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青薔薇のシュバリエ  作者: 亀谷琥珀
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五話 回顧の邂逅

 二年間世話になった屋敷を出立して三時間。

 俺は馬車に揺られ、鞘に収まったままのナイフを弄びつつ、過ぎ去って行く景色をただぼんやりと眺めていた。

 今回の旅は一応フランツ父上の息子と言う立場に納まっている俺の、王都へ留学するために使用人達を引きつれての長旅だ。


 クリサンスマン王国の王都パルテルは、ローゼンバーグ領の屋敷から西へ馬を走らせて順調にたどり着いたとしても馬車で十日ほどの距離にある。

 王都にあるローゼンバーグ家の別邸は、基本的には管理者のみを置いている。そのため長期滞在するには、今回の様に領地から使用人達も移動させねばならない。


 それはなぜかと言うと、王都滞在期間が基本は合わせても一年の一カ月ほどしか滞在しないため常駐使用人では割に合わないことと、王都内で臨時の使用人を雇うことも可能ではあるが、素性がはっきりしない使用人希望も多いため、我が家の様な地方貴族は領内の信用ある所から使用人を引きつれて王都へ入るのが慣例化しているらしい。


 今回の旅も、俺の乗る主用の馬車以外に使用人用の馬車と荷馬車それぞれ一台の計三台に、馬に乗る警備騎士が九人と大所帯だ。

 隊列を周りから見るのであれば絵になるのかもしれない。

 だが、当の隊列から周りを見回した景色はお世辞にも絵にならなかった。


 出立してすぐは屋敷のお膝下の街を通り、見慣れぬ景色を楽しんでいたが、一時間もすると、馬車の横についた窓から見える風景は、春だと言うのに針葉樹の変わり映えのしない木々と、種付け始めの畑。そして、幸いにも晴天に恵まれたどこまでも続くように思える青い空だけだ。

