八話 臣下の礼
俺の言葉にひとしきりフランツ氏はお笑いになった。
周りに控えている警備騎士の面々は俺の命令の意味を理解しかねている様子だ。
それもそうだろう、フランツ氏に剣を突き付けろとか言っておきながらフランツ氏の自害を止め、団長のコノエラと敵対しそうな雰囲気になってからの、今までとあまり変わらぬ状況になるのだからそうなるのもうなずける。
だが、きっちりさせることはしておくべきなのでそこはきちんと説明しておく。
「別に今まで通りというわけでもありません。基本的には今まで通りを装ってもらいますが、あくまでも演技でいてもらわなければなりません。それに当分は主が移ったことは他言無用です」
俺のその言葉にひとしきりお笑いになっていたフランツ氏も興味深げにこちらを向いて問いかけてくる。
「なぜ? そなたが実権を握ったことは少なくとも騎士団の者たちには教えるべきではないのかい?」
「こんな年端もいかぬ子供がいきなり主になると言われて、簡単にはいそうですか、と納得する者は少ないと思います。そこで必要になる認めさせる努力。今はそのような努力は最小限に抑えたいのですよ。それに実権があなたではなく私にあるとわかると何かと問題もあるのではないですか? ねぇ父上」
俺は軽い嫌味を込めてフランツ氏を父と呼んだ。
それは変な芝居に付き合わされたことへの当てつけと同時に、その芝居を続けるという意思表示のためでもあった。
「なるほど、確かに父ではなく子に実権があるのは何かとまずいな。よかろうその案に乗ろうではないか」
フランツ氏は俺との少ないやり取りで俺の意図を的確にくみ取ってくれたようだ。
相当に頭がきれる人物なのだろう。
「それでは私からは騎士団という力を提供します。父上は私に衣食住と教育を提供してください」
「たったそれだけか? もっと要求されるものと思っていたが……」
フランツ氏は不思議顔だったがそれだけで十分だった。
なにせ、俺は元居た場所に戻るつもりだし、ここは当面の生活を確保できるだけの止まり木でしかないのだ。
もしこの世界を去るときが来れば、騎士団には厳命してフランツ氏に仕えさせればいい。
何も問題はないはずだ、とりあえずはこの世界について調べてからだな。
俺はそう結論付けて周りの騎士団の面々を見回せば、それぞれ安堵した表情をしていた。
今まで仕えていた主に刃を向けないで済むことに、本当に安心した様子だ。
「ふふ、それにしても面白い子供だなそなたは。腕が立ち、ある程度の教養もある。未だにこの首が繋がっていることに疑問を感じるよ」
フランツ氏はそう言って、椅子に深々と腰を落ち着けられた。
この世界の価値観は知らないが、人の命はそうやすやすと奪うものではないと俺は思う。
「父上がお約束を守ってくださるなら、そう簡単にお命は奪いませんよ。守るならば」
「それは怖い。我が子に顔色を窺わなければならないとはな」
そう言ったフランツ氏の顔は笑っていた。
俺の遊びの受け答えに、同じく遊びで返したと言ったところか。
一時はどうなるかと思ったが、蓋を開けてみればうまい具合に話が進んで内心ほっとしている。
「そういえば、まだそなたの名を聞いていなかったな。今後不便にならないように名を聞かせてくれるか?」
「これは失礼、丸佐和と言います」
「マルサーワ? 随分と変わった名だな。ふむ……どうだろうこれからはマルサスと名乗ってはどうかな」
つい癖で名字のほうで名乗ってしまったが、名前と勘違いされたようだ。
だが、こちらでの生活には偽名でも問題なさそうなのでその提案を受け入れる。
提案を受け入れて明日からの簡単な対応の話をしてから、時間も遅いので今日はこの辺で切り上げましょうとフランツ氏に提案して、俺はフランツ氏の寝室から騎士団を連れて退室した。
部屋の前でコノエラたちと別れ、俺は騎士団の一人に案内されてあてがわれた部屋へ向かう。
この時、フランツ氏は夕食後の食堂でアニスに俺の部屋を用意させていたと言うことを騎士団から聞いた。
自分の身を放っておいて芝居に神経を使うとはなかなかやり手だと感心しながら、通された部屋はそれは驚くものだった。
天蓋付きのキングサイズはあるのではと思う広いベッドに数々の趣向を凝らした調度品、そして軽くランニングができるほどの広い空間、庶民出の俺にはホテルのスイートルームのような部屋だ。
