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見世に出されているが、商品にならないレオンと血売りのすみれ、接近中

すみません。ものすごく遊んでおります。

 五日目の夜が終わった。


 白い霧が出てきて、すみれたちは眠る時間になった。いつものように、レオンがその体を巻き、すみれが寄り添って眠る。


 レオンと一緒に眠っていると安心できた。たとえ、それが龍であってもレオンのことを信用している。ここでは唯一の友達だし。レオンが人間だったらもっといいのに・・・・・・なんて思う。


 すみれは夢を見ていた。

 すみれが家へ帰ってきた夜のこと。家の前に佇む二人の人影。その影が一瞬だけだが重なり合った。すみれは遠くてもその一人が姉だとわかった。そしてもう一人は? そのシルエットから、男性だとわかった。すみれにとって、姉のさつきは母親同然の存在だ。甘えるのも叱られるのも姉、落ち込んだ時に励ましてくれたのも姉だった。そんな存在が、男性と抱き合っていた。

 あんなに大好きな姉だったのに、その瞬間、ものすごい嫌悪感覚えた。きっとそれは、他の誰かに大好きな姉を取られてしまう不安だったのかもしれない。けれど、その時のすみれは、その不安を怒りに変え、駅へ戻った。帰りたくなかった。姉と顔を合わせたくなかった。顔を見れば、言わなくてもいいことを言ってしまいそうだった。

 だから、その夜はネットカフェへ泊った。初めての外泊だった。朝早く、着替えるために家へ戻ると姉が交通事故で入院したと聞かされた。昨夜、帰ってこないすみれを探し回り、信号無視してきた車にぶつかったとのこと。その日から、姉は意識不明の重体だった。姉は目覚めなかった。こんな妹を持ったから、目覚めたくないのかもしれないなんて思う。



 いつもこの時の夢を見ると涙が出ている。そう、今も半分夢心地。

 ふと、すみれは体が温かく感じていた。いつもは冷たい霧の中、毛布で全身を覆い、それでも何度か寒さで目を覚ます。レオンの堅い体の影に入りこんでも寒いのだ。しかし、・・・・・・どうしてだろう。いつもと違う。


 またウトウトしていた。けど、頭のどこかで冷静に、そのことを受け止めているすみれがいた。はっきりと目を覚ます。


 あれ? レオンの体って、こんなに暖かかったっけ。

 そのことに、違和感を感じていた。よく見ると、すみれに背後から回されているその腕は、人間の物だ。

 そんなはずはない。この檻の中にはレオン以外はいないはず。

 少々すみれはパニックになっていた。さらに気づく。すみれの背後から首筋に感じる定期的な寝息。明らかに誰かがすみれのすぐ後ろで寝ている。

 そして・・・・恐る恐る手を伸ばす。手が誰かの柔らかい肌に触れた。


 さらにすみれを硬直させる事実がわかった。すみれの背後にピタリと密着して寝ているその人はたぶん、裸だということ。


 えっ、誰、だれ、誰? 誰がいるの? 誰が寝てるの?


 すみれがもぞもぞと動き、その顔をちらりと見た。

 そこには見慣れない少年が眠っていた。いや、そうじゃない。この顔、見たことある。でも、どこで?

 するとその少年が目を覚ました。


「なんだよ。せっかくいい気持で寝てたのに。ゴソゴソ動きやがって」

 そんな口調で起き上がったその少年の顔を見て、すみれはさらに驚いていた。その事実に気づき、声も上げられない。

 ミノ、ミノだ。間違いない。細面のすんなりとした顔。それでいてどこか気だるそうな笑顔を見せる、ミノ。

 そこにはすみれの大ファンのアイドルグループAのミノル、通称ミノがいた。


「ミノ? なんで、どうして、嘘でしょ。ミノがなんで、こんなとこに、しかも素っ裸、やだ」

 隠して欲しいのに、全然かまわずに体をすみれの方に向けるから、決定的な物を目撃してしまった。

 真っ赤になってすみれは下を向く。もうお嫁に行けない。どうしようって思う。


 それでもすみれの目は目の前のミノから離れられない。テレビや雑誌でしか見たことはないが、その顔は明らかに大好きなミノ。学校で毎日、雑誌を見てはキャーキャー言って騒いでいた。そのアイドルが目の前にいるのだ。


