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奏さんに無理に聞くのはやめて部屋に戻ると、蒼がまたもやクローゼットに入って服を見ていた。
顔つきが信じられないほど真剣だよ。
「蒼、コーヒー持ってきた。どうぞ」
「あら、ありがと」
蒼はサッとこちらを見ると手にしていた洋服を元にもどす。
私はベットの下から、小さい折りたたみが出来る机を取り出すと、足を広げてひっくり返した。
さぁ、コーヒー置く場所が出来た。
いそいそと女の子らしくコーヒーを置こうとした瞬間、蒼がクローゼットから鋭い声を上げた。
「馬鹿っ!アンタっ何してんのよっ!もうっ、ホントに信じられないわこの子。あり得ないったらっ!」
何を怒られているのか分からずに蒼を見ると、鬼のように眦が釣りあがっている。
「布巾っ!先に布巾もってらっしゃいっ!ベットの下にあった机を拭きもせずに口にするもの並べるんじゃないわよっ!」
「…………駄目なの?いいじゃん別に。コーヒーにホコリがつくわけじゃないんだし」
「つくわよ。置いたら埃が舞い上がるでしょうが。四の五の言わずにさっさと持ってらっしゃい」
その迫力に気圧されて私は、慌ててお盆をベットの上におろすと布巾をキッチンから持って来た。
差し出された蒼の手に布巾をさっと渡す。
蒼は素早く机を拭くと拭いた布巾を私の目の前に差し出した。
うわっ真っ黒。
思わず顔を引きつらせると、蒼は眉をしかめたまま、無言でコーヒーを机に並べ始める。
しまった、それこそ私がやらなきゃじゃない。
てか、さっき私口に出してないのに蒼、私の考えてることどうして分かったんだろう。
疑問を口に出す暇もなく、私はベットの前に座らされる。
目の前には、ハサミと剃刀を手にした蒼がにっこりと微笑んでいる。
てか、目が笑ってない!!座ってる!
逃げる間もなく私は顎をつかまれ、目の前に蒼の顔が迫ってくる。
「ふふふふふふふふっ。おとなしくなさいな。クリーム塗るわよ!アンタの場合産毛剃りからよ!やりがいあるわぁ」
その有無を言わせない凄みに私はなすすべもなく、ギュッと目を閉じる事しかできなかった。
しばらくされるがままに、なっていると不思議な感覚に落ちていく。
さっとブラシが頬を撫でていったり、蒼が私の顔に触れる度にくすぐったくて心がほっこりと暖かくなっていく。
気持ちがよくて、だんだんリラックスしてくる。
なんでこんなに蒼の手が気持ち良く感じるんだろう。
どれくらいそうしていたのか分からないけれど、さっとブラシが顔全体を撫でていって、唇の上を優しく蒼の指が滑っていく。
「はい、おしまい。次いくわよ、これとこれそれにこれを着なさい」
鏡を確認する間もなく、クローゼットから取り出された服を次々に渡されたと思えば、蒼はコーヒーカップを手にくるりと壁に向かって座った。
「アタシは後ろを向いてるからさっさと着替えなさいな。着替えたら仕上げに髪の毛セットしてあげるから」
そこは、部屋を出ていこうよ。
あきれて蒼の背中を見る。いくらオカマさんとはいえ男の人の前で服が脱げるかっボケッ!
