番外編:炎竜の心臓(1)
もう何が起こっているのか分からない。これは私とAIとの最後の戦いだ。
「俺……また走馬灯を見てるのか?」
何中は、真っ暗な奈落の中に漂っていた。
「……おかしいな。確かに、もう出そうだったはずなのに。なのに意識が……何かにすり替わったみたいだ。」
彼はゆっくりと目を閉じ、悔しげに拳を振り抜いた。
「……?」
拳が何か、ねっとりとした柔らかいものを殴った感触。
その瞬間、熱い蒸気のような吐息が、ドッと彼の体を包み込んだ。
「な、なんだよ、これ……!?」
慌てて目を開けた瞬間、
巨大な赤い縦瞳が、彼を覗き込んでいた。
見る間もなく、体の浮力が抜け、
彼は灼けた地面に叩きつけられるように落下した。
「××××××……?」
全身が紅蓮の鱗に覆われた巨大な龍が、
威厳と軽やかさを兼ねた声で何かを呟いた。
「……いってぇぇぇ! なんだよ一体!」
何中は顔を灼熱の大地から引き抜き、
龍の言葉を完全に無視して怒鳴った。
「×!×××……!」
龍の瞳孔が細まり、声がさらに低く響いた。
人間界の地獄のような光景。
燃え盛る炎が視界の全てを覆い、
空気は焦げつくような熱と灰の臭いに満ちていた。
それでも、何中は自分が龍になっていることなど気づかず、
ただ呆然と周囲を見渡していた。
「xx.xx!」
龍が咒文のような言葉を唱えると、
何中の体は勝手に動き、膝をついた。
「は? な、なんで勝手に……!」
「xxxxxx?」
「なに言ってんだ? まるで葬式で泣いてるみたいな声だぞ!」
「xxxxxx!」
「おいおい、俺は宇宙人でも三体人でもねぇ!
人間だっつの! 人間語で話せよ!」
龍は何かを訴えるように身をよじったが、
体はまったく動かない。
膝をついたまま、ぴたりと元の姿勢に戻ってしまう。
「xx...xxx...?」
「…………」
何中は呆れ果て、ため息混じりに眉をひそめた。
「xxx!」
龍が再び咒文を唱える。
次の瞬間、周囲の炎が龍を包み、
その中心で、彼は人の姿へと変わった。
燃えるような赤髪、
額の両側に伸びる紅の角、
頬や腕に浮かぶ赤い鱗。
背には長い尾が揺れている。
顔立ちは何中より若く、
その瞳――透き通る紅の縦瞳だけが、
異様な輝きを放っていた。
龍――いや、焰龍は、静かに彼の前へ歩み寄った。
「な、なんだよ、今度は何する気だ!」
シュッ!
龍の指が、何中の頭蓋を貫いた。
「うおおおおおっ!?」
脳を掻き混ぜるように指をねじり、
突然、焰龍の鱗が逆立った。
ザクリッ!
龍の指が抜けた瞬間、
血にまみれた小さな塊――言語中枢の一部が、
何中の頭から垂れ落ち、
顔を伝って灼熱の地面に落ちると、
ジュウ、と音を立てて蒸発した。
「おえっ……うっぷ……!」
何中は反射的に嘔吐した。
だが吐瀉物すら瞬時に焼き尽くされ、灰になった。
焰龍はその血塊を空中に放り投げ、
大きく口を開けて飲み込む。
「これで、俺の言葉が分かるだろう?」
その声は先ほどよりも澄んでいて、
威厳よりもどこか楽しげだった。
「……おまっ、誰だよ、てめぇ!」
口元を拭いながら、何中が怒鳴る。
「焰龍と呼べばいい。」
「名乗るな、クソ龍!」
「だが、見ての通り、まだ生きてるじゃないか。」
「俺、自分の頭の中が見えねぇんだよ!」
何中は恐る恐る頭を触る。
ぬるりと、何か蠕く感触。
血の中でうごめくそれが、
組織を縫うように傷を修復していた。
「……うわ、気持ち悪ぃ……でも、生きてる!?」
「それが共生ってやつさ。死にたくても死ねない。」
焰龍は指先で彼の額を軽く叩いた。
途端に、何中の体が自由を取り戻す。




