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奏さんが、巽が帰ってきたことに気付いたんだ。
何故かしらないけれど、奏さんはうちの両親と巽が好きみたいだから。
巽にどんな無茶な命令されてもニコニコと笑顔で聞いてるし。
…………あれ?WINDYの社長を顎で使うって、駄目じゃないか?
巽なんてただの会社員なのに。
そんな事を考えながらリビングの扉を祈るように見ていた。
だけど、扉から顔を出したのは蒼だった。
…………奏さんにつられて連れて来ちゃったけど巽に紹介ってやっぱり彼氏って紹介するの?
このオカマを?
うわぁ、嫌だなそれ。
思いっきり顔をしかめると、扉を開けた蒼とばっちり目が合ってしまった。
「柚?気に入らなかっ・・・・・・あっ、こんばんわお邪魔してます」
外面仕様の蒼がまるで爽やか青年のように微笑んでぺこりと巽に頭を下げた。
「誰?」
うわぁ、機嫌悪そうな声が。
さらに後ろ見たくないよ。
なんか黒いもの感じるもん。
巽の不機嫌さがまるでわかっていないかのように、蒼は笑みを深めて自己紹介をした。
「突然お邪魔して申し訳ありません。柚さんとお付き合いさせていただいている、和泉といいます」
たっぷり三十秒、巽は無言だった。
後ろでカオスが繰り出されてるよ。
もう、絶対怒ってる。
「柚と?」
ほらっ!声に怒りがこもってる!
蒼は巽を気にせずに私に近寄ると、私をの肩に手を置く。
「で、俺がいない間になんで家に上がりこんでるんだ?」
「あぁ、奏さんが私の初彼を御祝いしてくれるっていうから」
「柚、お前こっち向け」
「嫌だ」
巽に笑われたら立ち直れないんだって。まぁ、今はなにかに怒ってるみたいだけど。
蒼は私の肩に置いた手に力をいれる。そっと伺いみれは、顔は笑ってるけど、目が何が気にくわないのかと聞いていた。
あぁ、この短時間で、蒼の表情で言いたいことが分かるなんて私どうしちゃったんだろ。
蒼を拗ねさせても、面倒くさそうだし。
巽に笑われるか、拗ねた蒼にぐちぐち言われるか。どっちにしよう。
いや、ここは笑われておこう。
今はご機嫌ななめだから、笑われないかもしれないし。
そう心を決めて、ゆっくりと私は振り返った。
あぁ、不機嫌な巽の顔が見える。
「……………………なんだ、お前その顔」
「なにって、蒼にメイクしてもらった」
「お前、ついさっき、料理やら家事ができる男捕まえるって言ってなかったか?本当にお前の彼氏か?」
すっするどい突っ込みいただきました。
だって今さっき出来た、彼氏だもん。
笑われなくて良かったけど。
「それなら、俺さらに合格ってことだね?掃除も料理も得意だからさ」
えっ!やっぱりオカマさんってそうおうの得意なの?!
肩から腰に滑らかに移動していく手が気になりつつも、蒼の発言に驚いた。
顔が綺麗で、料理も掃除も出来てメイクも完ぺき。
………………あぁ、そうか。黙ってるだけで女装はきっともう隠れてしてるんだな。
そうにちがいない。
ほんとなんで男の格好にこだわってるんだろ。
私に微笑みかけるその様子は完ぺきに男の人なのに。
「柚、なんか失礼な事を考えてるよな?後で覚えてろよ。だけど柚でかした!」
耳元で蒼が巽に聞こえないように囁いた。
失礼なことなんか考えてないよ。事実の追求だよね。でもでかしたって何が?
だいたい、自分のうちからなんでフルメイクセットが持ってこられるのよ。
自分でメイクしてる以外に答えないじゃないか。
「あぁ?ふざけんな。ウチの大事な娘なんだ。そうですかって付き合いなんか認められる訳がないだろうが」
あっ巽!忘れてた。
巽の手が伸びてくるけれど、その手が私に触れることはなかった。
グイッと蒼は私の腰をさらに引き寄せ、くるりと反転するとリビングに向かって歩きだす。
「おいっ!こら!俺の話は終わってねぇ!」
「ちょっとだけ、失礼します。柚に話があるので」
慌てる巽を玄関に残して、素早く蒼は私を部屋に押し込んだ。
と、思ったらそのまま勢いよく抱きついてきた。
なっなっなにーー!
「柚っ!柚っ!アンタ、最高!!でかしたわ!!」
耳元で歓喜の叫びを小さい声で繰り返す。
おっオカマだけど、男の人に抱き締められてる私!