 さらに進むと畑が消え、代わりにせせらぎが聞こえてきたが、川などは見えず一面の針葉樹の森しか見えなくなってしまった。


 それに座っている椅子も問題だ。

 一応、真綿の座布団を敷いてはいるがその下は無骨な木製の椅子で、馬車の振動が直に体に響く。

 出発してから今まで、景色の移り変わりばかり気を取られあまり感じていなかったが今は見る物もなく馬車の振動が堪える。


 それに、こうなってしまったら暇を持て余す。

 俺は景色を諦め目線を車内に向ければ、目を閉じてくつろいでおられる父上がいらっしゃるだけだ。

 何か父上と会話をして時間をつぶせばいいように思えるが、今の父上の姿を見ていると喋るのが憚られられる。


 俺が父上に喋りかけるのをためらっていると、石に車輪が乗りあがったのか一際大きく馬車が振動した。

 すると父上は急に目を見開いて周囲をご覧になられた。どうやらお眠りになっていたらしい。

 俺の視線に気が付くと、父上はとても気恥ずかしそうにしながら、周りの景色を見やりながら、俺に声をかけてこられた。


「そう言えばお前と出会ったのもこの辺だったな」


 その言葉に俺は周りの景色を見たが、あいにく先ほどからの景色と違いがわからなかった。だが、

 ここで会話を止めるのも勿体無いので話を合わせる。


「そうですね」

「えにしとは不思議な巡り合わせをするものだな……」

「ええ、全くです」


 俺は父上のえにしと言う言葉に本当に不思議なものだと共感する。

 そして、フランツ父上との出会いを思い出し、俺は父上と昔語りをしだすのだった。





 教授のいた世界を発ってどのくらいの時間が経過しただろうか。

 凄く長かったようにも思えるし、一瞬だったようにも思える。

 そんな不思議な感覚の中、気が付くと俺はうっそうと茂る木々の間に居た。


 周囲の気温は問題なく快適だ。

 体にも特に違和感はなく正常と言えるだろう。

 だが、その違和感がないことが、次元転移をしたと言う実感が起きず、教授の研究室で単に空間を変えた様な印象だ。

 だから、俺は試しにナノマシンに指示を出して、研究室で行っていた空間調整を試みる。

 しかし、程なくして網膜にシグナル無しの表示がなされた。


 どうやら、問題なくナノマシンは動くし、制御装置にアクセスできないなら本当に次元転移は成功したのだろう。

 だが、ここが俺の知る元居た世界かは不明だ。


 そこで、目線を水平に戻した時にふとした違和感を感じる。

 目線が嫌に低いのだ。

 目線を近くの木に移し目算すると、大体目線は一メートル位の位置だと思われた。

 それで慌てて自分の体に目をやると明らかに幼い手とだぼだぼの服を着た体が目に入る。


 何がなんやらわからぬ俺は慌てふためき、足で踏んでいる自分のズボンの裾で転び転倒する。

 転んだ瞬間、とっさに頭を防御し木などに打ちつけるような間の抜けたことをすることはなかった。

 これも教授の特訓のおかげかもしれない。

 生存本能を最大限に高められたのが今の俺だ。


 俺はすぐさまナノマシンを使って体のチェックをする。

 少しでも異常があれば、それは下手をすれば死へつながりかねない。

 せっかく次元転移をしたのにそれでは全くの意味がないからだ。


 すると身体の情報が一気に網膜へ表示される。

 身長一二八センチ、体重二九キロ、視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚に異常なし。

 一二八センチだと……


 俺は情報が信じられず再度身体をチェックするとともに、ナノマシンの製造プラントにもチェックを入れる。

 元居た世界では最後に身長を測った時には、確か一七五を超えていたはずだから、これは何かの間違いだと思いたい。

 しかし、ナノマシンの製造プラントに異常は見つからず、身体チェックも先ほどと同じ結果が表示された。


「そんな馬鹿な……」


 率直にそう言う感想が口から漏れる。

 確かに、教授は次元転移は何が起こるか分からないと言っていたが、まさか身体が縮むとは予想だにしていない。

 だが、どう足掻こうと現実は変わらなかった。


 これはもう、現実を受け入れてこの体でどうにかやって行く他は無いだろう。

 数十分の葛藤の末、何とか平常心を取り戻した俺は、生きることを第一に考え行動に移す。

 まずは、ダボダボの服の調整からだ。


 とりあえずこの世界の文明がどの程度なのか判らない。

 だから、文化レベルが低くても怪しまれないように、ナノマシンに指示して麻で出来た服に服装の見た目を書き換える。

 分子結合の書き換えは原子変換より数十倍楽だ。

 それが終わったら次は、周囲の情報収集だ。


 俺はナノマシンに指示し周囲の情報を集めさせる。

 また、目視での情報収集も並行して行った。

 目視の限り、全方位どこを見回しても、背の高い木しか見えない。

 頭上を見上げればとても高い位置に枝葉が見えるが、空は見渡せなかった。

 相当深い森の中なのだろうと言うことがうかがい知れる。


 森の中だとして、これからどこへ向かうべきか。

 そう悩んでいると、飛ばしたナノマシンから大量の水の反応があるという報告が上がる。


 近くに水があるのは助かる。

 水は生命線だ。

 さっそく反応があった方向へ、草をかき分け道なき道を突き進む。

 

