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青薔薇のシュバリエ  作者: 亀谷琥珀
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七話 決闘の意味

 男性のその不敵な笑みに、俺は男性の思惑を確信する。

 やはり罠だったかと改めて周囲の警戒に力を入れて、どう斬りかかられてもいいようにそっと体を動ける体勢に置く。

 自分の失態は自分で拭わなければ、これも教授に教わった生き抜く技術だ。


 しかし、蝋燭に浮かぶ護衛役の六名は男性のその言葉に動かない。

 今この時こそがネタをばらしをして襲いかかる絶好の頃合いだろうに。

 それでも誰も動かないと言うことはそれほどの自信があるのか、それとも相当に俺に対して怨みが大きいのかのどちらかだろうか。

 俺がそんなことを考えていると男性は目をつぶりながら言葉を続けた。


「本当に私の最後の食事にしては有意義なものであった。そなたの好きにするといい」


 好きにするといい? どういうことだ、男性はまるで今置かれている状況にそぐわないことを言った。

 すぐには襲われないようなので警戒は怠らず、状況を少し整理しよう。

 目の前には男性が一人。そして、周りには俺と男性を取り囲む護衛役の女性六人。


 どこをどう見ても、俺は敵対していると思われる男性とその護衛六人に囲まれて俺が窮地のはずだ。

 なのに男性の言葉は真逆で追い詰められたのは自分だと言う風な言い草だった。


「だが、まさか私の命を狙いに来たのが、そなたのような年端もいなぬ子供とは……」


 まただ。どういうことだろうか、置かれた立場と男性の言い草が合致しない。

 俺は顔にさえ出さなかったが動揺していた。

 周りの護衛役の顔をナノマシンで窺えば皆一様に緊張した面持ちがある。


 これはどこの子供か判らぬ者を殺すために、緊張していると言うわけではないだろう。

 ならば彼女らは何に緊張しているのか。

 まるで見当がつかない、お手上げだ。


 しかし、考えようによってはこれは好機かもしれない。

 いつ襲われてもいい状況で相手が白旗を揚げている様なものだ。

 この機を逃すわけにはいかないだろう。

 俺は男性の言葉に乗り、舌戦での状況把握に切り替える。


「外見なんぞ関係ありませんよ」

「そうかもしれんな。そなたの動きは本当に素晴らしかった。民のために使われるなら、それこそ大きな力になっただろうに」


 俺はそう言いつつ男性の言葉を聞きながら出されたお茶に口を付ける。

 もちろん毒味は忘れていないし、周囲警戒も怠らない。


「民のために使われていないとなぜ決めつけられるので?」

「……そうだな。人々の語る正義は決して同じ方向を向いていない。力勝負で勝った方が正義を名乗るだけだったな…… 私も先の大戦で学んだつもりだったが、どうもいつも忘れてしまう」


 男性はそう言うと、持っていたティーカップの中身を一気に飲み干しおかわりをしてさらに言葉を続けた。


「それにしてもそなたがここまで私に合わせてくれるとは思わなかった。最後に礼を言わせてくれ。これで死ぬのは未練があるがこれも世の定めと言うならしかたあるまい」


 また出てきた。これで確定だ男性は明らかにここで死ぬのは自分だと思っている。

 ではなぜそいう結論に至るのか。

 俺はその辺を探りを入れるために言葉を選び紡ぐ。


「未練があるのになぜその生にしがみつかないのですか?」

「確かに民や一人息子を残して逝く未練はあるが、置かれている立場が明らかに不利だろう。私の手元にはこのティーカップしかないと言うのに。そなたが最後の私のわがままを聞いてくれるなら少しは足掻く気もあるが」