 いや、でも、そんなこと、絶対にありえない。だって、ここは異次元の夜の市場だ。なんで急にミノがこんなところで寝ているのだ。どうしても説明がつかない。

 すみれは一人でパニックに陥り、自分なりに突っ込んでいた。


「すみれ、お前の頭ン中さ、すっごくおもしろい」


 そう言われて、すみれはジェットコースター並みの速さで、いろいろなことを考えていた思考を止めた。なんか、おかしい。ミノがすみれの名前を知ってるはずがないのだ。

 見るとあの大きな図体の、どこにも隠れようのない龍がいない。この檻の中から出られないレオンがいなかった。そして絶対にここにいるはずのないミノがいる。ってことは、ってことだ。


「あの・・・・・・まさか?」

 すみれが恐る恐る訊ねた。

「ああ、この顔か。すみれの頭ン中にチラチラしてた男の顔。ちょいと失敬してみた」

 その口調、やはりレオンだった。レオンが龍から人間に変わったのだ。

「レオンたら、なんでよりによってミノなのよっ。やめてよ。自分の顔に戻ってよ。お願いだから」

 そう、冗談じゃない。ミノがレオンの口調になるなんて、許されないことだ。


「うっせぇなっ。いいじゃん。実はさ、僕、あまり人間になったことないんだ。だから、どんな顔だったかなんて覚えていなくて、ちょいと参考にさせてもらっただけだよ。これでいいだろう」

 面倒くさそうに、ミノの顔で、レオンが顔をしかめた。


 ううん、実にやりにくい。レオンなら、面と向かってどんどん文句も言える。けど、ミノの顔でいられるとちょっと胸がどきどきしてくる。その反面、ミノの神聖なるイメージが、ものすごい勢いで崩れていった。


≪おい、誰か来る。寝たふりしろ≫


 レオンが真剣に、ものすごくかっこいいミノの顔でそう言った。 

 はいはい、わかりましたよ。すぐさま横になった。レオンも元の龍の姿に戻っていた。間一髪で、キコの木の扉が開いた。

 小男が出てきた。胡散臭そうに檻の中を覗いていた。

 

 うるさかったらしい。


 小男がまた地下へ戻っていった。

 ほっとした。よかった。見つからないで。特にレオンは人間の姿になったところを見られたら大変なことになる。


 レオンは再び、人間の姿になっていた。どうやら、ミノの姿、気に入ったらしい。

 今度は声に出さずにいつものように思考で話すことにした。

≪ねえ、なんで急に人間になろうなんて思ったの? あんなに拒否してたのに≫


 そうだ。今までだって、そう何度も人間の姿になったことはないと言った。ここでその姿になることはとても危険なのに。


≪ん、すみれを見ていて、寒そうだったし。人間になったら温めてやれるかって思った。そして人間っていうのもいいかなって思った≫

 少し、その言葉にドキッとする。


≪そうなんだ。ありがと≫


≪すみれは柔らかいし、いい匂いもするし・・・・≫


≪ちょっと待ってよ、おいしそうだったとかいうんじゃないでしょうね≫


≪すみれを食べようって思うんだったらとっくに食べてる。そういう意味じゃない≫


 そう。けどそれはわかっていた。レオンはそういう意味で言ったんじゃないってこと。ちょっと気恥ずかしくて、そんなこと言ってみただけ。

 レオンは続ける。


≪不思議な気持ちになった。毎晩、すみれを抱きかかえながら寝て、ふと人間の姿で一緒に寝たらどんなに気持ちがいいかって思った。父ちゃんもこういうふうに母さんのことを好きになったんだって、なんとなくわかった気がする≫