 数分の後、俺は森を抜けて川に出ていた。

 その川はそう川幅も水深もなく、流れも穏やかでまるで水路の様だ。

 そう思って近づいてみると、俺の考えはそう間違っていないと言う事がわかる。


 それは川のヘリには木の板で護岸の跡が見られたのだ。

 明らかに人の手が入っている。

 それと同時に対岸の道が目に入った。


 舗装はされていない土の道だが、こちらは踏み固められてところどころにわだちも見受けられる。

 人が生活に使っているのだろうか。

 俺は水深があまり深くないとは言え、今の身長では腰まで水に浸かりながら川を渡る。

 そして、土手を上がって道に出た。

 この道をどちらかに進めば人里へ行けるだろう。


 俺がどちらの方角へ進もうかと悩んでいると、近くの草むらから飛び出す影があった。

 俺はその出てきた影にとっさに臨戦態勢に入る。

 こう体が自然に動くのも教授のおかげだろうなと思いつつ、出てきた影を見てみれば三匹のうり坊だった。


 害のなさそうなうり坊に臨戦態勢を解いた。

 しかし、この判断が俺のこの世界での運命を決定づけることとなった。





 うり坊に気を許し、三匹で遊んでいるようなうり坊を周囲警戒もせずに、俺は見入っていた。

 そして、うり坊は俺に興味を持ったのか警戒もせずに近づいて来る。

 俺はこの時、ウサギでも触るかのように受け入れようとした。


 しかし、それは大きな間違いだったのだ。

 俺がうり坊に触れようとした瞬間、背筋が凍るような殺気を感じ取った。

 それに気が付き、今さらながら周囲警戒をナノマシンに指示を飛ばす。

 すると網膜に情報が入ってくると同時に、横の森林から勢いよく黒い巨体が躍り出たのだ。


 その巨体は全長三メートルにもなる巨大なイノシシだった。

 その姿を目にして、俺は自分のうかつさを思い知る。

 うり坊はイノシシの子供だ。

 子供だけが呑気に居るわけもなく、近くには必然的に親のイノシシが居ることになる。


 しかし、俺はそんなことにも頭が回らず、周囲警戒も怠り今に至る。

 親イノシシは子供を連れ去られると思ったのか、明らかな殺気をこちらに向けてきている。

 うり坊も親を見て慌てて俺から離れていった。


 もしもナノマシンを持っていなければ、この状況はあまりにも危ない状況であっただろう。

 しかし、俺にはなんでもできるナノマシンがある。

 俺は目の前に対峙するイノシシを見つめて、今夜の晩飯だ程度にしか思っていなかった。


 そして俺めがけて突進してくるイノシシを、何の恐怖もなく迎え撃つ。

 俺はナノマシンに指示して肉体強化を瞬時に終える。

 そして迫ってくるイノシシの眉間に、前方に飛びだしながら勢いよく俺は右の拳をぶつけた。


 肉体強化された俺は一撃を与えた後、すぐにイノシシと距離をとる。

 俺は手ごたえはあったからこれで終わりのはずだと思いつつ、イノシシを警戒した。

 イノシシは案の定、突進の勢いのまま暫く走ったが、次第におぼつかない足取りで道の真ん中で突っ伏した。

