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風車  作者: 藍月 綾音
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「なんなんだっ!!この有様はっ!!柚っ!てめぇこの俺に喧嘩売ってるのかっ?!あぁ?いい度胸じゃねーか」


 柄悪く怒声を上げるのは、久しぶりに家に帰ってきたスーツ姿の巽。

 私といえば、ソファで横になりながら本を読んでいた。


「この有様ってなにが?」


「なにが?っじゃねぇっ!!ゴミ袋持って来いっ!」


 スーツのネクタイを緩めながら巽はセットしていた髪をぐちゃっとかき回した。

 素早く上着をハンガーにかけると、ワイシャツを腕まくりしながら戻ってくる。


「お前を甘やかすのはこれで終いだっ!部屋一つ掃除も出来ねぇなら今すぐ荷物まとめて山口に帰りやがれっ!」


 私の渡したゴミ袋をバサバサと大きく振って空気をいれ、膨らませると、勢いよく床に散らばるゴミを拾って投げ込み始めた。

 まぁ、巽が怒るのは無理もない。私は凄くだらしがない。自分でもびっくりのだらしなさで、今までお母さんにどれだけお世話になっていたのかやっと実感できたとこだったりする。

 だって、ゴミをゴミ箱に捨てるのも脱ぎ散らかした洋服を片付けるのも、洗濯をしてくれるのもお母さんだったんだもん。

 正直、洗濯とか、料理とか、食器洗うとか面倒臭いし、むいてない。


「何にも出来ねぇのは知ってたけどなっ!てめぇは努力が足りなさ過ぎんだよっ!自分で上京したいっつったんだろ。家事ぐらい憶えろ。せめてゴミぐらいゴミ箱に捨てろ。東京に出てきて何ヶ月たったと思ってんだっ!」


 帰ってくるなり怒鳴り始めた巽に肩をすくめる。

 しょうがないから、ゴミを私も拾い始めた。

 巽が怒りをあらわにやけくそ気味にゴミを投げ入れるのを見ながら三ヶ月前の事を思い出していた。




 お父さんに連れて帰られたあの日、お母さんは私が大嫌いだといって飛び出したことなんか、何もなかったかのように、私に切り出した。


「よかったわね。巽が一緒に東京で住んでくれるから、東京の大学いけるわよ?」


 巽が?


 驚いて、ソファに座る巽を見るとえらく機嫌が悪い。絶対に納得してないけど?

 そう思うと、お母さんは嬉しそうに続けた。


「どうせ巽なんか何処で仕事しても一緒だし、毎月一週間はあっちに帰ってるんだから向こうで仕事するようにしてくれるって。ただね、どうしてもこっちに帰って来たいって駄々こねるから、半月東京で半月山口でって、ことになるのよ。柚一人で半月も生活できる?」


 四十後半の人に向って、駄々こねるって言ったよこの人。


 って、えっ!巽と私が一緒に住むの??


「えぇぇぇ!!あり得ないっ!だって、お母さんの兄妹じゃないんでしょっ!なんかあったらどうするの!」


 その時、確かにブチッと音がするのを私は聞いた。

 そう、巽の堪忍袋の緒が切れる音だよ。この人の堪忍袋の緒は強度に問題ありだからね。すぐブチブチ切れてしまう。


 素早く立ち上がったと思えば、私のほうへと物騒な笑いを浮かべながらちかづいてくると、ガシッと両腕を掴まれた。

 しまった、逃げる隙もなかったよ。


「てんめぇ!なんで俺がお前となんかあるつー発想がでてくんだよっ!ふざけてんのか?あぁ?娘に手ぇ出す親が何処にいるっ!大体お子さまに手を出すほど困ってねぇんだよっ!」


 ぶはっと隣でお父さんが吹き出し、嬉しそうに巽の肩を叩き始めた。


「お疲れ、巽。お前が受験させたんだもんな?当然だよな?安心しろよ、お前のいない間は、ゆっくりきらと仲良くしとくから」


 お母さんとは別の意味で心底嬉しそうなお父さんは、まるで悪魔の尻尾がはえているみたいに見える。

 笑い方がスッゴク意地悪なんだよ。

 それにしても、困らないほどお相手に不自由していないのかと突っ込みたい。

 いつ、どこで、デートなんてしてやがるんだ。お母さんが好きなんじゃなかったの?

