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笠地蔵

山の奥深く人里離れた農村地帯に老夫婦が住んでいた。

年末の暮れに餅も買えずに凍えながら過ごしていた。

新年早々にお雑煮が食べたいとお婆さんがいうものだからお爺さんは自宅にあった材料を使って頭に乗せる笠を作り始めた。それを町に出て売り出すという次第である。


お婆さんも気を使って手伝ったり、少ない茶葉を薄く淹れてくれたりした。


そしていくつか笠ができたので雪のしんしんと降った日に町に降りてそれを売りに行った。


適当な場所に座り込み御座を広げて笠を置いていく。

もう若くものないので声も通らず、金切声で売り込んでいくが中々銭に代わることが無い。

お昼を過ぎ、日も傾いてきた。日が完全に沈む前に帰らなければならないので店じまいをする。


笠と御座を背負って寂しく帰路に着く。


緩やかな山を登っていると赤い前掛けをして、雪の中何も被らずに佇んでいるお地蔵さんがそこにいた。

その姿をぼうっと眺めて通り過ぎる。


通り過ぎてから振り返るとなんだかお地蔵さんも寒そうに見えてきてしまい元来た道を戻る。


ここを通っているのはおじいさん以外誰もいないんだなと足跡が物語っている。


お地蔵さんは一人だけでなお寒そうである。

お爺さんはお地蔵さんの頭に乗っている雪を払い、笠を乗せてあげた。


手を合わせてにこっとしてまた帰路につく。



家についてお婆さんに笠が売れなかったというと薄いお茶を淹れてくれた。




翌日また、町に笠を売りに出ていくお爺さん。

少し楽しみにしていたことがある。昨日笠をあげたお地蔵さんがどうなっているかだ。


案の定横を通りかかると傘の上には雪が積もっている。何とか頭を冷やさずにはいるそうだ。


少し安心して町に向かう。


昨日と同じところで御座を敷いて笠を売る。


今日は一つだけ売ることが出来た。でもそれから笠を手に取ってみる人はいなかった。


また昨日と同じ時間に店を畳む。


雪はなかなか止まず来た時の足跡はわからなくなっている。


今日は一つだけしかうれなかったことを考えながら歩いているとまたお地蔵さんの前を通る。


ふと視線をやると驚いたことにお地蔵さんが二人になっていた。


驚きは一瞬で、一人ぼっちでいるよりかは寂しくないかと納得して眺めていた。


お爺さんはもう一人のお地蔵さんに近づいて笠を頭に乗せる。


ちょっとだけいい気分になりながら家に帰る。



家に着くとお婆さんがお茶を持って待っていてくれた。

笠が一つだけ売れたことを話して、お地蔵さんのこともお婆さんに話すと、不思議だね、と言ったがこうも言った。二人になってよかったね、とも。

明日は三人になっているかなと冗談めいた話をして笑って過ごした。



次の日も雪は降っていた。


また町に向かって歩いていく。頭にあるのはお地蔵さんのことだった。

町に向かう途中で一瞬雪が止み雲間から太陽が見えて久しぶりに気持ちよかった。お地蔵さんもこれでよくみえると思い少し早足に歩いていると仲良く二人で現れた。


まあ三人になっているわけないかと思い町に向かう。


今日は晴れているから笠が売れるわけもなく、行き交う人は目も向けてくれなかった。


そして日が傾き始め店じまいをしているとまた雪が降ってきた。


そそくさと帰路に着く。


深い雪を踏みしめて、お地蔵さんがもうそろそろ現れるだろうと思って視線をあげてみるとなんと三人に増えていた。


お爺さんは三人目に慌てて近づいた。三人目の周りを見てまわり、足跡などがないか確認したが何にもない。


手品を見ているのかとお爺さんは目を点にして眺めた。


少し離れて三人を眺めてみるとまたいっそうに寂しさが薄れた気がした。でも他の二人が笠を被っているのに、一人だけ被っていないのはなんだか可哀そうなので、また笠を取り出して頭にかぶせて帰った。


家についてお婆さんに最初に話したのはやはりお地蔵さんのこと。


お婆さんも笑いながら驚いていた。まさか図星になるとは思っても見なかった。

そしてお婆さんは、明日は四人になってお話してるかも知れないわねとお爺さんにいう。



そして次の日の帰り道。


お話はしていなかったが四人に増えていた。


そしてまた次の日の帰り道も一人増え、また次の日は六人、七人、八人、また次の日も―。



日に日にお地蔵さんは増えていき、笠の売り上げはなかなか上がらないのに笠はどんどん少なくなっていく。もう材料も底を突きそうになっていた。


そんなとき。また帰り道に笠をお地蔵さんにかぶせていると、ふと気が付いた。

ここからもう家が見えてた。


最後のお地蔵さんの位置から家までの距離がそんなに遠くないことに驚き、そして気味が悪くなった。足跡もなく毎回帰りになると増えるお地蔵さん。うちの近くにまで迫るほど増えている。


