接続
今回の患者は姉と母の死に囚われ続けている人間だ。若い頃の記憶を引きずっている人間ほど記憶の消去は大変だ。なぜなら、若い頃の記憶は脳に鮮明に残りやすく、その後の人生のあらゆる体験の源流にあるものであるため、その人の経験の多くが特定の記憶に強く結びついているからだ。
残業は永海と行う。院長が人間の脳をつなげる装置「脳接続型記憶除去装置」、英語でBrain-interface memory eraser略してBIMEを管理して、自分と永海が患者の脳に侵入し、干渉する。そして患者が希望した記憶の芯を見つけ出し、破壊するのだ。
永海には特殊な能力があった。というかこの年頃の子供にはよくあるものだが、大人の心の奥にある闇を察知することができるのだ。しかもそれに対して恐れを抱きにくいので無意識にその記憶へ近づくことができる。これが作業時間の大幅な短縮につながるのだ。大人は人の奥深くに触れることを本能的に恐れる。他人の心の深部に近づくためには自分を開示することが必要なのだが、大人はそれが難しいからだ。子供は自分の深部と表層の区別がはっきりはついておらず、また、真の自分を他者に開示することに抵抗が少ないからだ。永海もやがては大人になってこの治療での能力を失っていくのだろう。自分は永海以外の助手を知らず、院長も詳しくは教えてくれないので助手の子供ががどこからやってきてどう生きていくのかはわからない。
患者の隣に寝ようとすると怪訝な顔をされたので軽く説明をした。記憶を消したい時期が16歳と24歳で2つあるのも困難な点だ。昨日の残業で寝る仕事とはいえ疲れが残っているので、それも不安だ。一方で永海の機嫌が良さそうなのは安心できる。
院長に急かされ、寝る体勢になって、器具をつける。
「おやすみなさい。」
院長の穏やかな声と共に眠りに落ちた。




