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風車  作者: 藍月 綾音
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お母さんと目を合わせて会話するのは、どれくらいぶりだろうかと考えるけれど、思い出せなかった。


「ちゃんと話したことなかったけれど、巽は私の幼馴染でパパの親友なのよ。ただ、ほら、ここは田舎でしょ、他人が家に居候していて、昼間は私と二人きりなんて、変な目で見られても困るから兄妹って事にしてあるの。それにほとんど兄妹同然に育ったから、あながち嘘ではないのよね」


 お母さんの話は、耳を疑うレベルで意味が分からない。


 変な目って、兄妹同然って…………巽はお母さんの事好きなのに?

 

 あの日、昼寝しているお母さんにキスをしていた巽が目の前に浮かんだ。

 アレは、家族に対する想いなんかじゃない。兄妹なら絶対に成就する事はないけれど、赤の他人ならば話が別だ。

 

 ひょっとして、お父さんは馬鹿なの?

 親友が、自分の奥さんに横恋慕している事もしらないで、昼間に二人きりにするなんて。

 お母さんも馬鹿だ、気持悪い。


 目の前に座る両親が急に色あせて見える。なにが、親友。なにが、兄妹。

 

 馬鹿じゃないだろうか。


 巽の気持を知っている、見てしまった私には到底信じられない話で、この家を出て行きたい気持がさら に大きくなってゆく。


 だって、気持が悪いよ。


 黙る私に不安になったのか、お母さんが私の腕を擦ろうと手を伸ばしてきた。


「触らないでっ!!」


 反射的にその手を避けて、気付いた時には叫んでいた。

 傷ついたように見えるお母さんの顔に胸の奥がホンの少しだけ痛む。

 けれど、一度口から出てしまえば、堰を切ったように叫びが止まらない。


「信じられない。ありえないっ!なんで今まで黙っちょったの?よかと、学費さえ出してくれたら後は自分でなんとかするけん。お父さんの許可なんて必要なかとっ!!自分でバイトしよるし!私は東京に行くけんね!こんな家も、お父さんもお母さんも大ッ嫌い!!」


「柚っ!!」


 お父さんが怒鳴っても全然恐くなんかない。

 私はもう、大人だもの。

 自分で生活しようと思えば出来るもの。

 私は身を翻して家を出た。

 一秒だってこんなところにはいたくない。


 お父さんからも、お母さんからも、そして、巽からも逃げ出したかった。

 玄関が背中で閉まる瞬間、巽ののんびりした声が聞こえた。


「あ~あ、青春だよなぁ」


 人が真剣に怒ってるのになんて言い草なんだ!