家まで駆けていきお婆さんを家から出してお地蔵さんに指を指す。


ほら、あそこ、お地蔵さんがあそこまで増えているよ、と。


お婆さんは、え、どこだい。暗くてよくみえないよ、と目を細めてじっとお爺さんの指の先を眺めている。


あそこだよ、あそこ。とお爺さんは指を指しますが、それでもお婆さんは見えないらしく寒いからもう家に入ろうといって二人で戸を閉めた。


ここ連日使っていた藁ぐつもだんだんと雪がしみて壊れかけてきていた。でも藁ももう少なくて補強することも出来ないだろう。


そしてまた次の日も町に行き、笠を売って、残りを持って帰るときにお地蔵さんの数を数えてみることにした。

お爺さんは一人ひとり指を指して数えていった。

よくみるとみんな背丈も違えば顔つきも違うことに気が付いた。

やっと数え終わると総勢15人にまで増えていた。

多いということは分かっていたがこんなにも増えているとは思わなかった。


最後の一人に笠をあげて家に帰り、お婆さんにそのことを話すと、15人もいることに驚いてた。


お婆さんと夕食を食べながら、やはり気味が悪いという話をしたが、お婆さんはそんなに気にすることもなく、沢山いて楽しそうじゃないかと楽観的にとらえている次第。お婆さんがそういうのでお爺さんもなんとなく納得してお婆さんと一緒に笑っていた。



その晩のこと。


ふと寝ぼけて浅く起きると、障子の向こうから何やら物音がした。


がさがさ、がさがさ。ごそごそ、ごそごそ。


何かの夢でも見ているのかと思い頬をつねってみた。痛い。


毎晩冷えるので閉じまりはしっかりしていたはずだったが何か障子の向こうにいる。山から何か動物でも降りてきたのか。


恐れながらゆっくり障子戸を開ける。


すると、何やら色々な影が台所でうごめいている。


がりがり。しゃりしゃり。むしゃむしゃ。


数少ない食料を物色しているようだ。


お爺さんは狭い隙間からじっと観察をして誰が物色しているのかを観察していた。


暗くてよくみえなかったがイノシシとか狸ではなさそう。かといって猿みたいにあわただしくもない、こんな夜中に人間が来るわけもない。

そしてよく観察していると赤い前掛けととんがった浅い帽子をかぶっているようだった。思ったより多くの影がうごめいている。

視線を変えて少し横にやってみるとそこにあぐらをかいて米をそのまんま頬張っている地蔵の姿があった。バリバリぼりぼりと食い散らかしている。

他の地蔵も食い物を手に食べていた。


呆気にとられてお爺さんはしばらく地蔵達を観察していた。そしてやっとお爺さんは気付いた。この地蔵たちはお爺さんが慈悲で傘をあげていた地蔵たちだった。

あの地蔵さんたちが、何故うちにいるんだ。だんだんと体が震えてきて頭が真っ白になってしまっていた。

そんなとき。

一体の地蔵が食い物をかじりながら動きを止めてこちらを振り向く。地蔵さんは完全にこっちを見ている。するとその地蔵は立ち上りこちらに向かって歩いてくる。ゆっくりであるが一歩一歩近づいてくる。


お爺さんは驚いて勢いよく障子を閉めてお婆さんが寝ているところまで後ずさる。


お婆さんの隣でわなわな震えていると障子に石の手がかかった。このままでは儂らもやられると思い、咄嗟の一言で、「やめてくれー!」と大声で叫んだ。


すると驚いたのか、どたどたどたどた、と障子の向こうの地蔵たちの駆けていく音が家中に響き渡った。

障子に手をかけた地蔵も障子から手を離して一緒に逃げいったようだ。


かん。という音を立てて引き戸を閉めて出て行った。


お爺さんは怖くて立ち上がれず、布団にもぐりこんでそのままいつの間にか寝ていた。



朝になりお爺さんはお婆さんに夜中のことを話すが、嘘おっしゃい、と聞き入れてくれない。


そしてお婆さんが、今日は晴れていていい天気だね。布団でも干すかい、と言って庭の方の障子をあけた。


するとお婆さんは庭を見て腰を抜かした。お爺さんは慌ててお婆さんに寄り添うとお婆さんは雪を指差す。


お婆さんの指差す先を見ると小さな足跡が庭一面、雪に上に残されていた。


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