第六話∶櫻咲校:龍紋の転校生
東京・桜咲龍光学園
午前8時15分 朝の斜光
「新しい場所だ、少しは大人しくできるか?」
吉田井川は金縁メガネを押し上げた。
スーツの袖口が車のドアをかすめる時、
内側の青銅の鱗片が一瞬だけ暗光を放った。
「人が俺を犯さなければ、俺も犯さない。」
何中は帽子のつばを深く下げて返し、
視線は校門脇の「風紀厳正」と刻まれた銅板をなぞった。
次の瞬間、キャップは荒々しく奪われる。
「初日から風紀委員を挑発するな。」
吉田は帽子を公文バッグに押し込み、
振り返った時、ネクタイピンの冷たい光が——
その鱗片の輪郭と寸分違わず重なった。
「行くぞ。」
車が車流に溶け込む刹那、
何中はバックミラーを睨み、目を細める:
「バーを経営してる叔父……どう見ても裏稼業専門だろ。あれ、本当に俺の叔父か?」
朝風が吹き、桜花が背に叩きつけられる。
落ちゆく花弁を断ち切るように、低い男声が響いた。
「何中くん?」
担任は一礼し、肩線は定規のように真っ直ぐ。
「私は二年生主任だ。よろしく頼む。」
仮面めいた笑みが口元に浮かぶ。
「……はじめまして。」
何中の礼は半拍遅れ、
だが目尻には校舎の影で一瞬きらめく白いスニーカーが映った。
——
「静粛に!」
教鞭が空を裂き、乾いた音を立てる。
「転校生、何中。中国から——」
「日本語、わかんのか?」
不良男子がわざとらしく叫び、
笑い声は潮のように教室全体を覆う。
パキッ!
半分のチョークが何中の指で折れた。
弾指——
白い線が空気を裂き、不良の眉間に突き刺さる!
粉が指先を染めた瞬間、
龍紋が燃え上がり、赤熱した焼印のように輝く。
隙間から青白い煙がシューッと立ちのぼる。
前列の女子が口を押さえ、叫んだ:
「な、何中くんの手が光ってる!?」
「てめぇ、死にてぇのか!」
不良が机を蹴倒して突進する。
首筋の血管を浮かせても、背丈は何中の胸まで。
「特別な歓迎儀式ってわけか?」
何中は見下ろし、低く言う。
「成田空港のチンピラの三分の一も強くねぇな。」
拳骨に灼熱が走り、龍紋が蠕動する——
まるで鱗と爪が皮膚下を這い回るかのよう!
「やめろ!」
竹刀が二人の間に叩き込まれる!
梁田育魚は剣道着をまとい、颯爽と立ちはだかった。
銀白の長髪、一方は赤、一方は橙の異なる瞳。
手首には逆刃の傷痕。
腰の袴口には木刀袋が結わえられている。
動きの中で襟元が開き、
鎖骨は白玉のように光を弾いた。
心臓に走る逆鱗!
——その異瞳が縦の裂け目に縮んだ。
「……ッ」
何中の鼻腔が熱を帯び、
二筋の血が床へ真っ直ぐ落ちる!
血の珠は小さな四爪の龍紋を形作った。
「お前……中は真空か!?」
竹刀が「シュッ」と喉元に突き付けられる。
「放課後、道場で会う!
お前の中にある“邪念”は必ず斬る!」
梁田の耳朶は真っ赤に染まり、刀を収めて駆け去る。
道着の裾は翻り、怯えた白蝶のように舞った。
その時、隅から金属のぶつかる音が響いた。
予香馨の指先が引き出しの内側をなぞる——
青銅の手錠と吉田の鱗片が、
共鳴するようにブンブン震えていた!
「何中くん♥……」
彼女の歯の隙間から甘い吐息が漏れ、
病的な紅潮が蒼白の頬を覆っていく。
「見つけた……本物の“オモチャ”を♥」
引き出しの中、「龍華高校」の金属の浮き彫りが、
差し込む格子状の光の中で、
蠕動し、生き物のように蠢いていた。