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風車  作者: 藍月 綾音
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6

「こんばんは、橘さん。家、この近くなのかな?」


 振り向いた先にはバイト先の先輩でもあり、大学の先輩でもある和泉先輩が立っていた。

 和泉先輩は男性とは思えない中性的な雰囲気で細かい気配りができる人だ。私が困っているといつも一番に察して助けてくれる。

 歌舞伎役者みたいにすっと流れるような鼻筋と、二重の大きな瞳。そして、柔らかい物腰がさらに中性的な雰囲気を強めている。

 白のカットソーに、ブラックジーンズは端正な顔立ちの先輩に清潔感を上乗せさせていた。


 いっつもお洒落なんだよなぁ。自分になにが似合うか熟知している人の格好なんだよね。


「こんばんは。あれ?まだこんにちは、かな?こんなトコで会うとは思いませんでした!そうなんです。家が近いんですよ。先輩もこの近くにお住まいなんですか?」


「そう、すぐそこのマンションに住んでる。イラジャウッドって分かる?ちょっとオリエンタル風の変わったマンション」


 その言葉にさらに驚いた。


「私もそこのマンションに住んでるんですよ!スッゴい偶然ですね!」


 和泉先輩も目を見張って驚いた。


「橘さん、地方出だよね?家族で越してきてるの?それとも親戚の家?」


「親戚の家です。伯父さんに面倒見てもらってるんですよ」


 そういっておけば、変な目で見られることはないだろうと思ってそう言ったけれど、ちょっと虚しくなってしまった。

 例え、巽が伯父ではないと知られたとしても、変な目で見られることはないと分かっているからだ。

 それだけの年の差が心に棘をさす。

 私は他人の心うちですら、巽の恋愛対象になれないんだから。


「橘さん?どうかした?」


 和泉先輩の声にハッと上の空になってしまっていたことに気づいた。慌てて笑顔を作る。


「いえ、ごめんなさい。なんでもないんです」


「そう?あぁ、明日のシフトまた一緒だったよね。榊さん風邪でノックアウトって聞いた?」


「いいえ?榊さんって確かシェフの?」


 頷く和泉先輩に、ちょっと恐そうな榊さんを思い出した。全然シェフに見えないし、口が悪い榊さんとはあまり話をした事はなかった。

 私は今、学校の近くの小さなレストランでバイトをさせてもらっている。

 こじんまりとしていて、オーナー夫妻の趣味がちりばめられている。ログハウスをレストランに改装したお店だ。

 小さいといっても、二十席はあるからそこそこの忙しさだったりする。

 そこで私はウェイトレスとして働いている。和泉先輩も一緒だ。

 アルバイトは5人で、女の子があと二人とシェフの榊さんだ。私は和泉先輩と同じ時間に入ることが多かった。


「じゃぁ、オーナーが一人で切り盛りしてるんだ。大変そう」


「そう、だから明日は少し俺も厨房はいることになるかも。橘さんホール、一人で大丈夫かな?」


 心配そうな表情に笑顔で答えた。


「大丈夫ですよ!もう、一ヶ月たちましたから!ちゃんと仕事覚えました」


 和泉先輩の心配もわかる。

 私、よく首にならないなぁと自分で思うほど色々壊してるから。

 オーナー夫妻が優しい人でよかったよホント。


 その時、和泉先輩の目が大きく見開かれて私の頭を通り越してガラスの向こうを見た。

 その驚きように私がびっくりしていると和泉先輩の視線がコンビ二の入り口へと注がれる。

 和泉先輩の口元が「嘘」といっているような形に動く。

 私が入り口になにがあるのか気になって振り向く前に、優しい声音に名前を呼ばれた。


「柚」


 よく知るその声は、入り口のほうから聞こえる。そのまま私は振り向いた。

 そこには、相変わらず値段の高そうなものに身を包んだ、奏さんが立っていた。私でもびっくりするほどコンビ二の店内が似合わない。

 優雅な仕草や醸し出すおっとりとした空気がそこだけ別世界のように切り離されて見えるからだ。


「奏さんっ!今日来るって言ってたっけ?どうしたの?」


 近づいてきた奏さんは、ふんわりと笑うと私の頭を引き寄せて頭の天辺にキスを落とす。

 小さい頃からの奏さん流挨拶は、私にくすぐったさをもたらすんだ。


「夕飯を一緒に食べようと思って、家に行ったらこっちだって巽さんが教えてくれたから、迎えにきたんだよ。でもお邪魔だったかな?」


 にっこりと和泉先輩を見る奏さんの言葉に私は慌てて首を振った。


「まさか!こちら、偶然会った、大学の先輩の和泉さんだよ。バイト先も同じなんだ」


 そうだ、和泉先輩と一緒だったんだ。慌てて和泉先輩を振り返ると、驚いたように奏さんの顔を凝視していた。


「和泉先輩?どうしたんですか?紹介しますね?こちら坂野 奏さん」


「こんにちは。初めまして、柚がお世話になっているようですね。抜けている所もあるとは思いますが、厳しくしてやって下さい」


 奏さんが握手を求めて右手を差し出しても和泉先輩は、ジッと奏さんを見つめている。

 厳しくしてやって下さいって、奏さん、私が迷惑かけているの前提で話してるよね。いや、間違ってないけれど。


「あの…………先輩?」


 反応を示さない先輩に、恐る恐る声をかけると、ハッとしたように私を見てから、ピッと背筋を伸ばした。


「はっ初めめままっ!!」


 どもってるっ!えっ?なんで?


 どう見ても、緊張している和泉先輩に首を傾げた。

 和泉先輩、奏さんの事知っていたのかな?


