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ものすごいチャンスが到来?

 侍の吉野の事情を聞いていた。そんな時、猫少女がすみれの血を採るために、檻の中へ入ってきた。いつものことだ。今は何とも思わなくなった。慣れって怖い。


 吉野は檻の外からそれを眺めていた。猫少女も見慣れない他の客がじっと見ていることに緊張している様子だ。吉野のことをちらちらとみている。

「では、拙者はこれで」

 吉野がすみれに頭を下げた。

「お元気で」

 すみれもそう言った。

 そのまま青い炎を照らしながら、吉野は背を向け、すたすたと歩いていった。


 なにがそんなに気になるのか、まだ猫少女はちらちらと吉野のことを見ていた。吉野の持っている妖刀のせいなのかもしれない。あのレオンでさえ、驚いていたから。


 そんな吉野に気を取られていた猫少女は、間違いを侵した。すみれはそれがわかった。

 最近は、檻の中に入って戸に鍵を掛ける。そうしてから採血をするのだ。逃亡防止の足に巻かれていた鎖は、そこが擦れて化膿してしまったからやめていた。傷があると血が濁ると魔女たちから苦情が出たのだ。


 その檻の戸に鍵を掛けるのを忘れているのだ。そのまま猫少女はすみれの腕から血を採取する。

 レオンもそのことに気づいた。


≪すみれ、猫を突き飛ばして逃げろっ。あの吉野さんと一緒に行け。猫は僕が抑えつけているから、早くっ。ここでこのまま死ぬより、イチかバチかにかけろっ≫


≪えっ≫


 すみれの頭の中をいろいろなことが駆け巡る。


≪早くっ、チャンスは今しかない≫


 その思考にはじかれるようにして、すみれは猫少女を突き飛ばした。すみれの腕から針が抜けて、血が飛び散る。それでもかまわずに、開いている扉をくぐり抜け、外へ出た。すぐ近くにすみれの血を買おうとしていた魔女がいた。その魔女もかまわずに体当たりをして突き飛ばす。

 ぎゃ~とものすごい声を出された。


 先を行く吉野の後ろ姿を目指して走った。周りの野獣や魔物たちが何事かと振り返る。皆が、駆けてくるすみれを見ていた。

 その気配を察して、吉野が振り返る。しかし、すみれの手を掴まれた。それはブラッケンだった。ものすごく恐ろしい顔をしていた。


「どこへ行く。お前は金づるだ。逃がさない」

 ああ、だめだった。やっぱり、ここからは逃げられないんだと思った。

 あっけなく、ブラッケンに引き戻されていた。これからはもっと厳重になるだろう。チャンスはもうない。


「待て、そのおなごから手を放せっ」

 それは吉野だった。

 妖刀を抜いていた。

 ブラッケンはまさか吉野が斬りかかってくるとは思ってもみなかったのだろう。そして吉野も妖刀を抜いただけで威嚇をするだけのつもりだった。ブラッケンは悪い奴でも、吉野にはまったく関係ないからだ。


 しかし、それは妖刀だった。それに今はキコの木の真下ではない。さらに妖刀に命が吹きこまれていた。ヤル気、いや、斬る気満々だ。

 吉野は手に持っていただけで、妖刀が自らブラッケンを斬りつけていた。

 ザクッという骨までが断ち切れたようなすごい音がした。

 タールのような黒い血が飛び散る。

 妖刀は、すみれの手を捕まえていた腕を、肩から斬り落としていた。どさりとかなりたくましいブラッケンの腕が、その場に落ち、転がった。


 その場は騒然となった。吉野は驚いて、妖刀の力を抑えるために、慌てて刀を鞘におさめる。

 周りの見世の魔の使い達が集まってきた。

 ブラッケンの肩から夥しい血が噴き出ていた。茫然としているすみれと吉野の二人を小男が檻に入れた。


 ブラッケンの見世の常連客の魔女たちが騒いでいる。

「早く止血を。このままじゃ死ぬ」

 皆がオロオロしていた。

 ここには救急隊とか、病院はないのかもしれない。数人の居合わせた魔女が、ぶつぶつとまじないを説くが効き目はないようだ。

「だめだ。あの妖刀で斬られている。それにこの出血はただごとじゃない」

 皆が、のたうち回っているブラッケンを青い顔をして、見下ろすだけだった。


「あの龍の血、あの血を使うしかない」

 どこかの魔女が叫んだ。皆がレオンを見る。

「龍の血を採れ。早く、それしかブラッケンを助けることはできない」


 魔女のノーラも来ていた。血まみれのブラッケンを青い顔をしてみている。

「龍の体は刀が使えない」

 


