走り始めた恋心
翌日。アリスはPV撮影のため、都内のスタジオへ来ていた。
たくさんのスタッフがばたばたと駆け回る中、アリスは衣装に着替え、スタンバイする。
「衣装コンセプトは二つ。サクラヒメは妖艶な花魁、モノクロ世界はロックなかっこいい女の子と真っ白い天使。まずはモノクロ世界から撮影ね。アリス、着替えは終わった?」
「うん、ばっちり。どうかな?しーちゃん」
「とても似合ってるわ!アリス、スタンバイして」
「うん!...今日はよろしくお願いします」
「アリスさん入りまーす」
真っ黒いへそ出し衣装にガイコツ型マイクを持ってスタンバイしたアリスは曲に合わせて歌い始めた。
「もうちょい目線ください!はい、いいよー、そのまま歌って」
曲が終わると同時に映像チェックを始めるアリスは真剣そのものだった。
「ここをもっと編集できますか?こんな感じで」
「わかりました、ではこの感じで...」
話し合いの末、編集して完成という形になった。続いてサクラヒメの撮影。
衣装は花魁ということで、髪型はかんざしでとめ、仕草も全てさっきとはがらりと変えた撮影になった。映像チェックを再び行い、話し合いをして撮影は全て終了。衣装を着替え、スタジオをあとにした。
「しーちゃん。次の予定は?」
「次は夜に番組収録ね。それまで時間が空くけれどどうする?一時帰宅にする?」
「うーん......そだね、一時帰宅にする」
「わかったわ。それじゃこのへんが近場だけれど。帰れる?」
「うん、大丈夫。またあとで迎えよろしくね」
近場で車を降り、歩いて帰宅する。
静まりかえっている自室に着くとため息をついた。
「(冬樹どうしてるかな...)」
直後、スマホが震えた。
「(アリス、今日会えたりする?)」
「(ごめん、夜は仕事...番組収録なんだ...)」
「 (そかそか、場所は?)」
「(○×テレビ局だよー)」
「(よし、じゃあ迎えに行く。夜遅いだろ?)」
「(でも見つかったら大変だよ...)」
「(大丈夫。)」
「(ありがと。迎えよろしくね)」
ピーンポーン。
インターホンが鳴り、画面を見ると結衣さんが立っていた。
「(結衣さん?なんだろ.....?)」
ガチャ...
「アリスちゃん、こんにちは」
「結衣さん、こんにちは!あの...どうして私の部屋...っ!?」
「キミ、冬樹と付き合ってるんでしょ?」
「な...なんでそれを?」
「わかるよ。キミと冬樹が一緒にいて話してるの聞いたから。冬樹なんかよりボクと付き合うべきだよ」
「な...んで...」
「アリスちゃんにふさわしいのはボクだから。ボクのものになってくれない?」
「で...でもっ、それは出来ません!確かに結衣さんは素敵ですけど...私には冬樹しか...」
「そう。」
ぐいっと腕を引き寄せられ、密着させられる。
「手に入れるよ。キミも、地位も」
「!?」
「必ずね」
ふっと離され、結衣さんはにこりと笑うといなくなった。
「...アリス?」
「!?」
ビクッとして振り返ると冬樹が立っていた。
「さっきのって...」
「なんでもないの!たまたま結衣さんと会ったから...その...」
「...結衣に何か言われた?」
「!!...それは...」
「結衣に近寄らないほうがいい。あいつは...ああ見えてどんな手も使うから。」
「それって...」
「...アリスは渡さない。絶対に」
その時の冬樹の表情は少し怖くて、いつもと違っていた。
「冬樹...?」
「...いや、なんでもないよ。迎え行くから終わったら教えて?またあとで。」
冬樹はそういうと部屋に帰って行った。
「(冬樹...)」
「今日のゲストは桜雪アリスさんでーす!!」
「こんばんはー!貴方の心に桜吹雪ー!桜雪アリスです!よろしくお願いします!」
「よろしくねー!早速だけど、今夜はこないだ発売されたアルバムから新曲、モノクロ世界を披露してくれるんだよね?どんな曲か聞いてもいいかな?」
「はい、この曲は二面性をテーマに書きました。ミュージックビデオでは衣装が違う女の子が出てくるんですけど、今日はそれに合わせた衣装なので、そこも見ていただけると嬉しいです」
「ではそろそろお時間なのでスタンバイお願いします」
スタジオセット内を移動し、スタンバイするアリス。ちょっと緊張もしつつ、マイクを握った。
「それでは、桜雪アリスさんでアルバム桜姫から、新曲モノクロ世界です!どうぞ!」
曲が流れ、声を重ねる。みんなに届けたい。そんな思いを抱きながら歌いきると、挨拶をしてスタジオをあとにした。
アリスはテレビ局を出るとあとをつける足音に気づき振り返らずに言い放った。
「誰?」
強く言うと、カメラを持った若い男性が立っていて、アリスの顔を見て驚いていた。
「桜雪アリスさんにお話を聞きたくて」
そういう男性はぎこちなく笑っていた。
「...で、何が聞きたいんですか?」
「ブラックラビリンスのボーカルと付き合ってるんですよね?どうなんですか?女遊びが激しいとかみたいですけど」
「...誰からそれを?」
「いやー、それはプライバシーなんで言えませんけど、実際どうなんですかね?」
「...付き合ってますけどなにか?」
「...冬樹!」
男性と話していると冬樹が割って入り、男性を睨みつけた。
「アイドルは恋愛禁止なんですよね?いいんですかー?そんなことして。ファンは炎上しますよ?」
「...確かにアイドルは恋愛禁止です。けど、今の私はアイドルではなく普通の女の子です。テレビ局を出て、仕事が終わった瞬間に私はアイドルではなくなると思ってます。あなたがどんな記事を書くか知りませんけど、追いかけ回すのやめてもらっていいですか」
「分かったら、さっさとこの場から消えてくんないかな?」
睨みつけると男性は怖気付いて逃げて行った。
「お待たせ。待っただろ?」
「...冬樹、さっき記者に見つかったし私たちこのまま...」
「...大丈夫。社長と静雅さんとこに行こう」
「...うん」
手を繋ぎ、事務所へ向かった。
「アリス、どうしたの!?収録は!?」
「静雅さん、社長、お話があります。」
「...とりあえず、社長のところへ行きましょう」
しーちゃんは、私と冬樹を社長の元へ連れて行った。
「...それで話とはなんだい?」
「突然押しかけてすみません。先程アリスが記者に捕まり問い詰められていました。でもそれは俺のせいでもあります。アリスと俺は付き合っています。もちろん、立場も分かっています。アリスはアイドルで、俺はバンドのボーカル。けど、アリスがライブを投げて、街へ飛び出したときに出会って分かったんです。俺は、この子を守りたいって。だから、付き合うのを認めてほしいです。お願いします。」
冬樹はそう言って、頭を下げた。
「.....アリス」
「はい」
「君は、どうしたいんだ?」
「え...?」
「アイドルとしての君と、そうではないときの君。区切りをつけることは出来るかい?」
「はい、もちろんです」
「...分かった。交際を認めよう」
「ありがとうございます...!」
「...だが、冬樹。君に条件がある。君の事務所の社長は、私の古くからの親友だ。先ほどの話を通そうと思う。その上で、アリスを守ってやってほしい。いずれはそちらの事務所を統合することになる。よろしく頼んだよ」
「はい!」
こうして、私と冬樹は認められた。正式に。
帰り道。家路につくと、メールが届いていた。
それは、一ヶ月後に発売されることが決まった、コラボシングルの話だった。