俺を案内した騎士を下がらせて俺は明かりの灯っていない部屋の中で本当の意味での安息を味わう。
今日一日は何かとあり過ぎて、疲れが溜まっていた。
天蓋付きのベッドに着替えもせずそのままダイブすると、とても柔らかな綿が俺を出迎えてくれた。
俺はベッドの上で仰向けになってから今後の事を考える。
まずは、この世界の情報を仕入れて違う世界ならば早々に次元転移をしたほうがいいだろう。
そこでふと、日中は次元転移システムまでチェックしていなかったことを思い出した。
やらなくてもいいと思いながら次元転移システムにアクセスする。
ナノマシンプラントなどは問題なかったのだから問題はないだろうと思ってのチェックだったが、次に示された次元転移システムの表示に、俺は息を飲む。
網膜に表示された次元転移システムの表示は赤色で転移不能。
俺はそれを見るなりバネ仕掛けの人形のようにすごい勢いで飛び起き、ベッドのふちに座りながら全身のフルチェックをとっさにかけていた。
昼間のように五感は全て正常、ナノマシンの製造プラントも異常無く稼働中、問題だったのは背丈と次元転移システムのみ……。
「よりによって一番重要なシステムに問題が起こるとは……」
俺しかいない部屋の中で、またベットに倒れこみ俺は今後の事に必死に頭を回していた。
次元転移システムは時間が迫る中、教授に数時間だけレクチャーを受けた俺には機能を理解しきれていないシステムだ。
そして、唯一の次元転移の生命線でもある。
教授は確か次元転移システムのエネルギーか機能どちらかが転移による影響で支障をきたし、数多くの実験機が戻ってこなかったのではないかと言っていた。
エネルギーについては代用としてナノマシンのプログラムを使えるとも言っていた気がする。
しかし、どうやってプログラムを代用するのかはあまりにも膨大な説明を脳内メモリーに記憶しているが今の俺では全くと言っていいほど理解できない。
「システム的にはナノマシンを使って修復を試みろとか言っていたが……」
俺はそう呟きながらナノマシンに次元転移システムの修復を指示する。
あとはナノマシンに任せていつ終わるともわからない修復を時折指示を出して気長に待つしかないのか。
俺が絶望的な現状を嘆いていると部屋の扉が開く音が聞こえた。
俺は次元転移システムの修復作業をいったん解除し、部屋の扉の方向へナノマシンを飛ばして探る。
すると薄暗い部屋の中に一人入ってきたのが、ナノマシンの力を借りた暗視モードの網膜に映った。
その人物は周囲を警戒しつつ、迷うことなく俺がいるベッドの傍まで足を運ぶ。
足音は敷かれた絨毯によって吸収されているようだ。
俺は暗視モードの網膜に映るその人物の顔に少し驚いた。
そして、その人物がベッドの前に立った時、俺はその人物に語りかけた。
「こんな夜更けに何か御用ですか? コノエラさん」
俺がそう言うと相手はあからさまにたじろいで俺との距離を取る。
俺と距離を取った人物、コノエラは明らかに俺に恐怖と驚きを合わせたような顔で俺を見返していた。
「いえ、その……」
コノエラは実に歯切れの悪い物言いで、まるで悪戯を見つかった子供のようにおどおどとするばかりだ。
その姿を見て、俺はコノエラが部屋に来た理由を何となく察した。
「なるほど、寝首を掻きにでも来ましたか」
「そのようなことは決して……」
「私の前では嘘は決してつかないでください。その上でもう一度聞きます。寝首でも掻きに来ましたか」
俺の問いに、コノエラはすぐさま膝をつき礼をもってこう訴えた。
「申し訳ありません、我が主。ですが、未だに私はあなた様に負けたことが信じられないのです。このままでは私は自分に与えられた命令も、部下をも守ることさえやりきる自信がありません」
短い言葉ではあったが、コノエラの言葉にはコノエラ自身の中での葛藤が言葉の端端に見え隠れしていた。
外見は年端もいかぬ子供に負けたこと、元の主であるフランツ氏への忠義、そして俺が発した命令。
その全てを騎士団の慣わしというルールに抑え込もうとして、それをどうしても認められないコノエラという一人の女性の悲痛なる悲鳴がその訴えに乗って聞こえた気がした。
「困りましたね、あなたとしてはどうすれば納得していただけますか?」
命令で力任せにねじ伏せることはたやすいかもしれない。
