血の秘密
壁のひび割れから染み出た黒いカビは、夜明けの光さえも吸い込むかのように不気味な影を落としていた。リアムは、そのカビに覆われたレンガの壁を背に、ぼろきれのシャツを体に巻き付けていた。朝露は冷たく、空腹が腹の底で渦を巻く。
「囁く病」が蔓延して十年。王都の貧民街で、俺は物心ついた頃から働いている。荷物運び、水汲み、時には盗みまで。今日を生き延びるために、手段を選んでいられなかった。この灰色の都で、明日を信じている奴なんて誰もいない。皆、ただ息をしているだけだ。
その日もいつもと同じはずだった。凍える体で通りを歩いていると、古びた地図を広げた男に呼び止められた。男は汚れた外套を羽織り、顔はフードで隠れている。
「リアム・ヴェール。あんたが探している男だ」
男の言葉に、俺は眉をひそめた。俺はただのリアムだ。ヴェールなんて姓は知らない。
「人違いだ」
そう言って立ち去ろうとすると、男は俺の腕を掴んだ。その手は、凍えるほど冷たかった。
「違う。あんたは王の血を引いている。この国の未来は、あんたの手に懸かっているんだ」
男の言葉は荒唐無稽で、まるで物語の中の出来事のようだった。だが、彼の真剣な眼差しは、それが嘘ではないことを語っている。王の隠し子? まるで冗談だ。そんな高貴な血が、なぜこんな薄汚れた場所にいるんだ?
俺は男の手を振り払い、走り出した。だが、頭の中では、男の言葉が何度もこだまする。
王の血。この国の未来。
その日から、俺の日常は終わりを告げた。そして、俺が知らなかった「もう一つの人生」が、静かに幕を開けたのだ。