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灰色のラガーマン

作者: 宵闇

Twitterやってます。

ID:yoiyoi1027 です。

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俺には世界が灰色に見えていた。通り過ぎる人々の顔はマネキンに等しく、空は常に曇り空。そんな俺の世界に色が付く瞬間があった。それこそが俺の全てで、俺にはそれしかなかった。

 なかったはず、だった。

 俺は、頭のてっぺんから足のつま先まで、ラガーマンだった。


 「いいキックだったぞ」

 足の甲がじんわりと弾の感触を伝え始めた頃、キャプテンが声をかけてくれた。キャプテンは細く鋭い眼を敵陣に向けていた。

 「ありがとうございます。このまま逃げ切りたいですね」

 かなり畏まった様子で俺が答えると、キャプテンはポカンとして、その後大声で笑った。

 「なぁに言ってんだ。ここからさらに突き放すぞ。『エース』が弱気なこと言ってんじゃないよ」

 そう言いながら、俺の肩をバシバシ叩く。俺は愛想笑いで誤魔化したが、内心、『エース』と呼ばれたことが嬉しかった。

 この高校に来て、既に半年が経っていた。元々スポーツ推薦でこの進学校に来た俺は、周囲から大きな期待を寄せられ、その期待に最大限に答えた。

 連年、東京都ベスト8止まりだったこの高校を、準決勝まで進めたのは、自分の実力による部分も多々あると自負している。

 しかし、それは俺にとって当たり前のことだった。なにしろ、俺にはラグビーしかなかったのだから。

 なぜだか分からない。俺より体格のいいやつはゴロゴロいる。俺より足が速いやつも、俺より頭が良い奴も。だが、俺はラグビーに夢中になった。ラグビーだけが、俺の心を輝かせてくれた。

 試合が再開した。世界に色が付き始める。さっきは逃げ切ると言ったが、内心はキャプテンの言った通りに事を考えていた。

 「やるか……」

 敵陣を睨みながら、俺はセットポイントに戻った。


 「お疲れ。今日の試合はどうだった?」

 「うん。勝ったよ。来週、決勝」

 俺はコーヒーを淹れながら訊いてきた母親に、素っ気なく答えた。

 俺の家は小さな喫茶店をやっている。あんまりに小さくて、目立たない立地だが、不思議と採算は取れているらしい。

 玄関を上がると、キッチンと、その奥に8人ほどが座れるカウンター席が目に映る。

 今日は客が1人しかいなかった。よく見ると、うちの高校の制服を着ている。

 それだけを認識して、俺は風呂場に向かった。相手の顔など、見てもすぐ忘れてしまった。


 「あんた、あの子と知り合いなんだって?」

 晩飯を食べている時に、母親が尋ねてきた。なんのことか全く分からず、俺は呆けた顔をした。

 「ほら、あんたが帰ってきた時に居たお客さん。クラスメイトって言ってたよ」

 「……ちょっと分からない。話したことないと思うよ」

 母親は大げさに溜息をついた。

 「結構よく話すって言ってたけど。ま、あんたはラグビー以外に興味持たないから、印象が薄いんでしょうね」

 薄い濃い、というより無いという話だが、それは口に出さなかった。

 「ちゃんとクラスでやれてるのか?」

 父親が煮魚を突きながら訊いてきた。

 「うん、……たぶん。あんまり覚えてないけど」

 「あなた、それは大丈夫よ。この子、無意識で人と接するの上手いから」

 それはほめているのだろうか。どうでもいいが。

 父親は、それならいいんだが、と言って、食事を続けた。

 「今度会ったら、ぜひまた来てって言ってね。常連さんの確保は家族全体の死活問題だからね」

 母親は既に十分なはずの常連をさらに増やす気でいる。


 学校で授業を受けている時、英語のスピーキング練習の一環で、隣の席の人と話す機会があった。

 英語はさほど苦手ではなかったので、さらっと終わってしまった。今日の練習でどこを重点的に練習するか、頭の中で構想を練っていると、隣から声が聞こえてきた。

 「ねぇ、五十嵐くん。聞いてる?」

 「あぁ、すまん。ちょっと考え事してた」

 「五十嵐くんっていっつもそうやって何か考えてるよね。昨日も会った時ガン無視されたし」

 昨日? なんのことだろう。俺は昨日準決勝に出て、そのまま帰ったはずだが……。

 首を傾げていると、相手は気分を害したように顔をしかめた。

 「昨日、五十嵐くんの家の喫茶店で会ったでしょ」

 そこまで聞いて、ようやく俺は思い出した。

 「あぁ、あれか」

 「あれって酷くない? もしかして私の名前も覚えてないんじゃない?」

 ギクリとしたが、咄嗟に相手のノートに書いてある名前を見て思い出した。

 「そんなことあるわけないだろ。『山道美晴』だろ」

 言い当てると、彼女、山道はにっこりと笑った。

 「また来てくれって母さんが言ってた」

 その言葉に、山道は顔を紅潮させ、目を伏せた。

 「う、うん。分かった」

 そこまで話して、スピーキングの練習は終わり、授業に戻った。

 隣の山道は終始ニコニコしており、そのことを先生に注意されていた。


 練習帰り、何かに腕を掴まれた。

 「また無視?」

 「……すまん、また考え事してた」

 知らぬ間に山道とすれ違っていたようだ。

 「今日、さっそく行ってきたよ。五十嵐くんの家のコーヒー好きかも」

 「あぁ、今後とも御贔屓に」

 それじゃ、と言って立ち去ろうとすると、また腕を何かに捕まれた。

 「あ、あのさ。もうかなり暗くなってきてさ、私暗いところ苦手なんだ。だからさ、家まで……送ってくれると……嬉しい」

 周りを見渡すと、もう夕日が消える直前で、確かにこの夜道を女性1人というのは、危ない気がする。

 「わかった、送っていこう」

 山道は教室の時と同じように、目を伏せ、歩き始めた。なんどか電柱にぶつかりそうになり、そのたびに俺が肩を掴んで方向を変えた。そのたびに、山道はビクッと震え、チワワでも相手にしているような気持ちだった。

