第35話「全員の朝」
五十日目の朝、廊下の掲示板に一枚の紙が貼ってあった。
「本日:月次全体確認 集合場所:中央廊下 時刻:開店前」
秩序ちゃんの筆跡だった。几帳面で、傾きがない。
好代は掲示板の前で少し止まった。
においを確認した——確認しようとする前に、全員分のにおいが来ていた。三十一人分が同時に。ぱんでむ全体が今日はにぎやかだ。厨房のにおい、訓練場のにおい、フロアのにおい、ダンジョンの入口のにおい、全部が同時に来ている。
自分のにおいと、ぱんでむのにおいが、同じ場所にある。
昨日からそうだ。今日も同じだ。棚がない。全部が既に来ている。「バーガーが好き」という感触だけは変わっていない——それだけを確認して、好代は廊下を歩き始めた。
第一章「運営本部」
◆渾沌ちゃんが仕切る
廊下の先からリビング・オブ・カオスの方向に、渾沌ちゃんのにおいが来ていた。
黒赤のにおい——破壊と創造が混ざった、にぎやかなにおい。今日はいつもより少し前に出ている。何かをしようとしている感触だ。
好代が廊下を歩いていると、渾沌ちゃんが振り返らずに言った。
「来るの遅い」
「掲示板を見ていました」
「集合は今から!全体確認は私が仕切るんだから、早く来なさいよ」
好代は少し止まった。
「渾沌さんが仕切るんですか」
「当たり前でしょ」と渾沌ちゃんが振り返った。黒赤のツインテールが揺れた。「私が店長なんだから」
これからも、渾沌ちゃんは店長だ。それが渾沌ちゃんだ。
好代は少し嬉しかった。
◆秩序ちゃんの役割分担
中央廊下に来ると、秩序ちゃんがすでに定位置に立っていた。書類の束を抱えている。いつ来たかわからない。
「おはようございます、好代さん」
「おはようございます」
「今日の出席確認をお願いできますか」と秩序ちゃんが言った。「私が月次記録を読み上げている間、誰が来ていないかにおいで確認してほしいのです」
実務を振ってくれる。これからも、秩序ちゃんは同じように仕事を振ってくれる。
「わかりました」と好代は言った。
秩序ちゃんが「……ありがとうございます」と言った。珍しく、少しだけ声が柔らかかった。
◆理性ちゃんの一言
廊下の奥から、緑紫の和装の小さな人影がゆっくり歩いてきた。
理性ちゃんだった。
好代の前で立ち止まった。少し顔を上げた。
「……昨日はよく眠れたか」
「眠れました」と好代は言った。
「そうじゃな」と理性ちゃんが言った。それだけだった。
でも——理性ちゃんが「よく眠れたか」と聞いた。
長い時間を生きてきた者が、「眠れたか」と聞く。その一言の重さを、好代は自分の中のどこかに置いた。
第二章「実力行使班」
◆摩天ちゃんの次の仕事
中央廊下に実力行使班が集まっていた。全員がそれぞれの場所に立っている。壁に。柱の脇に。廊下の端に。
摩天ちゃんが壁に立って腕を組んでいた。
好代が来ると、うなずいた。
「今日の午後、ダンジョンに行く」
全体確認の場でいきなり次の仕事の話をする。それが摩天ちゃんだ。
「わかりました」と好代は言った。
「今日は浅い区画だ。感覚を確認する」
「確認とは」
「棚がなくなった体で、ダンジョンのにおいをどう感知するか。お前にしかわからない。だから一緒に行って確認する」
正確だった。摩天ちゃんはいつも正確だ。
◆流焔ちゃんの感知
流焔ちゃんが好代のそばに来た。虎耳が動いている。においを嗅いでいる。
「あー、今日も全部外に出てる感じする」と陽気に言った。
「昨日と同じですか」
「うん、でも——今日の方が少し広い気がする。昨日より広がってる」
「広がっていますか」