「あの妖刀を使えばいい。龍の腕を落とせ。そうすれば血が採れる」

 とんでもないことを妖魔が言っていた。明らかにその状況を楽しんでいる様子だ。深々とかぶったマントの奥の目がギラギラ輝いていた。


 しかし、当の本人のレオンは涼しい顔をしている。むしろ、他人事のように知らん顔をしていた。

 ノーラが叫ぶ。

「だめだ。龍の血は強すぎる。斬りおとしてもそのままでは使えない。ブラッケンを助けるどころか、殺してしまうだろう」


 じれったそうに、他の魔の使いが叫んだ。

「じゃあ、どうすればいい」



「この龍はね、半龍なんだ。レオンが人間の姿になれば、その血は万人に使える。ブラッケンを治すことができる」

 それはここにいる誰もが知っていることだ。でもレオンが人間の姿にならないから、ブラッケンが餌を与えずに檻に閉じ込めてきた。


 ノーラがふとすみれを見た。その時、すみれはレオンを心配な目で見つめていた。その目が見開かれる。

「お前たちは知らない間に、そういうことか。ああ、そうかい」

 意味ありげに見られていた。えっ、レオンとの交流、ばれた?


「ブラッケンが助からないのなら、この娘の血を採るだけ採って、ブラッケンに輸血しよう。一滴残らず搾りとれば、ブラッケンは命はとりとめるだろう」


 すみれが体を震わせた。なんて恐ろしいことを言うんだろう。ノーラの命令に、小男が檻の中に入り、すみれを外に出した。

 ブラッケンは半身が、止血のための包帯で覆われていた。しかし、その顔は青白い。出血は止まらないようだ。意識もない。ぐったりとしている。


 猫少女がすみれの腕に針を刺そうとする。

「生ぬるい。そんなところから血を採ったんじゃ間に合わないよっ。首の動脈から採るのさ。さあ」


 小男たちがすみれを押さえつけ、ブラッケンのすぐ隣に寝かした。力づくで抵抗しているが、身動きがとれない。

 猫少女がすみれの首をめがけて針を持って近づく。

 その針の先端が迫ってきた。

「さあ、レオン。どうする。この子を助けるか。それとも見殺しにするか」


「だめっ、レオン。そんなこと、だめ。言うことをきかないで」

 すみれはそう叫んだ。

 頸動脈に針を刺されて死ぬのは怖い。けど、レオンの死ぬ姿も見たくはない。

 その針がすみれの首に刺さる寸前で、レオンが言った。

「わかった。人の姿になる。でもその前に、何か食わせてくれないかな。そこにいる野獣、一匹でもいい」


 針を持った猫少女の手が止った。猫少女も恐ろしかったらしい。その手が震えていたことに気づいていた。

 野次馬の中の野獣一匹が取り押さえられた。抵抗をするが、檻の中に入れられた。レオンはむっくりと体を起こす。そして逃げようとするその野獣を頭からバリバリと食べ、あっという間に飲み込んでいた。

 その様子に、すみれは改めてレオンは龍だったと思いなおした。もし、初めて会った時にこんなシーンからだったら、絶対にレオンには近づかなかっただろう。


 力がついたからなのか、レオンがヒョイと首を振ると、その首についていた鎖がブチ切れた。ガラガラと音を立てて、鎖の破片が飛び散った。すごい力だった。

 檻の外で見ていた魔物や野獣たちでさえが、思わず後ずさりをするほどだった。

 そして次の瞬間、そこには人間の少年がいた。また性懲りもなく、ミノの姿になっている。そしてもちろん、素っ裸。すみれを見て、にっこり笑っている。まったくもう、慣れたけどね。

 すみれもにっこり笑い返した。こんな状況なのに、笑顔が向けられるってすごい。いや、こんな状況だからこそ、笑顔しか向けられないのかもしれない。


≪レオン、死なないで。お願いだから≫


≪わかってる。大丈夫。血を採られるくらいのことで死なないさ≫

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