≪そっか、お母さん、人間だったってことだよね≫


 そうだった。レオンは龍である父と人間の母を持つ半龍だった。


≪そう、母さんは僕を産んじゃいけなかったんだ。人間が龍の子を産むなんてこと、できるはずがない。僕が生まれたから母さんは死んだ。僕が殺したんだ≫


≪そんな事、言わないでっ≫


 そのことに心ふるわせる。


≪本当のことだよ。父ちゃんは僕を見るといつも母さんを思い出すんだ。それがわかるから、僕はそっと龍の谷を出た≫


 ぎょっとした。


≪ちょっとレオンってさ、家出龍だったの?≫


≪違うよ。ちゃんと旅に出るって言ってきた。でも向こうもせいせいしたと思う≫


 すみれは涙にくれていた。こういう話には弱い。もうびしょびしょになっている。レオンが怯むくらいに。なんてことを言うんだろう。レオンたら。ゆるさないんだから。親のことをそんなふうに言って。でも、レオンの気持ちもわかりすぎるくらいわかるから、泣けてくる。


≪私も同じなの。レオンと同じ。お母さん、私がお腹にいるときに癌が見つかったの。でも生まれてからじゃないと治療ができなくて・・・・。私が生まれた時にはもう手遅れになっていた。私もレオンと同じ。私が生まれたから、お母さん、死んじゃった≫


≪すみれ・・・・・・≫


 同じ胸の痛みだった。それを共有できる人(龍)がいた。レオンの心の痛みを想像するとすみれの胸も痛くなる。

 レオンがすみれを抱きしめていた。それは慰めてくれるための抱擁。そして愛おしい者への愛情のハグでもある。それをすみれは素直に受け止めていた。レオンの腕の中は心地よく、温かだった。すみれもぎゅっとレオンの背中に腕をまわしていた。


 すみれはレオンの腕の中で安らぎを感じていた。そしてレオンのことが愛おしくて仕方がなかった。これは決してレオンがミノの顔だからだけではない(少しはある)。レオンが龍の姿の時からも感じていたことだ。


 誰かを好きになるということは、その人を守りたいと思う心。そして自分の子供のことを考えた時、親とは自分のことを二の次にするんだということがわかった。だって、好きな人との子供、自分の身より大事だろう、そう考えていた。

 すみれの涙がやっと止った。


≪あのね、なんかわかった気がする。レオンのお母さんの気持ちが。絶対にレオンのこと、誰も恨んでいないよ。だって、レオンは龍のお父さんと人間のお母さんに愛されて、産まれてきたんだから。お母さんは絶対に産みたかったはず。それが願いだったから、お父さんもそれを許したんだと思う。だから、レオンを誰も恨んではいないの≫


 レオンがそれを聞いて、すみれが壊れるほどぎゅっと強く抱きしめてくる。


 そう、その言葉はすみれにも当てはまった。すみれの母も同じことを思って、すみれを産むことを優先してくれたんだ。すみれがお母さんを殺したなんて思ってたら、きっと悲しむと思う。

 それがわかった。レオンはいつのまにか、すみれにとって本当に大切な存在となっていた。


 レオンが悪戯っぽい笑顔を向けてきた。どうやら、すみれのレオンに対する感情が伝わったらしい。そしてそのまますみれに覆いかぶさる。押し倒されていた。


≪じゃ、しよっか≫


≪えっ、なにを?≫


≪交尾≫


 こ、交尾? ぎょええと心の中で叫ぶ。冗談でしょ。この龍はなんてこと言うの。高校生になんてことを言うんだろう。不純異性交遊、それは結婚前にすることではない、そうよね? レオンのこと、好きになりそうだったのに。もうっ。


≪冗談だよ。すみれをからかうとものすごく面白いからな≫


 そう言われて、身体を放されるとちょっと惜しい気もするすみれだ。レオンなら許せる気がする。


≪すみれには母さんのようなリスクを負ってもらいたくないから。すみれを守るって決めたんだ≫


 レオンはそう言ってすみれの毛布の中に再び入った。そのまま二人で眠りについた。

 すみれはずっとレオンの言葉を反芻していた。


 すみれには母さんのようなリスクを負ってもらいたくない、母さんのようなリスクって、出産の危険率ってことだと気づいた。



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