 そして口からどす黒い血を吐いてそのまま動かなくなる親イノシシ。

 それを見たうり坊たちは、親イノシシに駆け寄った。


 動かなくなったイノシシに、まるで悲鳴の様に小さく鳴くうり坊たち。

 子もいるのに悪いことをしたと思いつつ、これも自分が生きるためだと、俺は自分の行いを正当化する。

 俺は絶命させたイノシシに、せめてもと黙とうを捧げた。


 俺が黙とうを捧げていると俺の後ろから、規則正しい何かの音が聞こえてきた。

 その音に、とっさに俺は道脇にある大木の陰に隠れてナノマシンを飛ばす。

 するとその音を発している物の情報が網膜へ表示された。


「馬車か……」


 俺は誰に呟くでもなく、その情報にそう声を漏らした。

 得られた情報によれば騎馬五頭に、二頭引きの馬車一台の車列らしい。

 その情報を頭の中で精査していると、目視でも確認出来る位置に、その一団が姿を現した。


 俺は一団を目視すると同時に飛ばしたナノマシンに言語の情報収集をさせる。

 数言語拾えば教授は大体の言語解読は可能と言っていたがうまくいくだろうか。

 言語を拾うと同時に俺はその一団の容姿を見やる。


 騎馬に乗る五人は全く同じ装備ではないが武装していて、馬車を操る従者も同じような格好だ。

 一番先頭を行く騎馬に跨っているのは、金属の鎧を着て大剣を吊るした年の頃は二十代ほどだろうか。

 しかし何か違和感を俺はその人物に感じた。

 髪を頭の上で編んで巻いてあるような髪型のその人物は、その装備に似つかわしくない華奢な印象を与える。

 俺は一目ではわからなかったが、近づいてきたその一団を間近で見てようやくその違和感に気が付いた。


「女か……」


 そう、その一団は驚くことに、騎乗の五人も馬車の従者も全員女性だったのだ。

 俺が、なぜ全員女性なのかと思う暇もなく。

 その一団は俺が仕留めたイノシシが見える位置に来てしまった。


 すると先頭の人物はそこで一団を停めて動かないイノシシを警戒する。

 暫く警戒した後、二、三言何かを指示したようで馬を他の騎乗者に預け、自分は馬を降りて剣を鞘から抜いて警戒しながらイノシシに近づく。

 俺はその姿を木の陰に隠れたまま見ていた。


 イノシシに近づく人物は全く隙がなく、鍛え抜かれた人物だと一目でわかる。

 動かないイノシシをその人物は足で突き、そして周辺に気を配っている様子だ。

 俺は木の陰から様子を窺い、息をひそめていた。

 しかし、イノシシに近づいた人物がこちらに気が付いた気がして、俺はとっさに身を一歩隠す。


 だが、それが災いした。

 俺はその一歩身を引いた時、乾いた小枝を踏んでしまった。

 パキッっとハッキリ周囲にいい音が響く。


 俺が、しまった、と思ったと同時に、イノシシの倒れたあたりから大声が上がる。

 まだ言語解析が終わっていないので、何を言っているのか判らない。

 数言の言葉が飛んで、辺りには静寂が訪れた。


 明らかに俺の踏んだ小枝が相手に警戒を与えてしまったようだ。

 どうする、道に出て釈明でもするか?

