ある世界の記録書――朝
今日もいつものように店に並ぶ。俺が丹精込めて育てた小麦が食品へと変わる。誇らしくて仕方がない。
とある日のことが思い返される。
「ヨハン、お前はいちいち並ばなくても、俺が家に運ぶぞ?」
パン屋のベイクはにこにこと朗らかに笑いながら、俺の肩を叩く。
「生産者だって、立派な客だ。ちゃんと並んで、お代を払わせてくれ」
「相変わらず、真面目な奴だな」
「別に真面目じゃないさ。ただ、娘にとって良い父親でいたいだけだからな」
人として、親として、村人として、手本を見せたいだけだ。俺がにこりと口角を上げてみせると、ベイクは苦笑いをする。
「それが真面目だっていうんだ」
そうなのだろうか。自分では良く分からない。
「明日、またパンを買いに来るよ」
「ああ」
短い会話をし、村人に愛されるパン屋を後にした。
* * *
香ばしい小麦の香りが漂い始める。前に並ぶ男性は、鼻をひくひくと動かした。
「毎日、こんなに美味しいパンを食べられるのは幸せだな」
ぽつりと呟かれた言葉に、胸が熱くなる。小麦農家として、こんなにも嬉しい賞賛はない。また、午後から仕事を頑張ろう。そう思わせるには十分だった。
列はすぐに進み、店主からバケットを二本受け取った。妻とニーナの笑顔を思い浮かべ、焼き上がったバケットを手に家路を急ぐ。
「どうか、家族が健やかでありますように」
娘の成長を、妻と一緒に見届けられますように。明日も来るであろう幸せを、信じて疑う余地はなかった。
* * *
私は貴方たちの役には立てなかった。昇る太陽は、もうこの世界の人類を照らすことはないのだ。痛む胸に眉をひそめ、記録書を本棚へと戻した。