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「いい?よーく覚えときなさいよ。あたしの事、誰かにバラしたら承知しないわよ!!そうねアンタ、トロいし明日からアタシが監視含めて一緒に行動しましょ。ね、柚」
はぁ?意味が分かんない。呼び捨てだし。
「お断りします」
きっぱりそう言うと、和泉先輩はまゆを吊り上げた。
「アンタに拒否権はないわよ。アタシを敵に回してまともな大学生活送れると思ってるの?」
……………和泉先輩とサークル一緒、バイト先も一緒なんだよね。
しかも、女子にやたら人気あるし。
答えに詰まると、先輩は嬉しそうに両手を打ち合わせて笑った。
「よし、じゃ決まりね!!アンタとアタシ明日からは恋人同士よ」
「ちょぉっ!なにいいよっと?冗談じゃなかと!」
「あら、方言も可愛いわね」
ちっがーう!そうじゃなくて!
私の事なんか欠片も見ずに、和泉先輩は人差し指を口元に当てて首をかしげた。
「アタシもそろそろ男のふり疲れたし、素で大丈夫な子欲しかったのよねぇ?アタシモテるから、虫除けにもなるし丁度良かったわ。あっ、アタシの事は蒼って呼んで」
先輩を呼び捨て?あり得ない!
オネェと付き合うのもあり得ない。
だけど、今日この瞬間確かに私の運命は決まったんだ。
溜息つくと幸せが逃げてくって、誰がいったんだっけ?
もう一度溜息をつくと、和泉先輩が上機嫌で私の頭を撫でた。
「今度、アンタの洋服全部見せなさいよ!アタシがプロデュースしてあげるわ。アンタ、自分の顔がちょっと可愛いからって手を抜きすぎよっ!あり得ないわっこんなに眉毛ぼうぼうにしてっ!!ずっと許せないよ思ってたのよ私っ!!」
大きなお世話だとはいえなかった。私もちょっとそう思ってたから。
「そうね、どうせ同じマンションなんだし、今からアンタの家に行こうかしら。明日からアタシの彼女として連れ歩くには化粧ッ気が足りないわ」
「いいよ、来なくて。化粧道具なんか持ってないし」
あぁ、和泉先輩のイメージがドンドン崩れていくよ。なにこのおばちゃんみたいな強引な話の進め方。
だけど、恐ろしい事にこの話し方に段々慣れてきてる私がいる。
なんかもう、どうでも良くなってきた。彼女っていってもフリだけなんだし。どうせ私は巽以外の男に人に興味もてないんだし。
和泉先輩、顔だけはいいし。
あれ?そういえば黙っちゃったな。どうしたのかと思って、上を見上げると和泉先輩が鬼の形相で私を睨みつけていた。
驚いて、思わず逃げようかと立とうとするけれど、目があった瞬間に、両肩を鷲掴みにされてしまった。
そのまま勢いよく、前後に振られる。あぁ、目が回るからやめてぇ!!
「いっ和泉…………せんっ…………ぱい」
やめて欲しくて、名前を呼ぶとピシャリと遮られた。
「蒼っってよびなさいなっ!まったく、まったく、まったくぅぅぅぅ!!アンタ女舐めてんのっ!十八にもなる女がっ!全身WINDYで決めてる女がっ!!化粧品持ってないとかっ!アタシを馬鹿にするにも程があるわっ!!くぅやぁしぃぃぃぃ!」
何が先輩を怒らせたのかわからないけど苦しいから離して欲しい。
なんか、首締め上げにかかってないか?
唐突に手を離すと、屈みこんで私を締め上げていた和泉先輩は、私の顎をグイッと掴んであげさせた。
至近距離に、眉を顰めてるけど今興奮したから頬が赤くなっている和泉先輩の顔がある。
なっなにっ!!なんでこんな近くで睨まれてるの私っ!!
「そうねぇ、やっぱり手入れがなってないのね。お肌荒れてるわよアンタ。毛穴開いてるし元がいいんだから勿体ないわっ!!」
和泉先輩は観察するように私の顔を覗きこむけど、近いからっ!
和泉先輩が話すたびに頬に息があたる。誰かとこんな至近距離で話したことなどないから、ドキドキと 心臓が大きく高鳴り始めた。
オカマといえども、見た目は男の人だし。緊張するんだよ。
なんていっても、和泉先輩変な色気があるんだよ。
近づかれると興味がなくてもドキドキする。
今見てはいけないものを見たからかもしれないけれど。
あぁ、和泉先輩すっごいまつげが長い。つけまつげいらなそう。肌も凄く綺麗。つるつるしてるし、この至近距離で耐えうる美形ってそんなにいないかも。
抵抗もやめて、おとなしく和泉先輩のされるがままになっていると、観察しえ終えたのか、和泉先輩が顔を離してくれた。
良かった、ホッとして胸を撫で下ろしたつぎの瞬間、電光石火でそれはやってきた。
ふわりと頬に柔らかいものが押し付けられ、和泉先輩が離れていく。
なに?今、キスした??
手を頬にあてながら和泉先輩の顔を仰ぎ見ると、満足そうに笑っている。
「ふふっ。磨きがいのある子大好きよ。これからよろしくね。さぁ、アンタの家に行くわよ。クローゼットみせなさいな」
ふふっじゃねぇーっ!!
女同士でも友達で頬にキスなんかしよらんわっ!!
ぼぼぼぼっと顔が赤くなっていくのが分かる。
「あら?なぁに、アンタまさか男馴れしてないの?まぁ、アタシ男のウチに、はいらないか」
こぉらっ!!勝手に納得するんじゃねぇよっ!