 俺の外見なら子供の悪戯程度で済まされるかもしれない。


 相手の様子を改めて窺うと、明らかにこちらを敵視しているのがわかった。

 これではいつまで経っても俺も下手に動けない。

 仕方ない、リスクはあるが釈明でもしてみるか。


 俺はそう判断してゆっくりと木の間から道へ出る。

 そして、馬車とイノシシの間に出た俺は両脇を警戒しつつ声を発した女性へと顔を向けた。

 その時に丁度言語解析も終わったようだ。

 これで会話は問題ない。


 俺が道に出ると相手の一団は一様に驚き、そしてイノシシの前に居た人物は声をあげた。


「子供? 気を付けろ仲間がいるぞ!」


 その人物は俺の方を見てから俺を飛び越えて馬車の方へ叫ぶ。

 俺はそれを見て、跪いておずおずとこうべを垂れた。

 こうべを垂れながら、警戒は怠らない。

 目の前の人物は再度俺に向かい問いかけてきた。


「おい、他には誰が居る」


 その問いに俺は沈黙で答える。

 すると目の前の人物は少しい苛立ったような声でさらに問いかけてきた。


「だんまりか、言葉が判らぬわけでもないだろう。沈黙はためにならんぞ」


 そこで俺は重い口を開く。


「お、わ、私は道に迷って……」


 俺はとりあえず適当な嘘で誤魔化す。

 しかし、その答えに納得するわけはなく、目の前の人物はさらに警戒を強めた様子だ。

 目線を下に向けながらナノマシンで周囲を窺うと、馬車の方の人々も森を見つめて警戒をしているのが網膜に映る。


「嘘を言え、人里からどれだけ離れていると思っている!」

「まぁ、待ちなさい」


 すると詰問する女性の声を男性の声が遮った。

 先ほど見たのは女性ばかりだったからきっと馬車の中の人物だろう。

 俺が顔をあげ馬車のほうを向くと、馬車から人が出てく来るのが見えた。


 その馬車から下りた人物は歳の頃は四十代位で銀髪のとても感じのいい人だった。


「子供にそんな問い方をするものではないよ」

「我が主よ。外は危険ですどうか馬車の中へ」

「馬車の中の方が襲われた時に余計に危険だよ。それにこの付近にこの子以外の人の気配もない」


 その男性は俺を睨む女性をやんわりと言葉で制す。

 主人と従者の関係なのだろう、とりあえず男性の方は害はなさそうだ。

 あとはこのままこの場を逃げ出せればいいが……

 隙がない女性に対し俺は気が抜けない。


「そんなはずはありません。こんな山奥にこんな子供一人でいるわけが」

「ならこの子に聞けばいいじゃないか、どうだい坊やこの辺に他の人はいるかい?」


 男性は俺を睨む女性をよそに、やさしく俺に問いかける。

 俺は素直に本当のことを言った。


「他には誰もいません」

「嘘を言え、ならこのイノシシはお前が狩ったとでも言うのか」


 俺はその問いに頷いて見せる。

 すると男性の方は感心したように驚いた。


「それは将来有望な猟師だね」


 しかし、女性の方はその答えに納得していないようだ。

 そして、その女性はいきなり持っていた剣で襲いかかってきた。

 俺はとっさに後方へ飛び退き、その剣撃を避ける。

 さっきまで俺がいた場所に女性の一撃が空を切った。

 俺は飛び退いたまま戦闘態勢になる。


「ぼろを出したな、お気を付けください我が主よ。この子供ただ者ではありません」


 その俺の身のこなしを見て、女性は鬼の首を取ったような顔をする。


「これは驚いた。コノエラの進言もあながち間違ってはいなかったということか」


 男性も驚いた口調で俺を見るのがわかる。

 さてどうしたものか、剣撃から避けたはいいがただの子供とはもう思ってはくれないだろう。

 それに相手は剣を持っている、丸腰の俺では本格的に戦闘になった時に厳しい。

 いくら教授に鍛えられたとはいえ、体格差もあり、獲物がなければ不利な状況は変わらない。


 いっそのこと相手から剣を奪うか?

 いや、多勢に無勢それでも状況の打破は難しそうに思える。

 馬車のそばに居た他の人間も、警戒を忘れずにこちらに来てしまった。


 しかし、意外にもこの状況を動かしたのは、俺ではなく相手方の唯一の男性だった。


「皆、待て。お前たちは盗賊ではない、誇り高き騎士なのだ。こんな幼子に多勢で挑めばお前たちの品格が疑われる」


 その男性は俺の動きを見てもなお、呑気な声音でお付きの従者たちに語りかけた。


「油断は禁物ですぞ、我が主」

「確かにこの幼子はただ者ではないだろう。しかし、だからと言って我々に害をなすと決めつける物でもない」


 俺に斬りかかった女性の言葉を無視して、その男性は言葉を続けた。

 これは予想だにしなかった援軍だ。

 俺一人ではこの状況の打破は難しかったが、この男性の力を借りれば乗り切れるかもしれない。

 俺が男性の言葉に乗じて話を始めようとした。


「しかし、お前たちの言い分も判る。ならば、一対一の決闘で決めると言うのはどうだ」


 しかし、俺は言葉をはさむ前に、その援軍だと思った男性の一言で風向きは変わった。


「命のやり取りだ。それで決めようではないか」


 男性のその一言にその場に居る男性以外の全員が、驚きを表す。

 しかし、次の男性の一言に従者の女性達は口をつぐんだ。

 何かあるのか? この世界の常識は判らない。

 だが、決闘も大勢で一斉に襲われるよりかは楽だが、出来ることならば避けたい。

 とりあえず俺は決闘を回避しようと、その場で跪き懇願する。


「どうかお許しを」

「そなたに怨みは無いが、このままではこの場は納まらない」


 だが、俺の願いは聞き入れられなかった。

 いっそのこと、このまま森の中に逃げると言う選択肢もある。

 だが、追われて行くあてもなく、いつ終わるかわからぬ追撃を警戒するのも厄介だ。


 それならば、いっそのこと渦中に飛び込むのも悪くはないとも思えてきた。

 そう判断した俺は、相手が納得する条件を探る。


「決闘の作法など私は判りません。決闘をするとして、どうすればお許しくださいますか……」

「作法など関係ないさ。相手が負けたと思わせたらそれでいい。お前が対戦相手を殺したとしても、神聖なる決闘の末だ罪には問わないし、こちらからの追撃はしないと約束しよう」