のんびりとコーヒーを啜る蒼を問答無用で部屋の外に叩き出すと私は渡された服を着る。
………………これは、私じゃ絶対にしない組み合わせかも。
そう思いながら、蒼を部屋に呼び戻すと目を見開いて手を叩く。
「あら、まぁ、やっぱりアタシってばセンスあるじゃなぁい?」
自分で誉めてるし。
「ほら、仕上げよ。アンタ綺麗な髪質してるんだから、もっと手入れしなさいな」
櫛でとかす手つきも凄く優しい。
あっという間に髪をセットすると、最後にアンティーク調の造花をあしらったピンを止めてくれる。
「はい、出来上がり。うん、可愛くできたわよ。さすがアタシ」
どこまでも、自分を誉めるんだな。
「元がいいからだよ」
「まぁ、割合としては一割に満たないけどね、アンタの元の造作なんか、後の九割アタシの腕よ」
胸はっていったよこの人。
うっわームカつく。
「だいたい、自分の部屋に姿見もないような女に元がいいとか言われたくないわよ。さっさと見てらっしゃい」
だって、家を出るときに玄関の姿見見れば十分なんだもん。蒼は基本が失礼だよ。オカマさんって皆こんなに失礼なことポンポンいうのかな。
そう、思いながら部屋を出る。
「奏さん。支度終わったよ。巽どこまで買い物いったのかな、遅いよね…………………ってどうしたの?」
気づくと奏さんは、目を丸くして私を凝視していた。
「どうしたのって、こっちの台詞だよ。柚こそどうしたの?」
「変?蒼がやってくれたの。こういうの得意なんだって」
やっぱりさっさと鏡を見てこよう。
「とっても可愛いよ。そうしてるとやっぱりカズさんの娘だね。彼氏なだけあるよ。和泉君、柚に似合うもの良く分かってる」
彼氏は関係ないけどさ。だけど、そんな風にに言われると気になるじゃないか。
いそいそと玄関の姿見を見れば、その場で私は固まった。
…………ソコには、どう見ても女装したお父さんがいる。
何これ、何ナノこれっ!!
微妙に嬉しくないっ!
なんでお父さんなのっ!!
洋服も、クリーム色のふんわりとしたチュニックに細身のサブリナパンツ。淡い紫の花柄ストールを首に巻いて、髪留めと同じブローチで止めてある。そもそも、クリーム色と紫は私なら合わせない。
けれど、意外にマッチして、飾り気のないシンプルなチュニックを引き立てていた。
メイクはほんのりピンクで目が通常の2割増しで大きく見えてるし、全体的にくっきりとメリハリがついている。
髪の毛もまるで女優さんみたいに綺麗にまとめてある。
自分でやるとどうしても後れ毛なんかが出てきてしまって綺麗にまとまらないのに。
蒼って、凄い。
…………だけど、女装したお父さん。
がっくりと肩を落とすと、ガチャリと玄関が開いた。
巽が帰って来たんだ。
コレは、巽に笑われるかも。
化粧してお父さんにこんなに似るなんて洒落にならないよ。
とりあえず自分の部屋に逃げようかと、体を反転させるけれど、まぁ、この状況じゃ、巽のほうが早いよね。
逃げるより、巽に声をかけられるほうがはやかった。
「柚、お前どこのコンビ二行ってたんだよ。奏と会えたか?というか、こんなトコでなにしてんだよ」
振り向くな、振り向いちゃ駄目だよ私。
絶対に笑われるから、馬鹿にされるからっ!!
「うん、ちょっとね。奏さんとは会えたよ?今、リビングでコーヒー飲んでる」
よし、このまま自分の部屋までGOだ私っ!!
「よし、今日は鍋だぞ。ほら、これ台所に持っていけよ。そのくらいの手伝い出来るだろ」
振り向くの?顔そらして上手く体だけひねって受け取れないかな。
無駄な事だとは思うんだけど、御願いだから突っ込まないで欲しい。
そろりと少し体を捻って片手を差し出せば、ペシッと手を叩かれた。
「あんだよ。柚、なんでそっちむてるんだよ。なぁんか怪しいよな?こっち向いてみろよ。お前なに隠しているだろ」
…………勘のいい男は嫌いだ。
「いいから、早く荷物頂戴よ」
「あぁ?柚、俺が、こっちを、向けって言ってんだよ」
そんな声出したって、恐くないんだからっ!
巽の低い声にドキドキしながら、顔を見せないように、リビングの扉を見つめる。
巽にお父さんに似てるって笑われたら、さすがに立ち直れないよ私。
どうにか逃げようと頭をめぐらせていると、リビングの扉がゆっくりと開いた。