 一旦言葉を切って、顔を真っ赤にしながら咳払いをすると、上ずった声から一転、落ち着いたいつもの声音で和泉先輩は挨拶を返した。


「初めまして。和泉です。お会いできて光栄です。WINDYの大ファンなんです」


 そう言って、興奮気味に奏さんの差し出した手を両手で握ると、大きく上下に振った。


「ありがとう。僕の顔知ってもらえているなんて、こちらこそ光栄だなぁ」


 会話の意味が全くわからない私は奏さんを仰ぎ見る。

 それに気付いた、奏さんは嬉しそうに笑った。


「柚は本当に相変わらずだなぁ」


「だって、WINDYって洋服のメーカーじゃないの?なんで奏さんに会えて光栄なの?」


 私は最後まで聞く事は出来なかった。和泉先輩が大声を出したからだ。


「嘘っ!!なんで知らないのっ!橘さん上から下までWINDYじゃないっ!」


 ハッと大きな声を出した事を隠すように和泉先輩は口を片手で覆った。


「それと奏さんとなんの関係があるの?」


 もう一度奏さんを仰ぎ見ると、私の頭を撫でながら説明してくれた。


「言った事ないからね。僕がWINDYの社長だからだよ」


 社長?って社長?


「奏さんお金持ちだとは思ってたけど、社長さんだったんだぁ」


 なるほど、それはお金持ちのはずだわ。自家用飛行機持ってるし。


 ………………………………アレ?


 なにかが引っかかる。

 今、なにか可笑しくなかったか?


 私は真っ赤な顔をして口元を押さえる和泉先輩を見た。

 今、和泉先輩、「じゃない」って言わなかった?

 いやいや、まさか。

 私の幻聴だ。

 幻聴に決まってる。

 御願い幻聴だという事にしておいてください。

 こんな爽やかで格好いい人が、ないない。

 よし、今ちょっと足が内股に見えるとか、口元を押さえた手の小指が立ってるとか。

 よく考えればWINDYは女性ブランドだとか。

 気にしない。

 見なかった。

 よし。


「じゃぁ、奏さんの会社の服をくれてたんだ。私、今丁度雑誌を見ていて、びっくりしたんだよ、この間貰った洋服載ってたし値段が凄かった」


 何事もなかったように笑いながら言うと、奏さんはもっと口元を緩めた。


「値段なんて気にしちゃだめだよ。全部、晶と柚と遥の為に作ってるんだから。ソレをついでに販売したら思いのほか上手く軌道にのったんだよね」


 奏さんはさらりと恐いことを言うよね、ホントに。


「私と遥とお母さんの為?」


「勿論。柚が生まれるって聞いて慌ててベビー服と子供服のブランド立ち上げて、ついでいお揃いを晶に着せたくてレディスにも手を出したんだ。で、遥が産まれたから一緒に男の子用もね」


 なんか何気にとんでもないこといってるよね?


「柚が、僕の作った服以外の服を着るなんてありえないでしょ?僕が柚と晶と遥に似合う服を、一番わかっているのに。なのに、赤城さんまで乗り出すから変なことになるんだよ」


 あぁ、りく伯父さんも洋服持ってきてくれるよね。あれもまさかりく伯父さんの会社の服とかいわないよね?


 それにしても、奏さんは小さい頃から可愛がってくれてるよなとは思ってたけど、ここまで可愛がってくれてたなんて思いもしなかった。


「あぁ、だから着てみたいデザインを教えてってことになってたのか。私ただのアンケートだと思ってたよ」


 そう、苦笑すると横から小さく、「なんて贅沢な子なのっ」とくやしそうな声が聞こえてきた。



 無視したい。

 切実に聞かなかったことにしたい。




 ……………………できるかっ!!



 私はそっと奏さんの後ろに回り奏さんを盾にするように顔を出して、和泉先輩を上目遣いに見た。


「…………和泉先輩、ひょっとしてこっち系の人??」


 左手の指をそろえて立てて、右の口元に添える。

 そう、いわゆる女王様とかが笑うときにやるオホホのポーズだ。

 真っ赤だった和泉先輩の顔が強張り、一気に青くなった。


 やばっ!怒らせたかな?やっぱり失礼だったか。 黙ってきかなかった事にすれば良かった。

 だって、やっぱり内股が気になるんだもんっ!!

 先輩は、ゆっくりと笑顔になると、奏さんを見た。


「すいません。ちょっとこの子お借りしますね?」


 えぇぇ!!借りなくていいからっ!!


 私がそう言うよりも速く、和泉先輩は私の首にエルボかけるように引きずりながらコンビ二の外へと出た。

 駐車場の端まで連れてくると、危険な笑みを浮かべている。


 えぇぇ!!奏さんっ!なんであっさり私を売り渡すんだよーっ!!


「バレたんならしょうがないわ。でもね、いいこと、あたしはオカマじゃないわよっ!オネエよっ!!」


 腰に手をあてて、ふんぞり返るように背筋をのばして高らかに言われた。


 あぁ、なにかが私の中で崩れていく。

 少しだけ、ほんの少しだけ格好良いと思ってたのに。

 思わず恨めしい目で和泉先輩を見てしまった。

 いつもは猫被ってたというか、演技してたって事か。

 爽やかさ振りまいてたくせに、言葉遣いが全然爽やかじゃない。

 だいたい、オネエとオカマに違いがあるの?


 私はその場に座り込んで、溜息をついた。

 あーぁ、ホント都会は恐いよ。色んな人がいるし、こーゆー変な人も生息してるんだから。



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