魔王と帰郷
自分の墓を訪れてみたものの、何の感情も湧かなかった。そんな自分が可笑しくて笑える。
此処に自分が埋まっている訳でもない。では一体何の為の墓なのか。人間達の罪悪感の為か、
若しくは、
ただの観光名所だったりして。
フィールが其処に留まったのは、ほんの僅か。
数十秒無感情に眺めてみた後、冗談でその辺の花を供えてみたものの、当たり前だけれど面白くも何ともなかった。
まあどうでもいい。
目的は別にある。
アーティ達がアルカ村に着いたのはまだ太陽の高いうちだった。道中、村の近くでごろつきのような連中に絡まれたものの、何せ此方には腕のたつ護衛が居るもので大した問題もなく。
負け惜しみを喚きながら逃げて行く彼らに寧ろ同情してしまう始末。余程お金に困っているに違いない。
甘ちゃんだとベルには駄目出しをされてしまったが、アリスリンにはそれでいいと言ってもらえた。
フィールの故郷だというその村は、特に栄えているという印象はなかったけれど人々は明るくて素敵な村だとアーティは思った。
「思ったよりこじんまりとした村なのね」
「こういう所でのんびり暮らすのも悪くはないですねぇ。のどかな田舎って感じで僕は好きだな」
ベルが豪快に欠伸をして早く宿を探そうと促してくる。昨夜はロウンと交代で見張りをしたから寝不足なのだろう。
一方の騎士は流石に大して疲れた様子もなく、涼しい顔で馬車を誘導している。
「落ち着いたらフィールのお墓に行ってみるといいですよ」
ベルの提案で宿をとった後に墓地へ行くことになった。
「今は墓守をしてる親父さんが体を壊していてね。出来ればそっとしてあげて欲しいんだけど」
宿の女将さんの話では、フィールの死後、家族のない彼の墓は村の墓守が管理しているのみということだった。
「なんだか、寂しいわね」
「でもあのお墓はたしか空ですよ。フィールの死体は存在しませんし」
「それにしたって可哀想だわ」
「あれあれ、アーティさん。魔王に肩入れしちゃうのはどうかと思いますよ」
「そんなんじゃないわよ」
「ベル」
からかうようにベルがアーティを茶化すのをロウンが制止する。静かな声音と無表情が逆に怖い。「怖い怖い」と肩を竦める少年は悪気はないのかも知れないが、意地は悪いようだ。
次言いやがったらあたしがぶん殴ってやろうとアリスリンは密かに心に決めた。
夕陽の中、アーティはアリスリンとロウンを伴ってフィールの墓を訪れた。ベルは疲れたので宿で休むと言って一人残った。彼はただの案内人だし付き合わせる事もないだろう。
墓前に一輪の花が供えてある事に少なからず驚いた。
「誰かがお参りに来たのかしら」
「墓守さんが近くに住んでるんでしょ。その人じゃない?」
それにしても、こうしてフィールの墓を目の前にすると、何とも複雑な気持ちになる。
アーティはもやもやとする心を押さえるように胸の前で手を組んでフィールの墓前に祈りを捧げてみたけれど、何も聞こえて来ないし、感じない。
そう簡単にはいかないか。
「何か?」
背後から声を掛けられる。
振り向くと初老の男が此方を睨んでいた。
「あの、わたし達は…」
「今更フィールに祈っても意味なんかないぞ」
吐き捨てるように呟いて、男は近くの小屋へと入って行く。
どういう意味なのだろう。まさかフィールが魔王の身になってしまっている事を彼が知る筈もないだろうが。
小屋は内側から鍵が掛けられていて、とても話をしてくれそうな雰囲気はなく、アーティ達は宿に戻らざるをえなかった。
宿ではベルが早めの夕食を始めていた。
「お先にいただいてます!ここ、夜になると酒場としても利用する人が多いらしいから、早めに食べちゃった方が良いらしいですよ」
確かに酔っ払いの相手はしたくない。
食事を摂りながらフィールの墓で会った男の話をベルに話していると、
「ああ、ダグに会ったのかい」
通りかかった宿の女将が会話を聞き付けて話に入ってきた。
「偏屈なジジイだろ。息子が出て行っちまってから、輪をかけて偏屈で頑固になってね。病気なんだから無理すんなって言っても聞きやしないんだよね」
「息子さんはどうして?」
「田舎に嫌気がさしたんだろ。王都に行くんだとか言って飛び出してったけど、結局まだその辺で仲間と野党紛いの事してうろついてるみたいだよ。あの子も餓鬼だからね。なんだかんだ言って親父が心配なんじゃないかな」
「もしかして、村の近くで会った人達かしら?」
アーティとアリスリンがヒソヒソと話していると、
「やいババア!酒くれ酒!!」
勢いよく宿の扉が開かれて、威勢のいい…と言うよりも騒がしいだけの声が響いた。
「うわ、すごい!典型的なゴロツキですよアーティさん!お帰りなさい不良息子、みたいな」
「馬鹿、静かにしてなさい!」
慌ててアリスリンがたしなめたものの寧ろその声の方が目立ったらしく、数名の不良達の視線が一斉に此方を向いた。
「お~余所もんか。えらい別嬪揃いじゃねえの」
ありきたりの台詞で近付いて来る男達の前に、すかさずロウンが立ちはだかる。
「あンだよ色男?独り占めはずるいんじゃねえの?」
「あ?」と反応したのはベルだった。女性として数えられたことが気にさわったらしいが、格好が格好なのだからそれは仕方ないだろう。
「あ、コイツ!」
と不良の一人がロウンを指差した。
「昼間の奴らだ!ルド」
「はあ?何の話だっけ」
「ほら、さっき話したじゃんかよ」
「お前らの間抜けな失敗話なんか興味ねえよ!つまんねえ」
「ちょいとおやめよルド!お酒ならやるから店ん中で騒ぐんじゃない!」
女将が一喝。昔からの知り合いらしく、酒を受け取ると少量の代金を置いて不良達はさっさと出て行った。昼間にロウンに返り討ちにあった連中が「とっとと帰ろう」とリーダーらしいルドという男を引っ張って行ったのだ。ルドは不満そうにしていたが大人しく引き下がって行った。
何はともあれ、大した騒ぎにならなくて良かった。
そんな小さな騒ぎがあったお陰と言えるのだろうか。
「御免なさいねお客さん、今日は騒がしくって」
アーティ達が部屋に戻った後の事、
食堂の片隅のテーブルで一人食事をする青年に女将が申し訳なさそうに声を掛けた。
「いえ、面白かったですよ。賑やかで」
黒衣の青年はそう言ってにっこりと微笑んだ。
「疲れてるみたいだし、今日くらいゆっくりさせてあげようかな」
魔王になっても、
どうやら甘ちゃんなところはまだ抜けきっていないらしい。