一言、そんなことは考えるな、と言えばコノエラはその言葉通りに従うとこの数時間のやり取りを見て予想はできる。
しかし、それでは目の前のコノエラは救われない。
だから、俺はコノエラに己が納得するための方法を聞いていた。
俺のその問いにコノエラはしばし考えるそぶりを見せたが震える声ながらはっきりとこう言った。
「今一度でいいのです、どうか私と手合わせを願いませんでしょうか」
その言葉を発した後のコノエラの表情は、俺の暗視モードの網膜にこれでもかという衝撃を与えた。
そのなんとも言えぬ歪みを必死に正そうとするその顔は、騎士としての誉れを護りたい騎士のコノエラと、一人の人間としてのコノエラの本心がせめぎ合ってできた表情に見えたのだ。
その表情に俺は自然とこう言葉を紡いでいた。
「一度とは言わずに、気が済むまで手合わせをしましょう。それでこれから私に真の意味で仕えてくださるかはそのあとに決めてください」
その言葉を聞いたコノエラの顔のなんとも晴れやかな表情が、俺には痛々しかった。
もし葛藤が埋まらなかった場合にコノエラが取るであろう行動が予測できたからだ。
きっとコノエラはその時、己の命を……
知らなかったとはいえ、決闘を受けて勝てしまったことに申し訳なさが先に出る。
いや、それを嘆いたところで過去は変えられない。
だから、コノエラを救うなどという、おこがましいことを言うつもりもない。
ただ、俺のできる限りをコノエラにぶつけようと、俺は心に決めた。
暗い部屋をどちらともなく出てから、コノエラの先導で中庭にやってきた。
だが、すぐに手合わせするための剣がないと気が付き、コノエラはすぐに剣を探しに屋敷の中へ戻っていく。
残された俺は月明かりに照らされた中庭を見回し、手入れの行き届いたその庭にこの屋敷の主の人柄を見た感じがした。
どのくらいの時間がたっただろうか、俺が庭を丹念に見回していると後ろから、お待たせしました、というコノエラの声が聞こえた。
振り返り見上げれば、大きな赤と黄色の二つの月を背にコノエラが木でできた二本の模造剣を持ってたたずんでいた。
俺はその光景に思わず息を飲んだ。
その衝撃はあまりにもすさまじく、俺の心を揺らす。
この世界は異世界だったという事実よりも、今すぐに帰れない事実よりも、あまりにも無理をしていると顔が物語っているコノエラを見た事実が俺はこの女性に何かできないかと本気で考えさせる。
「武器庫に行くと他の皆を起こす可能性がありましたので模造剣で申し訳ないのですが」
コノエラはそういって俺に一振りの模造剣を放る。
近くに落ちたその剣を掴むと俺は何も言わずに切っ先をコノエラに向けた。
下手な言葉をかけるより、騎士として生きるコノエラには剣げきで語るほうが伝わることが多いと判断した。
俺のその思いを知ってか知らずか、コノエラも無言で握った剣の切っ先を俺に向ける。
この手合わせでその先がどうなろうと、俺は誠心誠意一撃一撃を全力で臨もう。
風の音しかしない中庭で俺とコノエラはそれ以上言葉を発することなく、ただ対峙する。
そして、しばらく向かい合った後、一陣の風と化してコノエラは俺めがけて向かってきたのであった。
ゴトゴトという馬車の音を聞きながら俺はそんなことを思い出していた。
まったく、暇を持て余して随分懐かしいことを思い出したのもだと正直飽きれる。
王都に向けた旅も後半に差し掛かり、順調に行けばあと二日で王都に着くという、そんな暇な馬車の中で俺はこの地に足を踏み出した二年前を考えていた。
初日こそ父上とたわいない会話で暇をつぶしていた馬車の中だったが、それも三日を過ぎれば次第と口数も少なくなって無言のまま馬車の中で揺れに耐えている。
それにしても、一つの選択の違いで今置かれている状況は雲泥の差になっていただろうと考えると、父上の息子になれたことは本当に運がいいと改めて思う。
この世界の初めての夜はコノエラと朝まで剣を交えて明かしたのだが、ナノマシンの力を借りて肉体強化していたとはいえ、一晩中剣士として一流のコノエラを相手をするのは骨が折れたことを改めて思い出して苦笑いが出てきた。
「どうしたマルサス。急に笑い出して?」
その笑いを父上に目ざとく見られてしまった。
狭い車内では仕方ないかもしれないが俺は父上に、何でもないです、と申し上げて再び窓から見える風景に目をやる。
あの夜の一戦以来、コノエラはたとえ俺と二人きりであっても俺の前では不安な表情は見せていない。