ガッシリとした胸板や、鼻をくすぐる香りに頬が熱くなってくる。
お父さんや巽とはまた違う、感覚に心臓がドキドキいい始めた。
どうしたらいいのか、分からずに戸惑っていると、ハイテンションのまま勢いよく体を離して今度は私の両手を握って大きく上下にふりはじめた。
「ちょっと、蒼!なにがどうしたの?」
「愁いの君よ!」
蒼の口から飛び出した言葉は全く意味が理解できない。それでも興奮してる蒼はそのまま話を続けた。
「だーかーらー!愁いの君は、アタシの憧れの人なのよぉぅ!」
うわっ!なんか聞きたくない展開になってきたぞ!
「毎朝、駅までの道すがら愁いをおびたお顔で歩いてらっしゃるのよ。もう、毎日素敵なそのお姿を見なければ朝が始まらないといっても過言ではないわ!」
まるで舞台に立っているかのような、その口振りに、蒼の立っている場所をスポットライトが照らし出してるように見えた。
あぁ、一人芝居モードでしょ。これ。
愁いの君ってネーミングセンスも酷い。
ネーミングセンスだけは恵まれなかったんだな、うん。
「柚、ちょっと聞いてる?アンタ、協力しなさいな。愁いの君にアタック開始よっ!!」
盛り上がって拳を突き上げる蒼に、唖然としながら頭の中を整理する。
この状況、この台詞。
間違いなくこの、愁いの君って巽のことだよね?
と、思った瞬間にブハッと吹き出した。そのままおなかを抱えてベットに崩れ落ちる。
うわっ!あり得ない。
うっ愁いの君っ!!
巽の何処が愁いをおびた表情してるってんだよ。
全然悲しそうじゃないし。
むしろ偉そうだし。
イメージがあり得なさ過ぎて笑える。
ヤバ、可笑し過ぎて涙が出てきたよ。巽がっ巽が…………もう、駄目、笑い死ぬ。
ベットに転がって九の字になって笑っていると、目の前に突然、ドンと拳を握った手が落ちてきた。
その勢いでベットが揺れる。
同時に低い声が結構間近で聞こえてきた。
「アンタ、アタシを馬鹿にしてるの?それとも愁いの君を馬鹿にしてるの?はっきりなさいな」
おぉっ!ドスの効いた声が!
まだ、笑いが収まらなくて、ヒーヒーいいながら仰向けになると、蒼が私を見下ろしていた。
口を尖らせて、ドスの効いた声を出していても拗ねてるように見えて全然恐くない。
だって頬が赤いんだよ。
自分でもネーミングセンスが恥ずかしいと見た。
「だって、巽、全然愁いおびてないし。…………って巽の事でいいんだよね?」
私が軽く確認を取ると、蒼は目をキラキラさせる。
「あの方、お名前は巽様っておっしゃるのね?名字はアンタと一緒で橘でいいのよね?橘 巽様ね。男らしい素敵な名前」
夢見る乙女な蒼を見上げながら、つい笑が込み上げてきてしまう。
「違う、名字は相川だよ。相川 巽。だけど、駄目だよ。協力なんかしないからね」
「なんでよ。オネェに偏見あるの?!」
「偏見もなにも、巽ノーマルだし。それに巽だけは絶対に駄目っ!!」
偏見とかそういう問題じゃないよね。自分の想い人をわざわざオカマに差し出すなんて馬鹿な真似するわけないじゃないか。
ふふんと、蒼はちょっと顎を上げて笑う。その目つきがなんか腹が立つ。見下されてるというか、見透かされてるというか。
「アンタ、イヤにあっさりとアタシの彼女役引き受けたと思ったら。ふーんそゆこと」
ニヤリと釣り上がる蒼の唇に、私は悪寒を覚える。
「なっなにが、そゆこと。なのよ」
「アンタも報われない想い抱えちゃってるのねぇ。伯父と姪じゃねぇ」
ぐわっ!ばれてる。
これだから勘のいい奴は!
気付かなくていいのにっ!!
「何、馬鹿いっちょるの!そんなわけなか。蒼が脅しよるからっ」
「方言、出てるわよ。ふぅーん、アンタ動揺したり、図星さされると方言でるのね、しかもアンタの方言ちょっと変じゃなぁい?」
「変、言うなっ!どっちかっていうと住んでたトコが九州よりで、友達も九州出身と山口在住と大阪から転校してきた大阪人とで方言がごった煮になっちょるのっ!」
お父さんにも、なんちゃって方言言われたし。
友達と話をしていると移っちゃうんだもん。
でも、動揺すると方言っていやだ!直さなきゃ。
「あーあ。アンタ、ベットに横になるから。せっかく整えてあげた髪が崩れちゃったじゃないの」
そういいながら蒼が私の髪を撫でた
さらに近づく蒼にドキリとする。
あれ?この体制ってちょっと近すぎだよね…………。
覆いかぶさるようにベットに乗っている蒼に気付いて一気に恥ずかしくなる。
正直、蒼ってスキンシップが激しいよね。
オカマのはずなのに、ヤケに女馴れしているというか。
ガチャリ。
ピタリと見詰め合った私と蒼をまるで見透かしたように部屋のドアが開いた。