 俺は男性の最後の方の言葉を無視して一番の疑問をぶつける。


「周りに居る剣があると言うのにですか」


 そうだ、男性には手元にこれだけの手駒である護衛役がいるのだ、それを使わない手はないだろう。

 だが、その言葉に男性は明らかに不思議な顔をしてこう言ってきた。


「どういうことだ? それは今やそなたの剣ではないか。コノエラを生かしておいたのはそう言う意味では無かったのか?」


 男性のその言葉にコノエラを含め周りの護衛役にも驚きの表情が窺えた。

 驚きたいのはこっちの方だ。話の流れが全く見えない。

 まどろっこしい話も止めていっそのこと素直に聞いてみるのも手か。


 だが、それだと自分の手札を全て切る形になる。

 それは危険だと思っていると幸いにも男性の方から話を振ってきてくれた。


「どうやらお互いに勘違いをしている様子だな…… どうだろう平和的に話し合う気はそなたにはあるか」

「お話の内容によりますがありますよ」


 俺はあえて実力行使も辞さないと含みを持たせる。

 まぁ実際に使うかは話は別だかとりあえず、けん制の効果はあるはずだ。

 すると男性は、わかった、と俺の条件を飲んで話を続ける。


「一つ聞くがそなたはどこぞの輩が差し向けた刺客ではないのか?」

「その質問に答える前に聞きますが、私をこの場で斬り捨てるおつもりなのではないのですか?」

「私がか? それは先の決闘で決着はついた。好きにするのはそなたの方だろう」


 どうやらことの主導権は俺にあるようだ。俺はそれを確認すると、誰にも雇われていない、と明言した。

 すると男性の後ろに控えていた虚ろな目をしたコノエラが目に精気を宿らせ慌てたように俺のその答えに噛みつく。


「馬鹿な、ならなぜあのような所にお前の様な者が居る!」

「私にも事情が色々ありましてね」


 コノエラの問いにはどう言っていい物かと言葉を濁しておいた。

 コノエラは俺の答えにどうも納得がいかない様子のようだったが、それをいなしたのは以外にも男性だった。


「コノエラ、新たなる主にその言い草は無いのではないか」

「新しい主?」


 俺は男性のその言葉に驚く。

 だが、男性は俺のその顔に納得がいったのか、とても優しい顔で俺を諭すように言葉を続けた。


「どうやらそなたが決闘の意味を理解していないのが、お互いの勘違いの始まりの様だな。ならば説明しよう先の決闘が持つ意味について……」


 男性が言うにはコノエラの属している騎士団には古いしきたりがあるらしい。

 騎士団の団長とさしでの決闘を行い勝ち、なおかつ命を取らなければ、その騎士団を丸々己の物に出来ると言う古いしきたりが。

 ただ、それにも数多くの条件が付く。神聖なる決闘であるために横槍が入らない事。騎士団の団員が五人以上立ち合いがあること。主が既に居る場合は主の許可も必要になる。


「そなたがコノエラを生かし、生かした方が有益だと言ったので私もすっかりこのしきたりを知っているものだと思ってしまった」

「つまり先の決闘はその条件を全て揃えていたと言うことですか……」

「まぁ、そのしきたりを知る者はアマゾネス騎士団の団員と数少ない主だけだろうがな」


 俺と男性はお互いにお茶を飲みながら互いに認識をすり合わせていく。


「ではなぜ、私がその事を知っていると?」

「あの身のこなし、惚れ惚れとした。それにその度胸とその容姿、どこぞの密偵だろうと思ったのだが、私の見立ても間違っていたと言うことか」

