騎士と姫様
気が付けば朝日が昇っていた。
何となくフィールの墓に向かってしまったものの、特に何をするでもない。
ただ、無人の墓を、誰も眠ってなどいない墓を見つめる。
「早起きね」
墓の後ろから、唐突に少女が現れた。
色白の肌に黒髪、漆黒のドレス。
この村には似つかわしくない、高貴な雰囲気を纏った子供だった。
「あなたも、他人の為に死ぬ人間でしょう」
こんな子供に顔を顰めて睨まれる理由が、ロウンには分からなかった。
「ばっかみたい」
吐き捨てるように呟いて、瞬間、辺りが闇に包まれるように暗くなり、
瞬きをしたロウンがもう一度目を開けた時には、少女の姿は消えていた。
「ロウン?」
呼び掛けられて振り向く。
朝日に照らされた彼女の髪が眩しくて、目を細める。
「こんなに早く、どうしたの?」
「…いえ」
小さく答えて、彼は目を伏せた。
今の少女は幻だったのだろうか?
もしかしたら、死神かも知れないと考えてから、馬鹿な事だと否定する。
あの予言者に昔言われた言葉が頭を過った。
『お前は守りたいものの為に死ぬだろう』
ーーと。
当たり前だと思った。
寧ろ、そうなることをずっと望んでいるのだから。
隣に並ぶと、彼女の身長は肩までしかない。
出会った頃はそう変わらなかった筈なのに、いつの間にかこんなに差がついてしまっていたようだ。
ずっと一緒にいたから、あまり気が付かなかった。
こうやって並んでみて、お互いの成長を思い知る。本当に、いつの間にか時間が経ってしまっていた。
長いようであっという間だった。
「ねえ、ロウン」
声に、視線を下ろす。
思いの外近い場所に立っていたようだ。反射的に距離をあけると、彼女は悲しそうに眉を下げた。
「別に逃げなくたっていいじゃない」
「…すみません、つい癖で」
「その敬語も、」
フィールの墓を眺めながら、アーティが呟く。
「もう慣れたけれど、昔は寂しかったのよ?貴方は唯一の歳の近いお友達だったから」
「……すみません」
彼はあまり話すことが得意ではない。
その自覚があったから、あの予言者が羨ましかった。
あの男の自由な性格が。
「姫」
「違うわロウン、姫は拐われたのよ。今のわたしは勇者」
「…アーティ様」
久し振りに名前を呼んだ気がする。
アーティは嬉しそうに微笑み、「なあに?」と小首を傾げた。
朝日を受けて輝く彼女の明るい髪が、肩の辺りでサラリと揺れる。
突然髪を切ってしまったアーティを見た時、内心ではとてもショックだった。
それが何故かは自分でもよく分からない。
ただ、
まもれなかったと
とても悔やんだ。
「次は必ず護ります」
フィールの墓前で、固く誓う。
あの時傍に居られなかった事を、どれだけ後悔してもしきれない。
大切なものを護ることも、死ぬことも出来なかった。その場に居合わせることすら出来なかった。
「ロウンったら、あのバーバの予言を信じているのね。いい?あんなのバーバの冗談よ」
「いえ、私は」
「駄目よ!」
アーティが騎士の言葉を遮って喚く。
「わたくしを護って死ぬなんて、絶対ゼッタイ許しません!いい!?そんな事したら絶交なんだから!」
「…はい」
「よろしい」
にっこりと笑ったアーティは、間違いなくロウンの知る『姫様』だった。
姫は完全には拐われていない。
小さな安堵に、騎士は少しだけ微笑んだ。