嵐の後は
あれからというもの悪い夢を見るようになった。いつも同じ夢。母と住んでいた家のリビングにいて、入り口の扉の向こう側から母の声が、そして姉の部屋からは姉の声が聞こえる。
「ドアを開けて、光。今日はお土産があるよ。」
仕事帰りによくおやつを買ってきてくれた懐かしい母の声。
「光。こっちきて。見せたいものがあるんだ。」
そう言ってドアの後ろに隠れてよく自分を脅かしてからかってきた健康だった頃の姉の声。
どちらも懐かしい声だ。安心する。もう聴くことはできないけど。母の方をあけにいくと
「そうよ。そのままこっちにきて。早く。」
母の声が嬉しそうになる。その一方で
「そっちに行ってはダメ。母さんはもういないのよ。」
姉が声を張りあげる。
逆に姉の方へ向かうと
「ほらほら、こっちおいでよー。はやくー。」
嬉しそうな姉の声と
「お母さんはもういらないってこと。」
悲しそうな母の声。
どちらを開けても結果は一緒。床に倒れ、息絶えている母や姉がそれぞれ扉の前にあるだけ。それに絶叫して気絶したところで毎回夢は終わり、汗だくで目を覚ます。だいたい週に二回、ひどい時には毎日その夢を見る。また、幻聴もあった。家にいるときも外にいる時も、扉があるところでは母や姉の呼ぶ声が聞こえるようになった。開けたら、夢と同じように死体がある気がして幻聴が収まるまでその場にうずくまるしかなかった。
仕事も休み休みになった。職場の人はずっと優しかったが、段々と自分を見る目つきが哀れみのものから冷たいものへと変わっていることは感じていた。これ以上この生活を続けても意味がないと命を断とうと思った。姉と母親の痛々しい亡骸を見ていたので、できるだけ痛みが少なく楽に死にたいと思った。そこで夜な夜なインターネットの海を彷徨っていると、ある病院のサイトが目に留まった。
「生まれ変わりたいと思っているそこのあなた、記憶、消します。」
どう考えても嘘くさかった。でも、もし本当なら、この世で一番楽な死に方ではないかと思った。どうせ今後の人生に希望などないなら試すのはアリではないか。金額が書いてあったのだが、1000万円〜と書いてあってアホらしくなってやめた。
気づいたら寝落ちしていたのだが、その日の夢はいつもと違った。始まりはいつものリビング。いつも通り二方向から母と姉が呼んでいる。でも何かが違った。ベランダの窓が七色に水面のように光り輝いている。
「こっちだよ。君が来るべきところは。」
知らない少年の声が聞こえた。迷わず飛び込んだところで夢は終わった。
朝が来て起きた時、これは母と姉からのメッセージだと思い、その病院に行ってみようと思った。母の遺産と自分の所持物を全て売れば何とかなる。早速準備に取り掛かった。なぜか今は暗闇のずっと奥から小さな光の糸が垂れているような気分だ。
母さん、姉ちゃん、俺は先へ進むよ。