「まぁねぇ、こんなに身だしなみに気をつけてないなら、男なんかいないわよねぇ」
コイツ、本当に失礼だっ!!
「でも、アタシ柚の事を気に入ったから綺麗にしてあげるわよ」
私の腕を掴んで立ち上がらせる。そして、耳元で囁いた。
「で、奏さんに紹介してくれるわよね?お近づきになれるように頼むわよっ!」
…………おねぇって、やっぱり体は男で心は女?
で、奏さんとお近づきってそういう意味??
さっと背筋に寒気が走る。
無理無理っ!!
私が奏さんを和泉先輩の魔の手かから守らなきゃっ!!
「さっき紹介したじゃないですか。和泉…………」
「柚、蒼って呼びなさいって言ったでしょ」
最後まで言わせずに、すかさず切るように言われる。先輩を短く呼び捨てあり得ないんだけど、本人がここまで言うならしょうがないか。
なんか、私が後でお仕置きされそうで恐いし。
コホンと咳払いをしてから私は蒼の目を見てはっきりといった。
「さっき紹介しました。奏さんは蒼と違ってノーマルなのでコレ以上は駄目です」
目の前で蒼の眦がつりあがっていく。
「んまぁぁぁぁぁ!!なに?この子っ!随分短時間でふてぶてしくなったじゃなぁいっ!!いいわよっ!自分で仲良くしてもらうからっ!」
ハンカチを出して噛み締めそうな勢いだよ。いや、ただのオカマさんのイメージなんだけど。
「大体、アタシと違ってノーマルってどういう意味よっ!失礼しちゃうわねっ。差別よ差別。さーべーつーっ!アンタ心狭いわよっ」
「どこが狭いんですかっ!空のように何処までも飛んでけるくらい広いでしょうがっ」
「あらっアンタ、お馬鹿なのね。ソレを言うなら海でしょうが。あぁ、これが同じ大学に通ってるなんて嘆かわしいったらありゃしない」
片手を私の頭の上でひらひらと揺らす仕草に無性に腹が立つ。
蒼の弱みを握ったのは私のはずなのに、なんでこんなに上から目線なんだよっ!
「海より空のほうが広いじゃないですか。蒼こそそんな簡単なこともわからないんですね。あぁ、可哀相」
ピタッと沈黙が訪れた。
アレ?すぐに言い返してくると思ったのに。
沈黙が重たく、チラリと伺い見ると蒼は不気味な笑みを浮かべていた。
「減らず口叩いてると実力行使するわよ」
低い声でボソリと呟く蒼は魔王の如く暗い笑みを浮かべている。
こっこわくないもんねっ!
ウチにはもっと恐い魔王がいるんだからっ!
思わず身構えると、遠くから私を呼ぶ声がした。
「柚、時間かかるの?もうそろそろ帰らないと巽さんから電話かかってきちゃうよ」
コンビ二の入り口でこちらを見ている奏さんは三割増しで格好よく見える。
神の助けだっ!!
「じゃっじゃぁ、蒼。私行かなきゃ」
うわぁ、格好悪っ!声がうわずっちゃったよ。だって、なんか異様に迫力あるんだもん。
「あら、逃さないわよ。アンタの部屋に行くっていったでしょ」
逃してくれないらしい。
「えぇーーー」
「あら、不満そうね?やっぱり実力行使かしら」
「ちなみに実力行使ってなにするんですか?」
「あら、そんなのお楽しみよほら、行くわよ奏様お待たせちゃ失礼でしょっ」
さっと表情を整えると背筋をピンッと伸ばしてさりげなく私の肩を抱いた。
ぎょっとして手を払おうとすると肩に蒼の指が食い込む。
っ痛いって!
小さな声であまり口を動かさずに私に怒る。
「だから、恋人同士だって言ったでしょ。ホントに頭の悪いこねぇ」
いや私、納得してないし。
コンビ二入り口では、アイスの入った袋を片手にぶら下げて奏さんが目を丸くしていた。
「柚、和泉君と随分と仲が良さそうだね」
「柚は恥ずかしがりやで。本当はこの間から付き合ってるんですよ。今、ちゃんと恋人だって紹介してくれるように頼んでいたんですけれど中々うんと言ってくれなくて。お待たせてして申し訳ありませんでした」
ぺらぺらとまぁ、滑るように口から言葉が繰り出されている。さっきまでのナヨッとした雰囲気は綺麗さっぱり消えてしまっていた。
どこからどう見ても立派な男の人だ。私の知るいつもの和泉先輩にちょっとほっとしていた隙に蒼はとんでも話を奏さんに聞かせていた。
…………おぅい。こら。
誰 が、何処で、蒼に一目惚れして。会って三秒で告白して速攻振られて、その後アタックしまくったって??
それに負けた形で付き合い始めたってっ!!
よくも一瞬でこんなに嘘を考えられるよねぇ。
諦めて溜息まじりに俯けば、奏さんが大きな声を上げた。
「このっ柚がっ??信じられない。あぁ、お祝いしなくちゃ。初彼だっ!赤飯っ!じゃないレストラン。ほら、君もおいでご馳走してあげるから」
さっさと身を翻して早足で歩き出す奏さんはすぐに振り返って私達に手招きをした。
「うわぁ、晶に報告しなくちゃ。あっちょっとまって、電話するから」
奏さんは携帯をさっと取り出して、物凄く上機嫌に電話をかけ始めた。
まだ肩を組んでいる蒼を見上げると、こちらも上機嫌になって笑っている。
「女心と秋の空」って感じにころころ機嫌がかわるよこの人。
女じゃないけど。
この確信的な行動にあきれつつも、蒼を嫌いになれそうもない事気付いて私も少し微笑みを返した。