 頭にきたけれど、そんなことに構ってる暇はなくて、私は怒りにまかせてマンションの外に出るとそのまま走り出した。


 遠くで雷の音がしている。

 春雷だ。

 よく見れば海が大きく荒れていて、遠くの空も黒く染まっていた。

 雨が降るのかもしれない。

 ちらりと頭を掠めたそんな考えも、すぐに泡のように消えてしまった。

 だから、そのまま勢いのままに走り続けた。


 その時私はちゃんと理解できていなかったと思う。

 巽が叔父じゃない。

 それは私にとって悪い話じゃなかったのに。

 家族が家族じゃなかった、例え恋心を抱いていたとしても、やっぱり巽は家族だったから。

 家族じゃない。

 それは想像以上に私の胸を締め上げていた。


 行先は、近所の神社だった。丘の上にあるこの神社は小さい頃からの遊び場で、神主さんが不在なためにいつでもシンっと静まりかえっている。

 手入れはキチンとされているけれど、お参りに来る人は少ないから、一人になりたい時はいつもここに来ていた。

 周りは木々に囲まれていてるのに暗いという事はなく、むしろいつも明るい光に包まれていた。今日は曇りだから少しだけ境内が色あせて見える。


 どんな時も、ここの赤い鳥居をくぐると空気がピンと張り詰めて心が洗われるような気持になった。

 でも、さすがに今日はそうもいかずに、イライラした気持ちがおさまらないまま、私は裏手に回ると、いつもの場所に腰を下ろした。


 久しぶりに全力疾走したもんだから息が大きく上がっている。

 深呼吸をして呼吸を整えた。

 頭の中がぐちゃぐちゃにかき回されているような感覚だ。


 お母さんとお父さんは恋愛結婚だったと聞いている。今でも娘の私が恥ずかしくなるほど仲がいい。

 普段はぼさぼさの頭をして、ダサい黒縁眼鏡をかけた挙句に、クタッとしたスーツを着て出勤するお父さんはどっからどう見ても、くたびれたオジさんだ。

 私立の高校教師をしているけれど、うだつかあがらなくて、隣の高校に通っている私の耳にまで授業は面白いけど、ビジュアルが酷すぎると伝わってくるほどだ。

 けれど、実はうちのお父さんは、家族の贔屓目ではなく、テレビで人気の俳優さんよりも整った顔立ちをしている。

 キチンと前髪を上げて、素顔をさらせばきっとあの子達だってそんな陰口は叩かないはずだ。

 なにしろ迫力があるから、一度見たら忘れられない格好良さなんだ。私の自慢のお父さんだから、陰口を叩かれる度に相手を殴りたくなるのを押さえていた。でも、女子高生にお父さんの顔は毒かもしれないと思うから、我慢しているのだ。


 家族だと思っていた巽もそうだ。兎に角迫力があるとしか言いようが無い。意思の強さがはっきりでている、キリッとした眉に、切れ長の瞳。日本人離れした高い鼻梁に、引き締まった大きな口元。大げさではなく、町を歩けば振り向かない人なんていない。

 四十代の半ばを過ぎているはずなのに、微塵もそんな様子は伺えなくて三十代前半といわれれば素直に頷いてしまうと思う。

 これは、お父さんにもいえるけれど。二人で歩けばタイプが違うのに色気を振りまきまくっている共通点からか、未だにナンパされまくっている。

 おかげで、お母さんの存在感が薄いとしかいいようがない。母は本当に普通の『平凡な主婦』の鏡みたいな人だ。

 常にうちの中を整えて、自分の事は二の次。めったに外出もしない。買い物やレジャーなんかはいつもお父さんと巽が連れて行ってくれて、お母さんが一緒に来る事は少なかった。


 あんなんで人生なにが楽しいのか理解に苦しむ。

 お母さんみたいには死んでもなりたくはなかった。

 だいたい、お父さんもお母さんの何処がよくて結婚したのかよくわからない。

 巽だってそうだ。お母さんが好きな事は確かだと思うけれど、何故?と思い理由が思いつかない。


 だけど、幼心にお母さんはお父さんと巽の特別なんだってことは分かっていた。

 お母さんの名前は晶なのに、お父さんも巽も「きら」って呼ぶんだ。

 私が巽のこと呼び捨てにしても怒らないのに、お母さんのことを「きら」と呼ぶとやんわりとたしなめられた。

 お父さんと巽以外の人は名前で呼んでいるから、多分「きら」は特別な呼び名なんだ。それはいつでも私に疎外感をもたらした。


 巽がお母さんのことを好きだと知ったあの夏の日から、私はなんとなくお母さんと上手く話せていない。

 よく分からないモヤモヤが私の中で渦巻いているから。


 巽が時折見せる、母を見る眼差しが苦しかった。それは大抵お母さんが巽を見ていないときで、私は無性に腹が立つんだ。

 お腹に溜まった怒りは、吐き出すことが出来ずにいて、もうそろそろ限界だった。


 そんな私の気も知らないで、毎日のほほんと暮らしているお母さん達がうっとうしかった。

 

 のんびりとした風景、人のいい噂好きの隣人達。本当に、なにもかもがイライラする。


 力任せにダンッと地面を蹴ると軽い痛みが足に走った。

 同時にポタリと頬に水滴が落ちてくる。

 雨かと思い、上を見上げれば、空が黒い雲に覆われて生暖かい風が通り抜けていった。

 点々と黒い染みが地面につき始めたと思ったらザーッと大きな音と共に大粒の雨が降りだし、頭上で雷が大きな音を立てた。

 濡れてしまうと、慌てて本殿のひさしの下に逃げ込む。

 この雨と雷が、まるで私の心を反映しているようで、イラつく内心を止める事も出来ず、唇を噛みしめた。

 

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