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風車  作者: 藍月 綾音
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ぷろろ~ぐ

 その日は、夏バテで顧問が倒れてしまい、急遽部活が休みになった。だから、私はいつもより早く家に帰ることになったのだ。

 学校から家までは自転車で三十分の距離で、暑い日差しを避けるように日陰を選びながら自転車をこいだのを覚えている。額から滑り落ちるほど汗をかくのも、いつもの事だった。


 その頃も、今も、毎日同じことの繰り返しだ。


 田舎は娯楽が少ない。映画を見ることすら、車で一時間かかるというような具合で、私は毎日この生活から抜け出したくて、そして刺激を求めていた。

 だからと言って、あんな刺激は求めていなかった。

 今、あの時の私に言えることがあるならば、直ちに回れ右をして、学校へ引き返すなり、友達の家に遊びに行くなりして家に帰るなと伝えたい。


 その暑い夏の日。

 私は見てしまった。

 恐らくは見てはいけなかった。見ないほうが幸せだった。

 私のこの想いに気付かずに済んだ。

 報われない想いが本当に存在するなんて考えた事もないほど子供だったのに。

 なぜ、私はこの想いに気付いてしまったのだろう。


 私の恋は真夏の昼下がりに始まった

 それは決して叶う事のない恋。

 今でも世界中を探してもこんなに愛しい人はいないのに。


 私の想いは夏の暑さに溶けてしまえば良かったのかもしれない。


 その時、悪戯心をだしたのだ。家にいる家族を驚かそうと、音をたてないように、そうっとリビングに入っていこうとした。

 けれど、扉を開けようとした時、ガラスの扉越しに目に飛び込んできたものに、体の自由を奪われた。

 生まれた時から一緒にいて、私を育ててくれた人が、私の知らない男の(・・・・・・・・)顔で優しく微笑んでいた。

 蕩けるような微笑みは、相手の事を「愛おしい」そう思っていることを雄弁に語っていた。

 

 そしてそっと目を閉じながらキスを落とす。

 

 何度も何度も愛おしそうに。


 大切な宝物に触れるように。


 その空間だけ、なにかに切り取られた絵画のようで、そして、優しい想いが溢れているように見えた。


 ひとしきりキスを落としたあと、唇が言葉を刻む。

 声は出ていなかったけれどはっきりと分かってしまった。

 その唇は愛していると刻んでいた。


 見てはいけないものを見たんだと思い、震え始めた足を無理やり動かして、音を立てないように細心の注意をしながら玄関を出た私は、その場を走って逃げ出すしかなかった。


 なぜか頬には涙が次から次へと伝っていた。

 心臓がドクドクと大きく脈打ち、なにかに追われるように走った。


 裏切られた。


 その気持が一番大きかった。


 うちの家族は五人家族だ。

 私と弟と両親。

 それに何故か物心ついた時から一緒に暮らしてる叔父さん。

 母の兄で結婚もせずに、うちに居候していると父から聞いていた。

 その叔父のあんな表情を、生まれて初めて見てしまったのだ。


 なぜか頬を伝う涙に自分の感情が掴みきれなかった。

 けれど、答えはすぐにスルリと口から零れ落ちた。


 好きだったのに。


 叔父と姪が結婚できない事を知っていた。だからその時まで気付かないフリをしてた。


 けれど、あの蕩けそうな笑みを自分に向けて欲しいと思ってしまった。

 育ててくれた人なのに、家族愛が恋に変わってしまっていたのだ。



 ソレが初めて自覚した幼い恋心。



 想いを自覚した瞬間に、私の恋は砕け散ってしまっていた。

 叔父には想う人がいる。

 たとえ、そんな人がいなかったとしても、叔父と姪は結婚出来ない。

 近親者に抱く恋心は罪。

 それは子供の私でも理解している禁忌。


 だから、一時的なものなのだと、禁忌と呼ばれる想いは、すぐに消えるのだと思っていた。

 けれど、その想いは消えることなく私を侵食していく。

 

 そして、叔父の愛を受け取ることは一生ないであろう、その相手に激しい怒りを感じた。

 叔父にそういう意味で愛されていることを、きっと今も知らずにいるのだろう。

 鈍感で、能天気で、家族が皆仲良しで、幸せだと思いこんでいる、あの人は、とても残酷だ。


 叔父が、愛おしそうに見つめ、キスを落とした相手は。


 幸せそうにソファで昼寝をしていた、私の母だった。

 




 私が恋した人は母を愛する人でした。





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