「うん」と流焔ちゃんが言った。少し考えた。「燃え方が変わった感じ。昨日より、大きく燃えてる。でも静かに」
好代はその言葉を受け取った。昨日より広がっている。静かに大きく燃えている。
自分ではわからないことを、流焔ちゃんが感知してくれる。
◆瑠志ちゃんの確認
瑠志ちゃんが好代の前に来た。茶赤の髪。格闘家の体格。目が静かで鋭い。
一秒、好代を見た。
「……今日、一緒に行きますか」
「摩天さんと一緒に行く予定です」
「なら問題ない」と瑠志ちゃんが言って、定位置に戻った。
問答無用ではなく、問答して答えが出たら動く。それが今の瑠志ちゃんだ。
◆世達ちゃんの報告
世達ちゃんが書類を抱えたまま来た。黒いスーツ。眉間に少しだけ皺が寄っている。いつも通りだ。
「外業務の記録名義について、先日の確認通り進めています」と言った。
「ありがとうございます」と好代は言った。
世達ちゃんが少し間を置いた。
「……今日も残業になりそうですが」
「……すみません」
「好きなのでいいです」と世達ちゃんが言った。
それだけだった。でも「好きなのでいい」という言葉が、好代には少し温かく来た。以前、記録室で秩序ちゃんが言っていたのと同じ言葉だった。
◆瑠倫ちゃんの天気
廊下の端の天井から声が響いた。
「フォッフォッ。今日は天気が良いのう」
瑠倫ちゃんだった。天候を操る隠居賢者。ぱんでむに天気はないはずだが、瑠倫ちゃんには何かが見えるらしい。
「どんな天気ですか」と好代は聞いた。
「外が澄んでおる。渋谷が晴れておる」
好代は渋谷のにおいを確認した——確かに、少し明るいにおいがした。晴れた日の路地のにおい。石畳が乾いている感触。
「……晴れていますね」と好代は言った。
「お前が外を歩くと、渋谷が少し明るくなるのう」と瑠倫ちゃんが言った。「フォッフォッ」
第三章「接客・感情班」
◆郷愁ちゃんのお茶
接客・感情班が廊下の一角に集まっていた。
郷愁ちゃんがすれ違いざまに言った。
「後でお茶を飲みに来なさい」
いつも通りの言い方だった。でも今日の声は少しだけ、いつもより静かだった。
「……行きます」と好代は言った。
郷愁ちゃんがうなずいて、ピンクと白の制服のまま歩いていった。
好代は郷愁ちゃんのにおいを確認した。
懐かしいにおい。帰れない場所のにおい。そのにおいの奥に——千姿の記憶の中に、似たにおいがあることを、好代は知っている。でも今日は言わない。お茶を飲みに行く時に、少しだけ近づくかもしれない。
◆懺悔ちゃんの評価
懺悔ちゃんがバーガーを食べながら来た。クマ耳が揺れている。オッドアイが好代を見た。
もう一口食べた。
「……おいしそうなにおいになった」
「おいしそうですか」と好代は言った。
「うん」と懺悔ちゃんが言った。「ぱんでむがおいしいのと同じで、おいしそう。ぱんでむのにおいがするから」
好代は少し考えた。
「……ありがとうございます」
懺悔ちゃんが「……どういたしまして」と言った。それからもう一口食べた。懺悔ちゃんにとって「おいしそう」は最上の賛辞だと好代は思っている。
◆妄執ちゃんの感触
妄執ちゃんが扇子を持ったまま近づいてきた。黄と黒の美人。目が細い。
「……以前は「近づきたい」と思っていましたが」と妄執ちゃんが言った。
「以前は、ですか」
「今日は——もうここにいる感触がします。近づく必要がない」
好代は少し驚いた。妄執ちゃんがそういうことを言うとは思っていなかった。
「……そうですか」
「そうです」と妄執ちゃんが言った。扇子を少し開いた。「今まで「独占したい」と思っていた相手が——空気のように遍在しているなら、独占という概念が意味をなさない」
