勇者と仲間
「なんっっってことをーー!??」
部屋に入って来るなり怒られた。
アーティは既視感を覚えながら相手を見やり、丁度良いところへと手招きする。
「アリスリン、あんまり上手く出来ないの。わたしって、思ったより不器用だったみたい」
思い通りにはいかないものねとか言って見たもののあまり聞いていないらしい。
頭を抱えたアリスリンを促して招き寄せるが、こちらを見る目が怖い怖い。
アーティの周りには彼女の腰まであった夕焼け色の赤髪がバラバラと横たわっており、ざんばらに切られた髪は愛らしい彼女にアンバランスな魅力を与えて意外に似合ってはいるのだけれど、問題はそこではない。
一体どうやったのかと周囲をざっと確認して、アリスリンは「まさか、」と頬をひきつらせる。
「あなた、まさか聖剣で…?」
「一気にザックリやってしまった方が早いと思ったのだけど、カインったら嫌がってなかなか切らせてくれないのよ」
「カインって?」
「この子の呼び名。気持ちを切り替える意味で前の所有者とは変えることにしたの。それにしても髪くらい素直に切ってくれてもいいと思わない?わがままで困ったものだわ」
コマッタのはアンタだと思いつつ、アリスリンは溜め息を吐いて妹分を椅子に座らせる。
このお姫様は我が儘ではないのだけれど、色々と自覚はない。
とはいえ、やってしまったものは仕方がない。取り敢えず、この適当に切られた髪型を何とかしてあげなければ。
あーあ、せっかくの豪華な髪が。髪ごと前からギュッとした時のあの感触サイコーだったのになあ、などと完全に私欲でぼやきつつ、鋏を入れていく。
「どうして切ってしまったの?」
「さっぱりしたかったの。スッキリしたわ」
昨日の、背中から伝わったフィールの存在感、感触を振りきるように、髪を落とした。少しだけだけれど、それでも良かった。
少しでも、あの人の事を考えなくて済むようにしたかった。
こんな風に思うのは初めての事だったから。
何だかずっと胸の奥が苦しくて、アーティは自分が病気にでもなってしまったのかと思った。
腰まであった長い髪が肩の辺りで揃えられると、背中が妙にスースーとした。髪と共に心も少しだけ軽くなったような気がする。
「まるで失恋した女の子ね」
アリスリンが冗談めかして呟き、やれやれと片付ける。手伝いながら、確かにそうかもしれないと納得した。自分がフィールに抱いていた感情はよくは分からないけれど、聖剣の心境はそんなところなのかもしれないと思ったのだ。
「さて、と」
部屋を片付け終わるとアーティはしなやかに伸びをして窓の外を見やり、
「じゃあ、早速出立ね」
「もう?」
「早くフィールを追いかけないと。勇者の旅立ちは先ず王様に挨拶って言うけれど、今回は飛ばしましょう。お父様ったらきっと大袈裟に心配する筈だから」
確かにそれはあり得る。
というか、軍隊を引き連れていけとか言いそうだ。
「ならちょっと待って!分かってると思うけどあたしも行くんだから。準備して来るから、ちょっと待ってて!」
「本当?嬉しい!」
二人はまるでピクニックにでも出掛けるように楽しげに準備を始める。
そんな二人を、ベッドに立て掛けられた聖剣が、まるで羨ましげに眺めているようだった。
「誰にも言わずに出て行くの?」
城の裏手からこっそりと抜け出すのは、実は慣れていた。こうやって、アーティは昔から度々抜け出しては森に住む予言者に会いに行っており、もともと予言者の世話係をしていたアリスリンとの出会いもその時だった。
「ぐずぐずしていられないもの。それに、ちゃんと帰って来るんだから、いいの」
「あの予言男とか」
「バーバなら言わなくても分かってるでしょ。何だってお見通しなんだから」
「騎士隊長さんとか」
「ロウンには…面倒掛けたくないの」
だってあの人は真面目だから、と口ごもるアーティを見て、アリスリンは分かってないなこの娘はと苦笑い。
面倒を掛けられるのが嬉しい事もあるのだと、教えてやるべきか。少しだけ迷ってから、やっぱりやめた。教えてしまっては、この先面白くない気がする。
「ところでね、アーティ。あたし思い出したんだけど」
「なあに?」
「こうやってあなたが抜け出した時って、必ずあの人が迎えに来てたのよね」
何だってお見通しなのは、予言者だけではないようで。
塀の外に出た二人を待っていたのは、軽装に身を包んだ騎士。姿が見えないと思っていたらこんな所にいたとは。
「ロウン!何で…」
「王様に許可はいただきました」
「でも、」
「姫」
アーティの言葉を遮って、彼は横手から誰かを引っ張って来た。これでこの騎士はなかなか強情なのだ。
「ところでこの者をご存知ですか?」
「だから、僕は怪しい者じゃありませんってば!」
まるで猫かなにかのように首根っこを掴まれて出てきたのは予言者の弟子だとか言う少年、ベルだった。「あちゃあ」とアリスリンが顔を覆う。
素性が知れない者をただのメイドがお城に連れ込む訳にもいかなくて、外で待っているようにと言って置いて行ったのだけれど。
まあ、確かに怪しいよなあ。なんたって、どんなに可愛くても、着てるのメイド服だし。可愛くはあれど、少年は少年である。
「その子、あたしが連れて来ました」
「まあ、アリスリン。貴女のお友達?」
「あたしもよく知らないんだけど、予言男の弟子なんだって」
「あの、僕ベルっていいます。リバー先生の言い付けで皆さんの道案内をと」
「ほんと?助かるわ」
あの変態のどこにここまで信頼させる人望があるのだろうか?まあお姫様が世間知らずなだけなのかも知れないのだけれど。
因みに、あっさりと頷いて「よろしくね」と手を差し出すアーティから、さりげなく少年を真顔のままロウンが引き剥がすのをアリスリンは見逃さなかった。
まあ、賑やかな旅になりそうで良かったと、思う。
少しでも気が紛れてくれればいい。
フィールに追い付いてしまったら、どうするべきなのか。
アーティはまだ決めかねていた。