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序章 deep forest

 とある森の中、ほんのわずかな星空と月明かりだけを頼りに一人の少年が土の踏み慣らされた地面を歩いていく。足取りは速いが、それでいて動きに焦りはない。

 町まで目と鼻の先の距離であるが、少年の周囲を取り巻く気配は消えなかった。

 うっそうと茂る木々の彼方からは何の鳥かも分からないさえずり、夜風にしなる枝葉がこすれ合い、魔物が棲んでいても何一つ違和感がないほど気味が悪い。

 旅人ならとうに切り株や根っこを枕に眠りについているし、町人ならばそもそもこんな時間に森を出歩きはせず、闇夜を喜ぶのは夜盗くらいしかいないだろう。

 少年はここを歩く理由があった。

 背中に差した剣とは別に左手に麻袋を持ち、中からはそれこそ夜盗が喜び勇んで飛び掛かってきそうな音がじゃらじゃらと聞こえてくる。

「おい、出てこいよ。衣ずれの音と気配でバレバレだぞ」

 やれやれといった風に足を止めて少年がいずこかへ叫ぶと、近くの木陰から屈強そうな男が数人出てきたのを皮切りに、遠くで様子を伺っていたのかさらに何人もの似た出で立ちの男たちがぞろぞろと湧いてくる。

「で、何の用だ? まさか『神のお恵みを』ってわけじゃねえよな」

 乞食にしてはあまりにギラついた目つきと、長剣や戦斧といった得物を携えて周囲を取り囲んだ男たちへ、酒場の店主へビールを頼むような気軽さで少年は声を掛けた。

 反応して一歩前に出たのは、夜盗の割には上等そうな服装に装飾品をやたらと身に着けた集団の頭領と思しき男。

「それこそお宅がよーく分かってんじゃないのか? 俺たちのねぐらをごっそり荒らしておいて、ただで帰れると思ってるんじゃないだろうな」

 言葉に合わせるかのように、頭領とは別の男たちが少年の行く手に立ち塞がる。

 少年は笑いもせず長めの前髪の間から男たちを見上げると、そこに誰もいないかの如く隙間を縫って先を急ぎ始めた。

「おい、待てコラ……あ?」

 男が振り返って少年の肩を掴んだ途端足が地から離れ、情けない声を上げた。

 少年は抵抗をなくした男の体に勢いをつけて後頭部から地面へ叩きつけると、驚いていた残る二人も叫ぶ間も与えず拳で顎を打ち抜き、体を反転させて残り一人の足を払ってすぐ隣の太い幹に顔面からぶつけて片づけてしまう。

 男の前歯は数本折れ、幹から伝わった振動で木の葉が何十枚と舞い落ちた。

 たった今まで少年がいたはずの場所には、彼が持っていた麻袋しか落ちていない。

「てめえ、どういうつもりだ!」

「どうもこうもねえよ!」

 集団が身構えた時には既に、少年は数メートル先にいたはずの頭領の懐まで距離を詰め、剣を抜きざまに振り下ろして無防備に露出した右肩を斬りつけた。

「ぐあっ!」

 戦斧を取り落としてふらついた男を容赦なく地面に押し倒し、無傷の左手も素早く踏みつけると少年は左手に剣を持ち替える。

「あっ、てめえ……」

「動くな! 動くとこいつの首が飛ぶぞ!」

 ようやく周囲が反応したがもう決着はついていた。身を起こしかけた男の首筋に片刃の剣を突きつけ、苦悶の表情が磨き抜かれた剣の横顔に映った。

「わ、悪かった。もうあんたには手出ししない。部下も下げるから勘弁してくれ……」

 肩を斬られ後頭部を強打し、視界すら覚束ない様子の男が白旗を上げる。

 少年が総意を確かめるように周りに目をやると、頭領の手振りに合わせて一斉に距離を取った。地に伏したままの頭領が心配なのか、皆怪訝とも怯えとも取れる表情で二人を伺っていた。

「いいだろう。今回の仕事にお前らの命は入ってない」

 足をどけて地面から剣を抜き、数歩下がった少年に頭領がゆったりと体を起こしてから血を流す右肩を押さえつつ問い掛ける。

「なあ、あんた何者だ? 身のこなしが普通じゃねえ。まさか騎士様じゃねえよな?」

 布で拭った剣をしまって少年は顔を上げ、茶色を帯びた前髪が風になびく中で瞳を頭領に向けて、はっきりと言った。

「セイム=ワドル。ただの傭兵だよ」

 森に静けさが戻り、再び麻袋を拾って歩き出す。

 男たちはしばらく足一つ動かせず、闇に消える少年をただ見つめていた。



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