「……それは、いいことですか」
妄執ちゃんが少し考えた。「……悪くないと思っています。今は」
◆涅槃ちゃんの「面白い」
涅槃ちゃんがダウナーな声で来た。黒と紺の服。死を愛するボクっ娘。
「……好代ちゃん、死ななかったね」
「死にませんでした」
「……そっか」と涅槃ちゃんが言った。少し間を置いた。「死ぬより面白いことになったね」
死を愛する子が「面白い」と言った。
「……そうかもしれないです」と好代は言った。
涅槃ちゃんが「……うん」と言った。それで満足した顔だった。
◆安寧ちゃんのぽかぽか
安寧ちゃんが紫黒の猫耳を揺らしながら来た。
「すきよちゃんにおいかわったー!」
「変わりましたか」
「ぽかぽかする!ぱんでむがぽかぽかする感じ!わかんないけどわーい!」
安寧ちゃんには細かいことはわからない。でも温かくなったことはわかる。安寧ちゃんにはそれで十分だ。好代にも、それで十分だった。
◆空無ちゃんの手
空無ちゃんがふわふわと近づいてきた。白とピンクのウサギ耳。幼女の外見。でも全てを包み込む母性がある。
好代の頭を撫でた。
何も言わなかった。
少ししてから「……大きくなったねえ」と言った。
何が大きくなったかは説明しなかった。好代も聞かなかった。撫でられている間、好代は少し止まっていた。
◆無常ちゃんの観察
無常ちゃんがオレンジと緑の制服で来た。状況に合わせて変化する常識人。
「フロアが変わってきた気がします」と言った。
「悪い変化ですか」
「悪くないです」と無常ちゃんが答えた。「広がった感触です。今まで「来てもらう場所」だったフロアが、少し「届けに行く場所」になってきている」
正確だった。無常ちゃんはいつも正確だ。
「……気づいていましたか」
「気づいていました」と無常ちゃんが言った。「悪い変化じゃないと思っています。フロアが広がるなら——それはいいことです」
第四章「調理・神秘班」
◆輪廻ちゃんの境目
調理・神秘班が廊下の別の一角にいた。全員が思い思いの場所に立っている、というよりいる。
輪廻ちゃんが開口一番に言った。
「においが変わった」
水色と赤の入り混じった髪。白衣の袖から縫合跡が見えている。輪廻ちゃんはいつも変化を最初に言葉にする。
「どう変わりましたか」と好代は聞いた。
「自分と外の境目がない感じ。でも——」と輪廻ちゃんが好代を見た。「好代ちゃんのにおいは変わってないよ」
「輪廻ちゃんのにおいも変わっていないですよ」と好代が返した。
輪廻ちゃんが「……それ、いいことなの?悪いことなの?」と聞いた。
「いいことだと思います」
「……じゃあいい」と輪廻ちゃんが言った。それで終わりだった。輪廻ちゃんはいつも、これくらいあっさりしている。
◆万寿ちゃんの評価
万寿ちゃんが紺紫の長い髪を揺らしながら来た。
好代のにおいを嗅いだ。しばらく嗅いでいた。
「……美しい変化ね」と言った。
「美しいですか」
「ええ」と万寿ちゃんが言った。「死と生の境界が溶けた感触のにおいがする。それは——とても美しい」
万寿ちゃんにとっての最上の評価だった。
「……ありがとうございます」と好代は言った。
万寿ちゃんが少し首を傾けた。「いつか、ゆっくり話を聞かせてほしいわ。あなたが見ている世界の話を」
「いつか」と好代は言った。「話します」
◆幽玄ちゃんが見るもの
幽玄ちゃんが遠くから見ていた。黒灰の髪。目に×印のようなくま。近づいてこなかった。
でも好代が視線に気づいて見ると、幽玄ちゃんが言った。