 …………あっ、自分で思って、ちょっと傷ついた。


「あぁ、淋しくなるなぁ。そうか、柚も、巽もいなくなるのかぁ。あぁ残念」


 全然。残念そうじゃないんだけど。

 むしろ滅茶苦茶嬉しそうだった。邪魔者が消える的な感情を感じるんだけど。

 お父さんは、そのまま嬉しそうに鼻歌でも歌いだしそうな勢いで弟の遥の部屋へ入っていく。


「遥!柚が東京の大学行くってさ。巽も半分あっちで柚と二人暮らしするらしいぞ」


「えぇ!!ずるいよっ!僕も東京行きたいよっ!!」


 不満そうな遥の声が聞こえる。

 遥は今年高校二年になる。丁度私と二つ違いで、別の高校に通っているけど、お父さん譲りの顔の良さで地元じゃファンクラブまであるらしい。

 実際、噂を聞きつけた芸能事務所の人が挨拶に来たこともあった。

 確かに、黙っていれば美少年だとは思う。肌白いし、まつげバサバサしてるし、線も細い。

 けれど、如何せん口と性格が悪い。中身は巽そっくりだよ。まぁ、私も人の事いえないけれど。

 その、遥が部屋から出てきて巽に恨めしそうな視線を送った。


「ずるいよ、巽。僕もあっちの高校行きたい。いっそのこと家族で移住しようよ。東京ならこっちと違って職もあるでしょ?」


「馬鹿いってんじゃねぇよ。てめぇは東京の大学すらいけねぇよ。お前に都会は無理だ」


 遥の頭を撫でながら苦い顔をする。私の時は二つ返事で親に内緒で受験をさせてくれたのに、遥には苦い顔をするなんて、どういう事なんだろう。

 遥だって、けっして頭は悪くない。多分、レベルの高い大学を受験できるはずなのに。

 私と違って男の子なんだし、親の心配だって、私より少ないよね。


「遥は駄目よ。行きたいなら旅行程度で充分だから。三日で根を上げるほうにお母さん賭けられるわよ」


「あぁ、それなら俺は一日で」


 お父さんはお母さんに抱きつきながらそう言った。ほんとに子供の前での遠慮って言葉を覚えてほしい。いつでも隙さえあればイチャイチャしてるんだから。ウザイって言葉を進呈したい。言ったらお父さんが拗ねそうだから出来ないけどさ。


「いや、案外天国とかいって、なじむかもしれねぇよ?」


と巽が言ったとたんに、お母さんが眉を吊り上げた。


「巽じゃないんだから、やめてよ。私はまだ、おばあちゃんになるなんてごめんだからねっ!!」


 お母さんの叫びの内容の意味は全くわからない。

 けれど、遥は納得したように天使のような微笑を浮かべると可愛く上目遣いで言った。


「大丈夫だよ。僕、ちゃんとゴム持ってるから」


 ……………………なんでゴム?

 髪長くないのに。

 首を傾げると、目の前の巽が私を見て吹き出し、遥を撫でていた手で私の頭を撫で始めた。


「よしよし、わかんなくていいんだぞ。柚はきらの血が薄くて良かったな」


 さっぱり意味が分からない。

 口を尖らせて、遥を見ると私の事を化け物を見るような目で見ている。


「なに?」


「柚が東京に住むなんて、無理じゃない?あっという間に悪い男に捕まってポイ捨てされるよ?」


 馬鹿にされてる感がいなめない。無性に腹が立つんだけど。


「遥っ!あんたまさかとは思うけどっ」


 お母さんの鋭い声に遥は首をすくめて私に向けて舌を出した。


「やべっ。バレタ」


 …………何が?ねぇ、なにがバレタの?


「しょうがねぇよなぁ。ヤリたい盛りだしなぁ」


 だから、なにっ!!

 巽の呟きに、さらにお母さんがキツイ声を出す。


「巽っ!!遥に余計な知恵つけてないでしょうねっ」


「よし、遥、買い物行くぞ」


 さっと身を翻して巽と遥は玄関を出て行ってしまう。

 残されたお母さんはじっとりとお父さんを見ていた。


「カズ、知ってたわね?」


 その声の響きに私も慌てて自分の部屋へと飛び込んだ。

 夫婦喧嘩は犬も食わないからね。あんなの日常茶飯事だし。



 リビングの机の上を片付けながら我に返った。

 

 そうそう、あの時、私だけが話しについていけてなかった。

 それが少し疎外感を感じて今も気持悪かったりするんだよね。

 

 結局お母さんの血がどうとか、ゴムがどうとかさっぱり分からなかったし。


 後ろでゴーッという音が響き始める。巽が掃除機をかけ始めたんだ。

 

 凄いよっ!私まだ、机の片付いてないのにっ!下に散らばってたゴミやら服やらが綺麗になくなってるっ!

 まるで魔法のように片付いていく。巽ってなにげに、家事が完璧なんだよねぇ。山口にいる間は、すべてお母さんまかせだったのに。

 約二週間ぶりの巽の怒声を聞きながら、私は目の前の片付けに集中しようと、手元に視線をうつしたのだった。


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