「そんなことより私がこの周りに控えている騎士団の実権を握っていると言うことは間違いないのですか?」

「ああ、間違いはない。何なら何か命令をして見てはどうだい」


 男性は挑発めいたことを言ってくる。

 状況は大体飲み込めたが、それでもまだ信じるには足りない。

 俺はその挑発に黒い考えが頭をよぎった。


「では、お言葉に甘えて。コノエラ以外は武装解除を。コノエラはそうですね、元主様の首元に剣を突き付けてください。いつでも殺せるように」


 こういわれてまで演技は続くまい、化けの皮は早めに剥がすに限る。

 俺のその言葉に男性は全く動じず、全てを受け入れた感じであった。


「馬鹿な、刺客ではないのではなかったのか!」


 俺の言葉に一番動揺したのはコノエラだった。

 しかし、コノエラの言葉を無視して俺は冷徹に命令をする。


「誰かに雇われていないといっただけですよ。どうしました出来ませんか?」

「……いえ、わ、分かりました」

「すぐに殺してはダメですよ。私の命があるまでは」


 俺がむやみに男性を傷つけないようにくぎを刺すと、コノエラは少し戸惑いながら抜刀し、男性の首元に俺が斬った折れた刃を当てがった。

 ほかの護衛たちも驚きから立ち直り武装を解除しだす。

 しばらくして俺の座るソファーの横に剣の山ができた。


 コノエラの体温と心拍をナノマシンで計測すると明らかに穏やかではないという数値を示している。

 まぁ無理もないか。普通に考えてよく知る人物を手にかけろと言っているのだ。

 それで動揺しないほうがおかしい。


 これは演技ではどうこう出来るものではない。

 俺の命令に従おうとする意識とそれを拒む心が明らかに葛藤している。

 そうすると、男性の言う騎士団を我が物にしたという話はどうやら本当とみてもいいかもしれない。


 それにしても、この場にいる全員の心拍を計測してみたが護衛役は皆見事に取り乱している。

 だが、一番焦るべき死に直面した男性の心拍だけは、驚くことに一般的な正常値と変わりがなかった。

 それだけ肝が据わっているのか、それとも単なる馬鹿なだけか。

 俺はそんな男性に興味がわいた。


「どうですか? 死に直面して。なんなら遺言くらいは聞いてもいいですよ」


 元から男性の命を取る気は毛頭なかった。

 単に開放するのではなく、歪んだ快楽に身を任せたのは教授に散々遊ばれたためだったのかもしれない。

 俺も相当性格が歪んでいるものだと自分自身で自覚しつつ男性の最後の言葉を待つ。


「そうだな……ならばここにいる皆に一言残していいか」

「ええ、どうぞ」

「皆、今まで私に仕えてくれて本当に感謝している。新しい主の元でも己の誇りを忘れず実直に生きてくれ」


 男性のその言葉に護衛役だった騎士たちは皆、心拍が一層跳ね上がる。

 特に顕著だったのはコノエラだった。

 男性の言葉を聞くなり持っていた折れた剣が震えだしたのだ。


 明らかなる動揺。だか手が震えだしたコノエラを男性は柔和な笑みをコノエラに向けたのが見えた。


「そなたにも最後に一つ願いだ。私の亡き後どうかこの領地を護ってほしい}


 次の瞬間、男性は震えてまともに握っていないコノエラから剣を奪い取ると、立ち上がり己の首元に剣を突き付けた。

 俺はその男性の行動をナノマシンで高めた動体視力でスローモーションのようにはっきりと見る。


