ある世界の記録書――ニーナの記憶
今日も、神である私の部屋にある本棚の一冊に手を伸ばす。これはもう存在しない少女の記録である。
* * *
空に虹がかかった。太陽のような光の精霊が舞踊り、晴れを告げる。
「ニーナ、ベチャベチャになっちゃったね」
「雨いっぱい降ったもん! 楽しかったぁ」
私の心は幸福感で満たされている。ルークや村の友だちと一緒に、あぜ道を駆け回った。畑から顔を覗かせた大地の精霊も、恵みの雨に満足そうだ。
家に帰り着くと、母が呆れたような笑顔を向けてくる。
「ニーナ、派手に遊んだねー。お風呂に入っておいで」
「はーい」
泥だらけになった足で、廊下を駆ける。その後を、仔竜の姿をした水の精霊が追いかけてくる。適当に身体を洗い、湯船に浸かった。
「温かーい……」
水遊びの後のお風呂も至福の時間だ。ちゃぷちゃぷと音を立て、水の精霊は湯船で遊ぶ。
「せいれいさんとも話せたら良いのになぁ」
水の精霊は私の顔を見詰め、小首を傾げた。私のこの言葉が通じているのか、聞こえているのかすら分からない。何しろ、精霊たちは皆、言葉を発しないのだ。
精霊の鼻に人差し指を当ててみる。精霊は首をすくめると、小さなくしゃみをした。可愛らしい姿に、思わず笑ってしまう。
「また雨が降ったら、いっぱい遊ぼうね」
精霊の青いつぶらな瞳は、私ではない遠くの何かを見ているようでもあった。
* * *
こんなにも小さな子どもたちまで、私が創造した世界から消え去ってしまったのだ。悲劇は食い止められなかったのだろうか。悔いながら、本をぱたりと閉じた。