ある世界の記録書――薬草の知識
村から離れ、コスモスが咲く花畑を通り過ぎる。私たちの目的は薬草――熱を出した祖父のために、解熱草を煎じるのだ。
「この前、ニーナとルークが花粉まみれの精霊を連れて帰ってきたの知ってる?」
「知ってるよ。子供は無邪気だからねぇ」
白髪混じりの祖母はコスモスに目を落とし、ふふっと笑う。
「そんな呑気なこと言ってられないよ。花粉なんてついたら、洗濯大変なんだから」
「ピリピリするほどのことじゃないよ。あの笑顔を見られるならね」
私はどうも祖母の楽観的な考えには賛同出来ずにいる。用心するに越したことはないのに。そう思ってしまう。
「解熱草があるのはこの辺かな」
祖母は草むらの脇にしゃがみ込み、皺のある白い手で草を分けて葉を見比べる。
「これは……整腸草だね。こっちは抗炎症草」
「どう違うの?」
「葉の形と色、葉脈だよ。この違いが分かれば、エミリも薬草博士になれるね」
祖母はまた小さく笑う。
私には夢がある。病気の人たちを治し、健康にしてあげる夢が。その一端となるなら、薬草の選別が出来ても良いかな、とは思う。
「薬草なんて古臭いけど……考えとくね」
家に帰ったら、薬草の勉強でもしてみよう。私も祖母へ、にこやかに笑ってみせた。
* * *
その夢が叶うことはなかった。私が不甲斐ないばかりに。私がもっと『混沌をもたらした者』に対抗出来ていれば、こんなことにはならなかったのに。痛む胸を押さえつけると、記録書をはらりと落としてしまった。床に落ちる前に、魔法で本を受け止める。
「次の世界で、新しい命として必ず呼び戻してみせるから」
呟きは決意へと変わり、波紋のように部屋へと広がっていった。