 男性が何をするかを考える前に、俺は脇に置いておいた借り受けているナイフを瞬時に抜いて男性の持っている剣の柄から先を分子分解で切り裂いた。

 もちろん男性の剣の刃は男性の喉を切り裂くことなく、床に敷かれた絨毯の上に音もなく落ちる。


 まさか自害に出ようとは思ってもみなかった。

 コノエラから剣を奪い取ったということは、コノエラに自分を殺めるという罪の意識を追わせないためだろう。

 もし、コノエラに剣を持たせたまま、折れた剣をそのままつかみ首元に深く刺していたら俺の肉体強化した運動神経でも間に合わなかっただろう。


「何の真似ですか」

「自分の最後くらい自分で決めさせてもらってもいいのではないかな」

「その決定権は今や私の手の中にあるのをお忘れなく……」


 俺は虚勢でそういったものの内心は相当に焦っていた。

 形勢的余裕はあるとみていいが、精神的余裕は皆無といっていい。

 俺はしばらく男性の近くで警戒しつつ、男性が座るのを見届けてから元の席へ戻る。


 コノエラをはじめ騎士たちは俺たちの動作をその場に立ってみるばかりだ。

 どう切り出せばこの会話で優位に立てるのだろう。

 俺がそう考えを巡らせていると、目の前の男性は先ほどの俺の行動がなかったかのように、この屋敷を訪れたときのような息子に対して向ける顔でこう言ってきた。


「さて、私をまだ生かすということは、何か聞きたいことがあるのだろう?」


 男性はどこまでも冷静に話の主導権を握りっぱなしだ。

 いや、よくよく考えてみたら俺は今まで、まともに話の主導権を握ったことなどなかったのかもしれない。

 異世界に旅立って教授の世界に世話になったときなどは常に握られっぱなしだった。


 これは生まれながらの才能の差と諦めるべきなのか悩ましいところだが、俺の当面の目的は自分の元居た世界に戻ることだ。

 それまでは使える力は何でも使うべきだろう。

 とりあえず、この世界の情報を入手してそれから考えるとしよう。


「そうですね。それでは質問に答えてください。とりあえずあなたの名前から教えてもらいましょうか?」


 俺がそういうと目の前の男性は、名前すら教えていなかったか、と驚きつつフランツ・ローゼンバーグと名乗った。

 それから一時間ほど俺はこの世界の情報を入手すべくいろいろな質問をフランツ氏にぶつけた。

 フランツ氏はその質問に何の躊躇いもなく答えてくれたが、全てが本当のことだとはまだ信じていない。 


 だが、その質問のおかげで現在地やフランツ氏が何者なのかなどがわかってきた。

 それにしても、クリサンスマン王国とは聞いたことのない国名だ。

 簡易地図で他の国との位置関係も見せてもらったが、こちらの標準となるであろう馬車で一日という距離単位だと、いまいち距離の把握には参考にならない。


 しかし、フランツ氏が地方領主だったとは、上流階級の人間だとは思っていたがそれでも驚きのほうが大きい。

 その手駒である警備騎士団をごっそり古きゆかしいしきたりで手に入れたというのも驚くことだが、これからどうするべきか。


 今ある情報だけで組み立ててみよう。

 俺がいる現在地はクリサンスマン王国の東のはずれローゼンバーグ領。

 クリサンスマン王国の東西の距離が馬車で三十日くらいで、西は鉱山資源豊富なジェード連合、東は半島と島国で構成されたカッド帝国、南にいけば未踏の地スペルキウム山脈、北には新興勢力レリギオン教皇区がある。