コノエラの心の葛藤の答えがついたのか正直なところわからないが、あながち悪い方向に向かっているとは思っていなかった。
むしろお互い満身創痍の体に朝日を浴びながら俺に首を垂れ、わがままを聞き入れたことへの感謝と謝罪をしたコノエラの何か吹っ切れた表情を未だに忘れられない。
主が変わってからも父上に言わせれば、今までと変わらずに騎士団を指揮し尽くしてくれているということだ。
コノエラの信じる何かを壊してしまったが、代わりに何かを示してやれたならばそれはそれでいいのかもしれない。
そんなことを考えながら外の移り行く景色を見ていたら、急にその移り行く景色が止まった。
俺は癖で周囲警戒をナノマシンに指示したがその結果が来るよりも早く先頭を行くコノエラの大声が耳に入ってきた。
「この車列をフランツ・ローゼンバーグ様の物と知っての狼藉か!」
その声が切れた絶好の頃合いで網膜に数十人の人影の情報が入ってくる。
「賊の様だな」
父上はコノエラの声に反応したらしく、そう言って短剣を手に周りを見回していた。
クリサンスマン王国は比較的治安がいいとされているが、時たま山賊などが商隊や貴族を襲い、問題になることがしばしばある。
今取り囲んでいる賊もそのうちの一つなのだろう。
俺が父上に俺が出て一掃しますかと進言したが、あっさりとその必要はないと制されてしまった。
俺は目視でも確認できる距離まで来た賊を窓越しに見ながら、警戒を怠らずにしているとコノエラの、荷を守れ、という掛け声が聞こえた。
これは警備騎士団の戦闘開始の合図だ。
その合図を境に静かだった外が怒号飛び交う戦場へと一変する。
普通の身なりの賊や安っぽいキルトアーマーを着込んだ賊が次々俺たちの車列に散り散りに群がる。
しかし、それを見た父上は一言、愚かな、と呟いて黙祷しだした。
俺はナノマシンを使い戦闘の全体を把握し、父上の言葉の意味を知ることとなる。
一斉に襲い掛かった賊の群れは、たった数名の我が護衛騎士に斬られ次々に地面に沈んでいった。
「老いはしたがこれが大戦時、アマゾネス騎士団随一と言われた黒の騎士団の実力だよ」
荷馬車を警護していたディアナとフェリスの二人の若い騎士も危なげなく戦闘を継続している様子だ。
そして、賊の半数が地に沈んだあたりで甲高い笛の音が聞こえた。
すると今度は賊が一斉に俺たち親子が乗った馬車めがけて突っ込んでくるのがナノマシンを通じて見て取れた。
「粗いが少しは訓練されているな、どこぞの傭兵下りだろうか」
父上は外を窺いながらそう呟かれた。
「私が駆けて頭を押さえます」
「ほう、頭目の位置がわかるのかい?」
俺のその進言に父上は驚いた様子で俺を見られたのではっきりと頷いて返すと、少ししてからこうおっしゃられた。
「お前の実力は十分に知っている。だけど無理はするんじゃないよ。厳しかったらすぐに引き返しなさい」
俺はその言葉を聞くや否や手にしたナイフの鞘を抜きすぐさま馬車から躍り出た。
馬車から出た俺を目撃した賊の数人が、ガキがいるぞ、と声を上げたが俺に気を取られて我が騎士団の剣に倒れる結果となった。
俺はそのまま道端の林に身を進め、ナノマシンで把握してあった林の奥、賊の頭目がいるであろう場所に大きく迂回して俺が入った林の入り口とは真逆の後ろ側から迫る。
すると、一人の男が木の陰から俺たちの乗っていた馬車を見る後姿が目に入った。
ナノマシンの力を借りてさらに加速した俺は勢いをそのままに、その男の背中に張り付き左手で男の口を塞ぎ、右手のナイフを男の喉に突き付けた。
「動くな」
俺は声のトーンを落として殺気を乗せてそう男の耳元で囁く。
男は一瞬の出来事に動転したものの首筋に当たるナイフで状況を把握したらしい。
一言、命だけは、と命乞いをしてきた。
俺も命までは取る気はないので、おとなしく仲間を退かせろ、とどすを利かせてそう言った。
すると男は、判った、と一言呟いたが、次の瞬間に上半身を左右に振って俺を樹にぶつけようとする。
俺は高めていたナノマシンの動体視力ですぐさまその動作を感知し男の背中から飛びのく。
その拍子に少し男の首筋をナイフで切り裂いていた。
首筋をナイフで斬られた男は鈍い声をあげながら首元を手で押させその場から逃げようとする。