 俺がそう聞くと男性がそう言葉を返してきた。

 聞こえはいいが、つまりは命のやり取りか。

 だが、言葉を全て鵜呑みに出来るのなら上手い話だ。

 何せこちらは一人無力化させれば勝機はある。


 万が一反故にされた場合は、逃げるなりなんなりすればいいかもしれない

 なるべく厄介事は穏便に済ませたい。

 ならばこの話に乗ってみるのも悪くはないかと、俺の中の天秤が決闘に傾く。


「一方的で不服だろう。そうだなお前が生き残れたら詫びに食事にでも招待しようか。それで許してくれ」


 しかし、男性は俺の沈黙をどうとらえたのか、そう言葉をかけてきた。

 どう返せば正しいかは判らないが、ここまでで一番穏便な方法の様だ。

 とりあえず俺は決闘後の事について念押しする。


「もし勝てたなら、追撃は無いとお約束していただけますか?」

「余裕だな、だがそれは騎士の名に誓って約束しよう。そなたも生き延びれたら食事に付き合ってくれるか?」

「……わかりました」


 俺は心では快諾しながら、間をたっぷり空けて承諾する。

 これで一人に勝てば厄介事が一つ減る。


「それで誰と戦えばよろしいのですか?」


 俺はそう男性に質問した。


「そこに居るコノエラが相手をしよう」


 そう言って男性が声をかけたのは、イノシシの傍にいる女性だった。


「しかし我が主」

「コノエラ」


 その指名に異を唱えようとしたのはコノエラと呼ばれた俺を散々警戒していたリーダー格の女性だ。

 しかし、コノエラのその進言は、男性の一言と目配せによって完全に抑え込まれた。

 それを見て俺は何かあるのかと訝しむ。

 しかし、俺の心中は置いてけぼりで、周りは全員納得してしまったようだ。


「対戦相手が丸腰では決闘にもならんだろう。そなたはこれを使うといい」


 そう言って男性は自分が持っていた鞘に入ったナイフを俺に投げてよこす。

 そのナイフの鞘には銀細工だろうか、後ろに盾と剣が象られた薔薇の紋章が入っている。

 俺はそのナイフを手にる取るとコノエラと呼ばれた女性に体を向ける。


 一応背後にも警戒は忘れない。だが、他の人間はその場から動く気配を見せずに決闘を見守ろうとする姿勢だ。

 気は抜けないが、これならば少しは安心だろう。

 コノエラと呼ばれた女性は俺を見ながら、少し考えあぐねている様子だ。

 しかし、それもすぐ終わり、顔を引き締めて俺を睨んできた。


「では、周りは手出し無用。始め!」


 コノエラの顔が変化すると同時に男性はそう言って決闘を宣言した。

 俺はその掛け声とともに、相手を警戒しつつ観察してむこうの出かたを窺う。

 コノエラも俺を警戒しつつ対峙した。


 俺は頭の中でナノマシンに指示を出し、肉体強化や脳内シナプスの再構築など戦闘特化した肉体調整を行う。

 これで体格は子供でも大人以上の身体能力になるはずだ。

 周りの他の人々も俺達の対決を息を飲んで見守っている。

 俺はそのまま全方位警戒を続け、コノエラに対峙したまま動かなかった。


 コノエラも俺を警戒して剣を構えたまま動かない。

 俺もゆっくり手にしたナイフを鞘からはずし構える。

 十数分、そのまま俺達はお互いに睨み合ったままだった。

 俺は隙を見せずにいるし、コノエラもどう攻めていいのか考えあぐねているのだろう。


 そして俺もどう攻めていいのか考えていた。

 単に力押しならナノマシンの力を借り容易く出来るだろうが、それは相手の命を無視してのこととなる。

 だが、それではいくら口約束をしたと言っても、相手方に不要な警戒をさせることとなるだろう。

 ならば出来るだけ傷つけずに事を済ませた方が有利のはずだ。


 俺は警戒しながら必死に思考を巡らす。

 相手の剣を別の物質に変換して戦力を削ぐ。いや、物質変換は大量の精神力を必要とするのだ。

 あれだけの質量を変換しては、その後まともに動けなくもなりかねない。


 そんな賭けには出られるはずもなく、ましてや無残に斬られるのを待つのは意味がない。

 ならばどうする。


 何かこの戦いを穏便に済ませる打開策はないか。

 そんな時、対峙する俺達の前に一陣の風が砂礫を巻いて肌を凪いだ。

 石? 砂? 土……砂礫を見て俺の中に閃くものが生まれる。


 そうだ、これだ。


 これならば教授の研修室で何度も似たようなことを繰り返していた。

 冷静さを欠いているこの状況であるが、きっとうまくいく。

 いや、うまくいかせて見せる。


 そしてその考えに至った時、緊張した俺の顔から力が抜けたのを感じた。

 俺は対戦相手のコノエラの顔を見て決意を固める。


「貴様、何がおかしい」


 すると、コノエラは俺の顔を見てそう言ってきた。

 どうやら自然に顔が笑っていたらしい。

 俺は別に、と短く声を発して改めて向かい合う。


 勝負は一瞬。

 それ以上時間が延びれば、無用な争いになる。

 だから俺は、そこで素早く呼吸を整え、そして一気に足に力を入れて踏み込んだのだった。


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