 レリギオンとはどんな宗教だと聞いたところ俺の知りうる宗教の知識には該当しないため俺の知らない土地か全くの異世界の可能性が高い。

 夜の明かりは蝋燭か暖炉の火、最高速度の乗り物が早馬というあたり異世界の線が濃厚か。

 聞けば聞くほど日本の生活とは程遠いみたいで少し落胆する。

 しかし、そんなことだけも言ってられないので俺は気持ちを切り替えることにした。


「なるほど、聞けることは大体聞けました、礼を申し上げます」

「そこまで大それたことを聞かれたわけではないのだがね」

「それでも十分参考になりましたよ。そうだ大事なことを忘れてました……」


 俺はフランツ氏の嫌味を無視して、一拍おいてからこう質問した。


「なぜ私を息子だなどと演技をされたのですか?」


 これは俺がどうしても解せなかったことの一つだ。

 いくら騎士団が全て手の内になかったとしても俺を屋敷に招き入れてもてなす理由がどうしてもわからなかったのだ。


「年端もいかぬそなたをもてなすならば、私の息子にしたほうが何かと都合がよいと思てね」

「確かに給仕の方々は特に気にしていなかったようですが、跡目争いなんかの火種になりかねるのでは?」

「その時はその時だ。騎士団を失ったときに己の運命も決まったようなものだしな。あとは野となれ山となれだよ」


 なるほど、全てはお互いの勘違いの末生まれた行き違いというわけか。

 それにしても、これからどうするべきか悩むところだ。

 騎士団を手に入れたといわれても、この世界に伝手のない俺にどうすればいいのだろうか。


 それに騎士団の規模がでかすぎる。

 聞けば総数は百人にものぼるというのだから、食べ物だけでも相当の量が必要になる。

 それを養うとなるとそれだけでもどれだけ大変か、想像もしたくない。


 いっその事、このローゼンバーグ領を乗っ取ったほうが楽な気もしてきた。

 あれこれ考えを巡らしているとコノエラがとてもそわそわしているのが目に入る。


「どうしました騎士団長殿、フランツ氏に何か言いたいことでもおありかな?」

「い、いえ……そういうわけでは」


 コノエラは俺の問いにあからさまな態度で否定した。

 これで隠しているつもりなのだろうか。


「隠さなくていいですよ。最後の別れになるかもしれませんから言えるうちに言っておいたほうがいい」


 俺の煽りの言葉にコノエラはフランツ氏の前にひざまずき首を垂れてゆっくりとしゃべりだした。


「元我が主、私が不甲斐ないばかりにこのような結果になり面目もありません」

「気にすることはない。最善を尽くした結果なのだ、むしろ私のほうこそお前と騎士団を守れずにすまない」

「何をおっしゃいますか、行く当てのない我等を拾ってくださった恩は生涯忘れはしません」


 コノエラはそういいながら目に涙を浮かべていた。

 俺が遊んだのが悪いのだが、どう聞いても別れの言葉になっている。

 これでは俺が悪者だなっと思いつつ、もう少しコノエラで遊ぶことにした。


「情に訴えれば少なくとも騎士団長だけは寝返りそうですね、どうですかここで泣き落として活路を見出すというのは?」

「コノエラは騎士団の長だ。そうやすやすと懐柔できるとは思わない。それにするならばそなたのいない場所でやらねば意味がないだろう?」


 俺の茶化しにフランツ氏は淡々と答える。

 対するコノエラは、そんな手もあるのかっという顔で驚いていた。

 他の騎士たちも俺とフランツ氏の会話に興味津々だ。


 よほどこのフランツ氏は騎士団に信頼されていたのだろう。

 俺がどう動くのかに、周囲の人々の神経が集中しているのが嫌というほどわかる。

 ここで下手に動けば、俺のために動いてくれるという騎士団にも反感を買うだろう。

 そこまで考えて、俺はふと大事なことに思い至る。


「そういえば今回の決闘の件は一体どれほどの人に広まっているのでしょうか?」


 俺と常に一緒にいたフランツ氏やずっとここにいたコノエラにはわからないだろと、他の騎士たちに聞いていく。

 すると皆一様にことがあまりにも重大なため、まだ誰にも言ってない、という答えが返ってきた。


「つまりここで口裏を合わせれば決闘の件はなかったことにもできるわけですか、面白い」


 俺がそう呟くとコノエラはえらい剣幕で俺に食いついてきた。


「私をそこまで恥知らずとお思いか!」

「流石にそれは新しい主にしても侮辱しすぎではないかな。たとえそなたがくだんの一件をなかったこととしたい気持ちがあっての発言だとしても、それは騎士団に恥をかかせるだけだ。おすすめはしない」