「……好代ちゃんの後ろに、たくさんの層が見える」
「何の層ですか」
「時間の層。においの層。前の人間の層。全部が重なって、好代ちゃんになってる」
幽玄ちゃんが少し首を傾けた。
「……きれい」
好代はそれを受け取った。幽玄ちゃんが「きれい」と言う。幽玄ちゃんには見えているものがある。好代には見えない自分の層が。
◆憂起ちゃんの「いいな」
憂起ちゃんが壁のそばにいた。黒白の服。首元に白いチョーカー。
好代が近づいた。
「……ここにいますか」と憂起ちゃんが聞いてきた。
「ここにいます」と好代は言った。「でも、他のところにもいます」
憂起ちゃんが少し考えた。
「……ここにいながら、他にもいられるの?」
「そうみたいです」
「……いいな」と憂起ちゃんが言った。
いつもより少し大きな声だった。憂起ちゃんが「いいな」と言う——その言葉の重さを、好代は少し感じた。ずっと「ここにいるかどうかわからない」と感じてきた子が、「いいな」と言った。
◆夢幻ちゃんの興味
夢幻ちゃんが水色と緑の服で来た。小悪魔めいた笑顔。
「今の好代ちゃんに夢を見せたらどうなるか、ちょっと興味あるんだけど♡」
「実験はやめてください」
夢幻ちゃんがくすくす笑った。でもその笑いの奥に、少し違うものがあった。
「……夢と現実の境目、もう気にしてないでしょ」
「どちらも本当になりました」と好代は言った。
夢幻ちゃんが「……そっか」と言った。渾沌ちゃんと同じ言葉だったが、温度が違った。夢と現実の境界を扱う子が「そっか」と言う——それは夢幻ちゃんにとっての最大の共感に近かった。
◆黄昏ちゃんの「まだある」
黄昏ちゃんが赤黒の服で来た。終末を告げる子供。
「……終わったのにまだある」と言った。
「前が広いので」と好代は言った。
黄昏ちゃんが少し考えた。
「……終わりがないなら、終わりを告げる子がいなくていいのかな」
「黄昏ちゃんにも、まだやることがあると思います」
「……そうかな」
「そう思います」
黄昏ちゃんが「……そっか」と言った。少し明るい声だった。終末を告げる子が「そっか」と少し明るく言った。好代はその変化を自分の中のどこかに置いた。
◆ニ諦ちゃんの保留
ニ諦ちゃんが包み紙を持ったまま来た。
「……次の予言も出ていますが、今日は言いません。その時が来たら言います」
「わかりました」
「……悪い予言ではありません」と言って、包み紙をたたんで去った。
ニ諦ちゃんはいつもそうだ。言うべき時に言う。言うべきでない時は言わない。それが予言者の仕事だ。
◆悲醒ちゃんの「おめでとう」
悲醒ちゃんが巫女服で廊下の端に立っていた。氷狐の巫女。暴走を冷気で清める子。
好代が近づくと「……好代さんのにおいが広すぎて、感知しようとすると全部来るので少し騒がしいです」と言った。
「すみません」
「謝らなくていいです」と悲醒ちゃんが言った。「ただ、少し距離を置かせてください」
「わかりました」
それから少し間があった。
悲醒ちゃんが静かに言った。
「……おめでとうございます」
好代は少し驚いた。
「……ありがとうございます」
悲醒ちゃんがうなずいた。それだけだった。でも悲醒ちゃんが「おめでとう」と言った。それが好代には、思っていたより重かった。
第五章「外商班」
◆彷徨ちゃんが遅れてきた
外商班が全体確認の場所の少し外側に集まっていた。
全員そろっているか確認していると——廊下の角から息を切らした声が来た。
「あれ、ここ廊下だったっけ」
彷徨ちゃんだった。茶白の大きな体格。方向音痴の旅人。遅れてきた。
