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正規の手続きを取って訪れている侍・吉野

 レオンとすみれが、お互い近づいた次の夜のことだった。


 レオンとすみれがいる檻の前を一人の侍が通った。

 その姿を見た時は、すみれは自分の目を疑った。とんでもない幻視が見えるようになってしまったかと。テレビで見たちょんまげを結い、着物袴姿で歩いていた。

「えっ、侍?」

 思わず、声に出してしまった。

 その声に、その侍は足を止めた。近寄ってくる。


「あ、ありゃ、本物の人か?」

「あ、はい。一応」

 そういうとさらに侍が驚く。

「ええっ、おなごか。そのような成りをしているし、その髪から少年だと思った」

 侍がちょっと大げさにそう言った。


 レオンが笑った思考を送ってくる。ちょっとすみれは不満に思い、膨れた。

「すまぬ、失言であった。普通、髪は女の命と言われておる。その髪を切るということは喪に服す時。拙者はそのように短く切っておるおなごを見たことがなかった故、ご勘弁を」

 ぺこりと頭を下げた。さらにレオンを見た。

「ありゃ、これはもしかして幻の神獣。これは恐れ入った」


 侍が一人で何か言って感動していた。憎めない感じの人だ。

「あのう、もし。ここまではなんとか来られたが、ここからどこへ行ったらよいのか困っておった。しかし、そなたは囚われの身」

 なにか聞きたいが、檻に閉じ込められているすみれにわかるかどうかと考えているようだ。


「あ、私、一応ここで血を売ってま~す。すみれで~す」

 そういうと侍の目が倍の大きさに見開かれる。些か自己紹介が軽すぎたようだ。

「血、とな」

 侍はちらりと後ろにいるレオンを見た。

「拙者はてっきりこの神獣の餌なのかと・・・・いや、いやいや、失敬」

 再びくすっと笑うレオン。少年に間違われたその次はレオンの餌だと思われた。おもしろくない。


「お侍さんはどこから来たんですか。江戸時代のいつだろう? 家光? それとも吉宗?」

 侍は驚愕していた。息を飲んでいる。


≪すみれ、やめなよ。この人、公方様のことを呼び捨てにしているってちょっと立腹してる。吉宗公って言いなよ≫


≪あ、そう。でもこんなところに侍が来るなんて思ってもみなかったし≫


≪この夜の市場は時間がねじれたりしている。どの時代でもその人が心から望んで、それなりの代償を払えば、ここへたどり着くことができるんだ≫


 すみれは、へ~えと思う。


「あ、この辺りに刀を売る見世があると聞いたが、ご存じないか」

 すみれは檻と地下の往復だから、この辺、界隈の見世に何があるなんて知る由もない。


≪ああ、それなら三軒向こうの見世≫


 レオンがそう教えてくれた。それをすみれが伝える。

「それなら三軒向こうの見世らしいです」


 侍は顔をほころばせる。

「かたじけない。拙者、高遠藩の吉野直孝と申す。用が済み次第、また引き返してくるから」

 吉野と名乗った侍は、三軒向こうの見世に急いだ。こんなところで人間に出会えた。


 すみれが気づいた。吉野は青い炎のような提灯を持っていた。


≪うん、あれを持っている人がちゃんとした手続きを取ってここへ来ている人。自分のいたところから、この夜の市場までの道を照らしてくれる。迷うことなくここへ来られるようになってるんだよ≫


≪へえ、その手続きってどんなこと、するの?≫


≪その人が切実に願えば、四つ目カラスが舞い降りて、その手続きを受け付ける。人はそのカラスが何を欲しがっているか、それが支払えれば、契約成立。それだけのこと≫


 レオンはいとも簡単な事のように言うが、実際は絶対にそんなことはないとすみれは考えていた。四つ目カラスなんて恐ろしいモノ、とんでもないものを欲しがっているに違いない。


 吉野はにこにこ顔で、再び姿を見せた。

 その背には、長い刀を背負っている。それを買ったんだとわかった。


≪ヒッ、あれって・・・・≫


 レオンが怯んでいた。


≪え、なに? 侍が刀を持っていても不思議じゃないでしょ≫


≪あれは妖刀だよ。血を求めて、刀の方から相手を襲っていく≫


≪刀の方から人を襲う? そんなに怖い刀≫


 なんで、そんな物をあの人の好さそうな吉野がわざわざ買いにきたんだろう。


≪あの刀はね、ずっとずっと人の血を吸ってきた。戦が終わっても一日としてじっとしていられなくて、それを持っていた殿さまを操って、家臣や女中たちを斬り殺したこともある≫


≪そんな・・・・じゃあ、あの人、その刀がそんなに怖いモノだって知らなかったんじゃないの? 騙されて買わされたとか?≫


≪そんなこと、この夜の市場ではありえない。そんなことをしたら、見世の魔の使いは二度とここで働くことはできないからね。それに・・・・もう手遅れ≫


 手遅れって言った? 