 すかさずフランツ氏が執り成してくれはしたが、この世界の常識はそう簡単にはいってくれないらしい。


「こぼれた雫は元には戻らぬというわけですか」


 俺は妥当な着地点を模索しつつ、平和的に収まる方法を探していた。


「今の物言いだと本当に私の命には興味はない様だね」

「あなたの命は風前の灯火です。それを気にかけても仕方ないでしょうに」

「確かに騎士団を取られてはあとは自然と消えるのを待つだけか」


 フランツ氏も自分のこれからの事をすら気にかけない様子で、俺の判断を待っているようだ。


「それで騎士団は本当に私の手中に落ちたということでいいのですか?」

「ああ、騎士との契約が残っているが、今更覆すことは彼女らの尊厳にもかかわる間違いはない」

「ではその契約を終わらせて確かなものにしたいですね」


 俺はそう言ってコノエラのほうに目を向けた。

 コノエラは一瞬躊躇した様子だったが、それでもなお気丈に振る舞っている様子だ。

 剣をお借りします、と一言俺に断りを入れてから、皆から取り上げた剣を一本鞘から抜いてその剣を俺の眼前の床に横たえ、自分は俺の前にひざまずき首を垂れた。


「我が剣は主の牙、我が体は主の盾、黒き騎士団団長コノエラいつ何時も御身と共に!」


 これがこの世界の騎士団の忠誠の証立てなのだろう。

 俺はそのままの姿勢で黙って聞いていた。

 口上を終えたコノエラはしばらくすると、首を上げることはしないながらも何か言いたそうに体が訴えていた。


「その忠誠の証立ては、最後に主となるものが差し出された剣を騎士が持てるよう左右を変えて了承とするのが習わしでね」


 俺の態度にフランツ氏がそっと助け舟を出してくれる。

 なるほど、目の前に横たえてある剣は俺がすぐに右手で握れるようになっている。

 俺はその剣を手に取り左右を入れ替えてコノエラが持てるようにして席に戻った。


 するとコノエラは恭しく剣を両手で掲げながら受け取ると、立ち上がり剣を鞘に納めた。

 剣を鞘に納めたとたん周りの騎士たちから吐息が漏れる。

 これはどうやら騎士たちにしてみればとても神聖な儀式なのだろう。

 自分の身をゆだねるわけだし当然と言えば当然か。


「これで万全というわけですか」

「ああ、騎士たちはまごうことなきそなたの剣となった」


 さて、安全は確保できたようだし懸念材料は今後の交渉の運び方だろう。

 俺はフランツ氏にこれからどうするかをそれとなく聞いてみる。

 しかし、相変わらず決定権があるのは俺だというばかりで自分ではどうこうしたいと言ってこない。


 交渉ごとに関しては正真正銘の大物だと俺は判断した。

 このまま相手の意見を聞こうとしてもこう着状態のまま変わらない可能性が高い。

 なので、ここは思い切って俺のほうから動いてみることにした。


「さてではあなたの処遇を決める前に、騎士団に新たな命令をしますか」


 新たな命令と聞いて周りの騎士団の面々は顔を引き締めた。

 どうやら忠義に関しては職業意識だろうが、立派なものだと俺でもわかる。


「お前たちには不本意かもしれない命令だが聞いてもらうぞ」


 俺が勿体ぶってそういうと、コノエラが膝をつき俺にこう懇願してくる。


「我が主、その前にどうかお願いが!」

「なんでしょう。言ってみてくれませんか?」

「どうか、ローゼンバーグ様のお命だけはお助けできませんでしょうか」


 先ほどからの動きで、コノエラがフランツ氏を護りたいということは察せれたので、別段驚くことではない。

 しかし、この進言は今後のお互いの関係を決定つける可能性もあるので大きく出る。


「それは、私の命令次第では私に対する反逆と取れるものですが自分の立場が分かっての発言ですか?」

「……わかっております。ですがそれでもなお、この御方はこの国にとってなくてはならない存在なのです。どうかご慈悲を!」

「良い部下をお持ちでしたね。しきたりに縛られてなおこうまで言ってくれる者がいるとは」


 俺はフランツ氏とコノエラの関係を素直にうらやましいと思った。

 ここまで慕われる関係にはそうやすやすとはなれるわけもない。

 俺の祖父が言っていた、人から本当の意味で慕われるまでになるには、生涯をかけても見つかるか分らないという言葉が思い起こされ、俺の命令一つでこの関係が崩れるかもしれないということに一抹の罪悪感を覚える。


「なんと言われようと私は下そうとした命令を変える気はありません」


 俺のその言葉にコノエラは今にも顔をゆがめて泣き出しそうだった。

 だからと言って、俺の決意は変わらない。

 俺は間をおいて騎士団の皆に向かってこう宣言した。


「これより先、フランツ氏の命を我が命と思い従いなさい。もし矛盾する場合は私の命令を尊重すること、以上」


 俺がそう宣言すると、コノエラをはじめ警備騎士の面々は一瞬何を言われたのかわからぬという顔をしていた。

 そんな中、フランツ氏だけは笑いを堪えたような顔でこう言ってこられた。


「まさか、生かさず殺さず私を監視でもするのかい?」

「自分で騎士団を養うより貴方を生かして養わさせたほうが得策と見ただけですよ」


 フランツ氏はその答えに笑いを堪えずに大笑いした。


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