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奇跡とは

 そもそも生物とは生を与えられ、自分のDNAの存続のために生きていくものである。親が子に与える愛情や家族に対する愛情、友人に対する愛情は結局全て自己の利益のためであるとどこかで聞いた。夢がないなあ、と思った。世界には簡単な科学理論では説明できないような奇跡がたくさんあるというのに。説明できると言ってもあらゆる確率の小さな穴を潜り抜けて起きるもの。そういったものを人は神から与えられた運命だと呼ぶではないか。


 愛情だって時には非効率だ。自分を犠牲にしてまで他人を助けようとする人間をたくさん見てきた。自分の人生を全て賭けてまで。僕自身もそう。その先に何があるかは知らないで。大抵は破滅。しかし、時には予想だにしないことが起こる。その決定的な刹那を今まで幾度も観測してきた。そしてこれからもいくつも出会っていくであろう。


 もう一度言っておくがそれは限りなく奇跡で簡単には起きないもの。奇跡の多くは予想通りの結果の屍の上で成り立っている。愛の告白、もしくはそれに辿り着くまでの行為、親子の愛情、友情、人間の根幹を揺るがすような妬み嫉み。それでも人はなぜ信じてしまうのだろう。まるで自分が映画の主人公であるかのように。


 自分が奇跡を意識するようになったのは現在勤めている病院に入ってからである。そこは一見普通の精神科であるが、どこか辿り着くべきものだけが辿り着く情報なので公言はできないが、法外な値段で記憶を消す治療を行なっているという噂がある。そもそも記憶を消すこと自体が法外であるのだが。常人であれば記憶を消すなんて恐ろしいことしないが、この世の中色々な人がいる。記憶を消したい人だっているだろう。

 

 ここに記すのはそんな病院で僕が見てきた大して珍しくもないような哀れな患者たちの奮闘記録。そしてそこのあなたも奇跡とは何かが掴めるのではないか。

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