好代を見て「あ、すきよちゃん!なんかにおいかわった?」と言った。
「変わりました」
「どこに行ってたの?」
「扉の向こうに行きました」
「そっかー!帰り道わかった?」と彷徨ちゃんが言った。
「わかりました」と好代は言った。
彷徨ちゃんが「えらい!私はいつも迷子になるのに!」と言った。
帰り道がわかること。彷徨ちゃんにとってそれが最大の評価だった。好代は少し嬉しかった。
◆至誠ちゃんの「命にかえても」
至誠ちゃんが馬耳をきりっと立てて来た。緑と赤の制服。献身的な運び屋。
「好代さん、本日より私のお届け先に追加させてください」と言った。
「追加、ですか」
「千姿として外を歩けるなら、私が届けていた先に好代さんも行けるようになる。一緒に行けますか」
「……一緒に行けますか」と好代が聞くと、至誠ちゃんの目が少し輝いた。
「命にかえても!」
「命にかえなくていいです」
「……承知しました。でも命にかけてもいいくらい、お届けしたいです」
至誠ちゃんはいつもそうだ。それが至誠ちゃんだ。
◆憧憬ちゃんのオーラ
憧憬ちゃんが黄とピンクのアイドル衣装で来た。瞳に星。
「わあ、すきよちゃんオーラ変わった!ステージが大きくなった感じ!」
「ステージ、ですか」
「うん!どこでも見える感じ!みんなの視線をいただきっ☆って感じの広がり方!」
「どこにでもいるから、どこでも見えるということですか」と好代が聞くと「そう!」と憧憬ちゃんが答えた。
正確だった。憧憬ちゃんはいつも感覚で正確なことを言う。
◆真意ちゃんの確認
真意ちゃんが片目を隠した顔で来た。黒赤の探偵。
「論理的に確認させてください」と言った。
「はい」
「好代さんは今、何者ですか」
「好代です。でも千姿でもあります」
「矛盾しませんか」
「しないと思います」と好代は言った。
真意ちゃんが少し考えた。少し長く考えた。
「……矛盾しない可能性の方が高いと私も思います」
断定しなかった。
真意ちゃんが断定しない案件は、今まであまりなかった。好代はそれを自分の中のどこかに置いた。
◆冥理ちゃんの「本物」
冥理ちゃんが黒茶のマジシャン衣装で来た。
「タネも仕掛けもございません——といいたいところですが」と言った。
「今回は」
「今回はトリックが見破れません」と冥理ちゃんが言った。「私はトリックを見破るのが得意ですが——好代さんのこれは、トリックではないので見破れない」
「本物ですか」
「本物です」と冥理ちゃんが言った。「偽物ならもっと単純な仕掛けがある。これは仕掛けがない。だから本物です」
冥理ちゃんらしい判断の仕方だった。好代はそれで十分だと思った。
◆世頼ちゃんのランランルー
世頼ちゃんが少し離れた場所で、小さく歌っていた。
ランランルー。
白黒のシスター服。聖歌隊。
好代が近づくと歌が止まった。
「……今日の歌は」と世頼ちゃんが言った。「届いたから歌っています。それだけです」
「受け取りました」と好代は言った。
世頼ちゃんの目が少し温かくなった。
「……ありがとうございます」と世頼ちゃんが言った。
世頼ちゃんが「ありがとうございます」と言った。いつもは届けるだけだった。受け取ってもらえたことへの感謝を言った。好代はその言葉を、自分の中のどこかに置いた。
◆幸夢ちゃんの周波数
「魔法電波でおいわいするピョン!」
声がした瞬間、廊下の端で小さく爆発した。
幸夢ちゃんだった。兎耳の魔法少女。ドジっ子電波アイドル。
「だ、大丈夫ですピョン!でもすきよちゃんの電波、広すぎて受信できないピョン!周波数が変わった!」
「変わりましたか」
