それにワインを飲んでしまった亜美だけど、もう支配されるブラッケンはいない。

 こんなところでいろいろ議論をしている暇はなかった。


≪わかった。吉野さんとすみれはここで待ってて。僕、すぐに連れてくる≫


≪ホント?≫


 すみれも、レオンに何か言われると構えていたらしい。すんなりと承諾したレオンに力が抜けたみたいだった。


 レオンは地を舐めるように這い、ずっとレオンを苦しめていた檻の横を通り過ぎ、その裏の大きな娼婦館に向かった。もうすでに猫少女が皆を解き放っている。その中で、ふらふらと明後日の方向を見ながら、へらへらと笑いながら歩いている亜美を見つけた。


 亜美はもうブラッケンの血のジャンキーだった。人間だった頃のことをすべて忘れていた。だからと言って、この娼婦館の状況も把握しているわけじゃない。ただ、そこに所属し、食べ物をもらうから、身体を売っている、それが自分の意志とは全く関係なく、朝起きて顔を洗うという習慣のようなこととしてやっていた。

 亜美に近づき、声をかけようとしたが、やめた。そのまま横抱きにしてすみれたちの所へ連れていった。亜美はもうひどい臭いはしない。抵抗も全くしなかった。あまり考えることをしなくなったからだろう。


 すみれは、そんな亜美を見てショックを受けている。姿形は以前のままだ。しかし、抜け殻のようになっている亜美の表情はもうきれいだったと言われていた面影はない。

 亜美はすみれを見てもただニコニコしているだけ。

 すみれはそんな亜美に背を向ける。どんどん吉野の後をついて歩いていく。泣いていることがわかった。


≪なあ、こんな亜美でも連れていくのか≫


≪うん、連れていく。だって、こんなところに放り出されても野獣に食べられるだけでしょ。それなら連れて帰る。もしかするとあっちへ帰れば、シャキッとするかもしれないし、病院もある≫


≪ん、そうだな≫


 今のすみれにはもう言える言葉がない。

 人間の医者が亜美を治せればいいけど、と思った。

 

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