ある世界の記録書――収穫祭
人々は家を出払い、隣町へと繰り出す。今日は葡萄の収穫祭なのだ。大人はワインを、子供はジュースを手に、豊作を祝う。
大地の精霊は人々の額にキスをして回る。
「せいれいさん、かわいいー」
暑さが和らぎ始めた季節の昼下がりのことだ。葡萄を食べながらワインを飲むという贅沢の極みにいる中で、精霊にキスされたニーナは頬を朱に染めた。
「本番はこれからだぞ? 葡萄の足踏みが待ってるからな」
「あー! あれ、ふにふにして気持ち良いのー!」
無邪気に笑うニーナの頭を撫で、もう一口ワインを引っかける。
「ニーナ! あしふみいこー!」
「うん!」
早速、ニーナの友人であるルークが娘を連れ出す。今日という日は、誰もが待ち望んでいたものだ。子供を攫う者なんて現れはしない。小さな不安を振り切り、妻の肩を抱いた。
「貴方、酔っ払ってる?」
「かもな」
ガハハと笑い、快晴の空を仰いだ。恵みをもたらしてくれてありがとう、神よ――存在するかも分からないものに感謝を捧げ、十字を切る。それを見て、妻も視線を落とし、祈りを捧げた。
* * *
私は感謝される程の者ではない。貴方たちを護れなかったのだから。とある農夫の記録書を手に、一粒の涙を零した。