「うん!AM波がFM波になった感じ!合わせ直さないと!」
幸夢ちゃんが電波を調整しようとして、また少し爆発した。
「爆発していますよ」
「わかってるピョン!でも合わせ直せば絶対届くピョン!」
幸夢ちゃんの顔は嬉しそうだった。爆発しながら嬉しそうにしている。それが幸夢ちゃんだ。
第六章「全体確認」
◆秩序ちゃんが読み上げる
全員が中央廊下に集まった。
三十一人。全員がここにいる。においで確認した——全員来ている。一人も欠けていない。
秩序ちゃんが書類を持って定位置に立った。
「では、月次全体確認を始めます」
渾沌ちゃんが「私が仕切るって言ったのに」と小声で言った。
「姉さん、読み上げは私がします」
「……わかった、いいよ別に」
秩序ちゃんが月次記録を読み上げ始めた。
先月の外業務件数。フロアのお客様数。ダンジョンの新区画発見報告。分類不明バーガーの残数——好代が全部食べたので、現在ゼロ。補充予定なし。
各部署の報告が続いた。摩天ちゃんが短く報告した。世達ちゃんが数字で報告した。無常ちゃんがフロアの変化を報告した。
最後の項目を読み上げる時、秩序ちゃんが少し間を置いた。
「……四十八日目。千姿、帰還。以上です」
廊下が静かになった。
三十一人が、静かにその一行を聞いた。
◆渾沌ちゃんの一言
しばらく、誰も何も言わなかった。
それから渾沌ちゃんが言った。
「じゃあ今日から第三部!」
「第三部とは何ですか」と摩天ちゃんが言った。
「新しい話!ぱんでむの!」
秩序ちゃんが「記録上の呼称としては採用が——」と言いかけて止まった。
「……いいじゃないですか、第三部」と無常ちゃんが言った。珍しく秩序ちゃんに異議を唱えた。「感触として正確だと思います」
秩序ちゃんが少し考えた。「……記録の備考欄に書いておきます」
「「第三部」って?」と安寧ちゃんが言った。「わーい!なんかわかんないけどわーい!」
幸夢ちゃんがまた少し爆発した。
流焔ちゃんが「ヒャハハ!第三部!燃えてきた!」と言った。
瑠志ちゃんが「……問答無用で進む」と言った。それが瑠志ちゃんの同意だった。
廊下がにぎやかになった。
◆好代は廊下を見回した
好代は廊下を見回した。
三十一人。全員がここにいる。全員のにおいが来ている。ぱんでむ全体のにおいが来ている。渋谷のにおいも来ている。
全部が同時にここにある。
前が広い。
声には出さなかった。でも渾沌ちゃんが好代を見て、少しだけ笑った。
聞こえていた可能性がある。
【クルー視点モノローグ】
──────────────────
秩序──五十日目の全体確認記録
全クルー出席。全員が好代さんのにおいを確認した。
渾沌が「第三部」と言った。
記録上の呼称としては備考欄に留めるが——気持ちとしては、そうだと思う。
始まりの記録がない、とずっと書いてきた。
今日の記録が——その始まりに一番近い気がする。
──────────────────
千姿——
——
──────────────────
【エピローグ】五十日目の昼
全体確認が終わって、クルーたちが散っていった。
好代は廊下に少し残った。
三十一人分のにおいがそれぞれの方向へ散っていく。厨房の方向に。訓練場の方向に。フロアの方向に。外商班は既にどこかへ向かっている。
全部が同時に来ていた。全部がここにあった。
今日のぱんでむのにおいは、昨日より少し温かかった。
好代はそれを自分の中のどこかに置いた。
午後はダンジョンだ。摩天ちゃんと一緒に行く。今日は浅い区画。感覚を確認する。
前が広い。
——それはずっと変わらない。




