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フィーカスのショートショートストーリー

安産祈願

作者: フィーカス

 ある夫婦ではなかなか子宝に恵まれず、昨年ようやく妊娠したと思ったら死産だった。

 今年、再び身ごもった妻は、今度こそ無事元気な赤ん坊が産まれるよう、友人の紹介で安産祈願をすることにした。


 自宅から車で二十分ほどで、友人の知っている祈祷師がいる神社の入口の階段までやってきた。

 百段ほどある石段は、思い切りダッシュすれば良いトレーニングになりそうなほど急な勾配だった。妻の身重な体にはなかなかきつい道のりだが、妻はわが子のためと必死に登る。

 

 夏の暑い日だったが、神社の入口の木々のおかげで、幾分かは暑さが和らぐ。それでも、長い石段を一段、また一段と上るたびに汗が吹き出てくる。

 途中、水分を取りながら、あるときは友人に手を引いてもらいながら、何とか石段を上りきる。すると、まずはコケが足元にびっしり生えた朱色の鳥居が出迎えてくれ、続いて開けた広場の中に大きな建物が見えた。

 神社自体はかなり古いものの、地元住人が毎回掃除をしているらしく、こぎれいな印象を受ける。普段なら地面に散らかってそうな落ち葉やゴミも、ほとんど見当たらなかった。


「ようこそ、いらっしゃいました。こちらへどうぞ」

 神社の前では、いつから待っていたのか、友人の知り合いの祈祷師と思われる、巫女服姿の老年の女性が立っていた。

 妻は祈祷師に招かれ、神社の中に入った。


 神社の中は、外見の印象とほぼ変わらず、畳や壁はきれいに清掃がいきわたっていた。ただ、壁が変色していたり、梁が黒ずんでいたりするところを見ると、建物の年代を感じる。

 祈祷師は部屋の奥にある、神棚の前に置かれている木製の机の前に立つと、妻と友人のほうへ振り向き、準備してあった座布団に正座するように指示をした。

 妻は辛そうだったが、友人の補助を受けながら、何とか座布団に正座した。


 祈祷師も机の前で正座をすると、奥の部屋から弟子と思われる若い巫女服の女性二人が、榊の枝を挿した徳利と何枚かの紙、それと筆ペンを持ってきて、机の上に置いた。

 準備が整うと、その巫女服の女性たちも机の両端にそれぞれ正座をした。

「それでは始めますぞ。奥さんは、子供が無事出産されるイメージを頭に思い浮かべ、わしの言葉を聴いていなされ」

 そう言われ、妻は自分のおなかから、元気な産声を上げる赤ん坊の姿を想像した。

 一体どちらにそっくりなのだろうか、かわいい子だといいなぁ。かわいい服を着せて、背中に負ぶって近所の奥さんの輪に入って、そうそう、名前も決めないと。

 そんな幸せな産後ライフを思い描いていると、突如祈祷師が叫び始めた。


「15!」

「48!」

「196!」


 瞑っていた目をちらりと開くと、祈祷師が机の上の紙を見ながら声を上げていた。

 なんとなく、徐々に数字は大きくなっている気がしたが、しばらくすると、その声の間隔がどんどん開いていく。


「むむ……600!」


 またしばらく開いて、


「うむむ……1166!」


 と、次第に何かに悩むような声が強くなる。


 ふと、一枚目の紙がぴらりとこちらに飛んできた。祈祷師は気づかずに別の用紙を見つめているところを見ると、こちらの紙にはもう用は無いようだ。

 妻がそれを見ると、なにやら数式が書いてある。


「7+8」

「6×8」

「14×14」

「122+181」


 最初のほうの数式の答えは、祈祷師が始めに叫んでいた数字と一致している。

 数式は徐々に難しくなっていき、電卓を使わないとできそうにない二桁の掛け算まで絡むようになってきた。


「75×8」

「56×21」


 祈祷師の数字の叫びが続く中、こっそり友人に耳打ちした。


「一応聞いておくけど、これは何をしているの?」




「もちろん、安産(暗算)祈願さ」




 その後、妻は難産の末に無事出産することができた。あれは難算祈願ではなかったのではないだろうか。

 なんか、良く思いつきそうな駄洒落なんですけどね。まあ、ショートショートって、えてしてこんなものだと思うのです。


 ああ、ちなみに何故難産になったかって?

 もう一度読み返したらわかる……かも?

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