男から飛びのいた俺は体制を立て直して男を追おうとしたが、ナノマシンの感知で男の向こう側にこちらに近づく新たな人影を発見し、一瞬男を追うのをやめる。
木々が乱立する林の中で新たな敵だと厄介だと思っての判断だったが、その心配はすぐさま響いた、坊ちゃま、の声で杞憂に終わった。
「コノエラ、そっちに行きました捕まえてください」
俺は、坊ちゃま、と呼んだコノエラに向かいそう指示を出す。
コノエラはその声で目の前で方向転換する男を敵と認識したらしい。
俺のほうから見て左手の街道のほうに逃げようとした男にコノエラは、瞬時に追いつき逃げる男の首に手刀を叩き込む。
手刀を首に受けあえなく男は地面に沈んだ。
俺はコノエラたちに近づき、近くに群生している丈夫そうな蔦をナイフで切って倒れた男の足と手を縛り上げにかかる。
「手伝います」
俺のその様子を見て、コノエラはそう声をかけて手伝ってくれた。
コノエラと協力して頭目と思われる男を縛り上げる。
「ありがとうコノエラ助かりました」
「いえ、これが私の仕事ですので」
そう取り付く島もない簡素な受け答えでコノエラは、男を担いで馬車のほうに歩いていこうとする。
コノエラの人柄はこの二年で大体把握はしている。
忠義に堅実で、部下思いのまっすぐな女性だ。
だから、今の答えも裏表無い率直な気持ちなのだろう。
だからだろうか、俺はその答えに遊び心が湧いてこう問いかけた。
「仕事に忠実なのはいいですが、その答えは私の立場が無理に言わせている言葉ですか?」
別にコノエラが慌てる姿とかが見れるとは思ってもいない、ただ遊び心が湧いただけだ。
しかし意外にもコノエラは一瞬立ち止まってから、担いでいる男を無視して振り返り男を落としながら俺に向かってこう言った。
「立場なんて関係ありません。あなたは初めて会った夜に私の理不尽な申し出に真摯に付き合ってくださった。騎士として恥ずべき私に真正面から、だから私は……」
コノエラの声は徐々に大きくなり最後は叫びにも似た声で語気を強めてそうのたまう。
この二年コノエラが取り乱した姿など最初にあった日に見て以来だ。
コノエラは叫んだことを恥じるように一瞬頬を赤らめてから最後まで言葉を紡がなかった。
コノエラをからかったことは気まぐれだったが、いい収穫があったように思う。
俺は笑顔でコノエラを見つめていると馬車のほうからディアナの声が聞こえる。
「団長~、こちらは片付きました。坊ちゃまはご無事ですか~」
コノエラはそそくさと男を再び担いで、坊ちゃまも、と言いながらディアナのほうに向かって歩いて行った。
俺はコノエラに付いて行きディアナと合流する。
「被害のほうは?」
「御屋形様もご無事で、メイドたちも問題ありません、こちらの被害は皆無です」
俺は二人の会話を聞きながら馬車へと戻ってきた。
馬車の周りは悲惨な賊の骸が転がってる。
俺が馬車の近くに戻ってきたとき、警備騎士の面々が骸を街道脇に移動し始めるところだった。
俺はその骸に手を合わせて、成仏しろよ、と心の中で祈った。
「賊に情けをかけるのですか、お優しいですね」
それを見てかコノエラは男をおろしてからそう声をかけてきた。
「優しくはありませんよ。自分が生きるために精一杯でこの者たちを見殺しにしたようなものです」
「我等の行いが間違いだと?」
「そうは言いません。ですがそれでも自分にはきつく律しなければ」
慌ただしく動く騎士団の面々をよそに俺とコノエラはその場でその作業の様子を眺めていた。
すると、コノエラはふとこんなことを呟いた。
「私たちが倒れてもあなたはそうやって泣いてしまわれるのですか」
俺が驚いてコノエラを見やれば、コノエラは顔を真っ赤にして何事もない風を装いながらそっぽを向くのが見えた。
そんなコノエラを俺は見たことが今までになく、とても貴重な体験をしているように思えた。
だから、この雰囲気を壊さぬよう俺は誰に言うでもなくこう言う。
「家族を亡くして涙を流さぬ者がいるものですか」
俺はそう言ってコノエラの顔を確認することなく父上の待つ馬車へ足を運ぶ。
後ろからコノエラの、えっ、という間の抜けた声が聞こえたが、それは聞かなかったことにしておいてあげようではないか。
何せ、今日はとても貴重なコノエラの素顔が見えたのだから。
読んでくださってありがとうございます。次回から王都編です。
執筆ペースは遅いですが、今後ともよろしくお願いいたします。