 山道の家は俺の家から歩いて15分ほどの距離だった。その道中、何か話したような気がしたが、何を話したのかあまり思い出せなかった。

 「送ってくれてありがとう。……また、お店行ってもいい?」

 「あぁ、勿論。言ったろ? 御贔屓にって」

 俺がそういうと、山道は安堵と嬉しさと恥ずかしさを混ぜ合わせたような、複雑な顔をした。

 「じゃ、じゃあね!」

 山道が家に入るのを見届け、俺も家路についた。


 それからたまに、帰り道で会う山道を家まで送ることがあった。

 俺も、なんとか山道だけは咄嗟に名前を思い出せるようになった。

 決勝もなんなく勝利し、次は1か月後の全国大会だ。

 そのことを山道に話すと、俺より喜び、電柱に盛大に頭をぶつけた。

 いつのまにか、山道と話している時も、世界に色が付き始めた。


 全国大会も順調に勝ち上がり、全国ベスト8に入ることが確定した。

 それを山道を送っている最中に話すと、山道は大げさに喜ぶことなく、にっこりと笑った。

 「おめでとう。……ほんとにすごいんだね、五十嵐くんは」

 その笑顔には、どこか寂しい影が見えた。

 「どうした、山道。いつもと違うな」

 率直に伝えると、山道は言った。

 「明日の練習後、話したいことがあるの。教室に来てくれる?」

 「あぁ、俺はいいぞ……」

 ちょうど山道の家に着いた。山道はゆっくりと家に入っていった。

 世界の色が、鈍くなった。


 練習後、空は闇に飲まれ、月の光が校舎を照らしていた。教室に電気がついていない。帰ったのだろうか。確認も含め、俺は早足で教室に向かった。


 教室はうっすらと入ってくる月明かり以外、光源がなかった。徐々にはっきりと見えてきた教室を見渡すと、確かに山道がいた。

 「山道、話ってなんだ? 電気つけるぞ……」

 「つけないで!!」

 初めて山道の大声を聞いた気がする。俺はゆっくりと山道に近づいた。

 世界に鮮やかな色が付き始めた。

 右側で纏めたサイドテールが月明かりで薄茶色に見える。耳は真っ赤になっていた。

 「……話ってなんだ? 相談か?」

 「また考え事して無視されたら適わないから、一回だけ言うね。ちゃんと聞いてね」

 クルリとこちらを向いた。山道の顔は紅潮して、目も少し涙ぐんでいる。視点は一点に纏まらず、キョロキョロと色々な方向を見ていた。俺がジッと見つめると、山道も、俺に目を合わせて動かなくなった。

 ここまではっきりと山道に顔を見たのは初めてだった。整った顔立ちに、小さな鼻が可愛らしいと思った。山道は決心がついたように、一呼吸置いて、言った。

 「五十嵐くん、好きです。愛しています」

 その声を聴いた直後、俺の唇を柔らかい何かが襲った。それが山道の唇だと気づいたのは、山道が逃げるように教室を走り去った後だった。

 俺は、呆然としていた。

 山道が居なくなったというのに、俺の世界に色は着いたままだった。


 次の日は土曜日だった。俺は練習に向かったが、何も手につかなかった。

 キャプテンやチームメイトが心配してくれたが、俺は何も答えることができなかった。

 昨晩から、世界が変わらない。


 帰り道、山道がいた。

 「……暗いから、送ってほしい」

 「……わかった」

 無言のまま歩き続けた。


 家につくと、山道は言った。

 「……今日、両親が家にいないの。ちょっと、あがってほしい」

 俺は促されるまま、家に入った。

 ソファに座らされ、山道と向かい合った。

 山道は頬を紅潮させ、俯いている。

 俺は意を決して言った。

 「俺も……たぶん山道のことが好きだ」

 山道はそれを聞くと、顔を上げた。目には涙が溜まっていた。

 「俺、今までラグビーしか俺にはないと思ってた。でも、昨日からおかしいんだ。今まではラグビー以外考えなかったのに、お前のことばっかり考えちまう。だから、きっと俺も……」

 そこまで言って、俺は山道に唇を塞がれた。

 「私、いままで何にもなかったの。クラスで五十嵐くんを見て、一緒だと思ったの。それで、五十嵐くんを見ていたら、私の中で、五十嵐くんが私の全てになったの」

 強く、強く抱きしめた。

 すると、俺は自然と涙が出た。

 「五十嵐くん……?」

 「すまん、嬉しいんだ。嬉しいんだけど、怖いんだ。俺、山道のことを好きになるにつれて、俺の中からラグビーが消えちゃう気がするんだ」

 「それは……ごめんなさい。でも、止められないよ」

 「山道は悪くないよ。俺が極端なのが悪いんだ。ラガーマンの俺と、山道を好きな俺、2つの俺を受け止められない俺が弱いんだ」

 「私の愛が、五十嵐くんを消す……殺すってこと?」

 「でも、それも悪くないと思っている俺がいるんだ」

 俺は山道の腰に手をまわした。

 「こんな弱い俺でもいいか……?」

 「勿論、だって、愛しているもの」

 山道の笑顔を見ると、俺の世界の色が濃くなった気がした。

 俺は、明日からどうなるのだろう……。

 そう思いながら、俺の理性は薄れていった。

終わりが雑になった感がすごい。

でも、楽しかったですね。

またやりたいかもですね。

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