 レオンを見る。その龍の顔からは表情を読むことは難しい。けど遠い目をしている。まだ何かあるらしい。


≪もうあの妖刀は、あるじである、あの人の血の味を覚えてしまっている。買う時に、自分の血を刀に吸わせることで妖刀は誰が主人なのかを知る。主人を斬ってしまっては他の人を斬ることができなくなるから。これであの刀は主人以外の人の血を求めるってこと≫


 さらにレオンが説明をしてくれた。

 妖刀は、一度覚えた血の味を忘れないのだと。久しぶりに吸った血で、嬉々と喜んでいるらしい。


 吉野はすみれに頭を下げた。

「いやあ、助かった。ここへは来たものの、どこへ行ったらいいのか、皆目見当もつかなかった。おかげで欲しいものが見つかった。では、拙者はこれで、また長い道中を歩かねばならぬので。すみれ殿もお達者で」

 こんなところに囚われているすみれに元気でとは、何とも変な会話だった。


「あのう、その刀って、すごく怖い物らしいんですけど、ご存知でしたか? 吉野さんみたいな人がなんで、そんなものをこんなところまで買いに来たんだろうって不思議で・・・・・・」


 吉野の顔が曇った。言いたくなかったらしい。

「あ、余計なお世話でしたか。ごめんなさい。吉野さん、お気をつけて、さようなら」

 すみれは深々と頭を下げた。人にはいろいろと事情がある。そこに土足で上がりこむような真似はするもんじゃないのだ。


「いえ、すみれ殿は拙者のことを心配して言ってくれた。そのお心は本当にうれしく思います。実は・・・・・・」

 吉野はその事情を話し始めた。

「拙者は、武士の癖に剣術はからっきしダメで、それでも真面目一徹、高遠藩に務めておった」


 吉野の話が始まった。

 吉野直孝、三十二歳は高遠藩の下級武士だった。それでも真面目に勤め、子が産まれるとき、もう少し大きな屋敷に引っ越した。殿から拝賜されたのだ。その後、すぐに一年間の江戸勤務を仰せつかった。そして吉野が留守の間に、以前その家に住んでいた侍を狙って刺客がきた。ただ、その家にいたというだけで、まったく関係のない吉野の妻と子が殺された。


 それから、吉野は仇討ちの旅に出た。どうしても妻子を殺されたことが納得できなかったのだ。仇討ちの相手はあっけなく見つかった。吉野が越したその家には、高遠の上級武士が住んでいた。しかし、横領、いじめなどが明るみに出て、失脚させられた。その際にはその武士が、他の同僚たちも一緒に横領をしていたと偽りを告げ、多数の侍が濡れ衣を着せられ、処分を受けたらしい。その中の一人がその事を恨んで、刺客を雇ったとのことだ。


 吉野は、その相手の武士と刺客を斬らなければならなかった。腕に自信のない吉野はその妖刀に頼るほかないと思い、この夜の市場へ来たということだった。


 レオンが吉野の思考を読み取る。


≪なるほど、この人、自分も死ぬ気だ。なにがなんでも仇を打ちたい。そうしてから死ぬつもり。だって、四つ目カラスには自分の目玉を引き換えに、この夜の市場への契約を結んでいる。でもそれは、仇討ちを無事に終えたらってことで話がついている。そしてこの妖刀の始末、相手を討ったら、自分の腹を斬る覚悟だよ。妖刀はその持ち主の血をたくさん浴びると、その妖術がしばらくの間、消えてしまうんだ。そうすることで今までの持ち主はこの恐ろしい力を封印してきていた。吉野さんはそんなことまで知っていた≫


 目玉と自分の命。そうか、そんな覚悟があったから、この妖刀を使うんだ。


≪あの人はね、何の関係のなかった妻と子の敵討ちのために生きてる。もう後戻りはできない。みんな複雑な事情があるんだ。こんな曖昧な世界にわざわざ足をむけるんだから。まあ単純に騙されて連れてこられる人もいるけど≫


≪レオンッ≫


 最後の言葉は、すみれに対する皮肉だった。

 

 

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