竜血を喰らう
穏やかなオフィスの灯りの下――しかしそこでは金銭をめぐる激しい口論が勃発していた。
「ふざけんなッ! 五十万って約束だろ! なんで七割もピンハネすんだよ!」
手にした明細を握り潰し、目を血走らせて吉田を睨みつける何中。
吉田は落ち着き払って煙草をくわえ、煙を吐き出しながら淡々と答えた。
「なんでって? お前、俺の“山崎18年”をぶっ壊しただろうが」
「はァ? 酒場経営してるくせに、その一本ぐらいケチケチすんなよ!」
疑惑に満ちた表情で目を見開く何中。
「それだけじゃない。相撲取りへの賠償金もある。ルールは“倒すまで”だ。なのにお前は“殺した”。」
滔々と並べ立てる吉田に、
「知るかッ! 七割カットとか、俺を道具扱いか!」
何中は怒声で遮った。
「信じらんねぇ……お前、本当に俺を仲間だと思ってんのか?」
「仲間? お前なんざ――」
言いかけた吉田の言葉を、突如現れたポールダンサーの女が断ち切った。
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女は何中の膝に腰を下ろし、妖艶で艶めかしい声を響かせる。
「ねぇ坊やぁ♥……このネックレスの留め具、見てくれない?」
突然のご褒美展開に理性が揺さぶられる何中。
だが必死に抑え込み、冷静を装って答える。
「悪いな、今そこの店長と仕事の話してんだ」
「んん〜? いいじゃない、ちょっとだけ♥」
女はさらに身を寄せ、白く豊満な胸が彼の腕に半月形の痕を残す。
「……っ! こっちから触ってないぞ!? この体温、この髪の香り……」
結局誘惑に抗えず、ごくりと喉を鳴らす何中。
手を伸ばしかけた、その瞬間――
「ドンッ!」
「桜川麗子ッ――! いい加減にしろ!」
堪えきれなくなった吉田がテーブルを叩き割った。
振り返った何中の目に、額に青筋を浮かべた吉田の鬼の形相が映る。
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「任務はもう終わったでしょ! 遊んで何が悪いのよ!」
麗子は不満げに声を荒げる。
「白々しい芝居はやめろ! さっさと出ていけ!」
「いいわよ……だったらこの子は連れてくから」
「ふざけるな! コイツを道具扱いする気か!」
「道具? アンタだって同じでしょ! 金のためにこき使ってるだけじゃない!」
言い合いの末、麗子は有無を言わせず何中の手を引き、店を出ていった。
吉田は二人の背中を睨みつけ、反射する眼鏡の奥で凶悪な光を放つ。
「クソッ!」
唸り声をあげ、鋼のペンを取り、報告書に記した。
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A-13 実験体
短気 → 遺伝子欠陥
性衝動過多 → 遺伝子欠陥
純龍血 → 遺伝子完全
龍血気怒値 > 40% … 覚醒状態
龍血気怒値 > 80% … 暴走状態(体内の龍血が宿主を侵食)
龍血気怒値 < 20% … 性衝動状態
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「何中……お前は何日中の劣化した“器”にすぎん」
独り言のように呟き、唇に笑みを浮かべる吉田。
「だがしばらくは使わせてもらおう。黒闘技場で稼がねぇとな……」
陰謀めいた笑みが暗い灯りに溶ける。
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ネオン灯に照らされた薄暗い廊下。
麗子は無言のまま何中の手を引き続けた。
「おい、どこへ連れて行く気だよ?」
沈黙が続き、響くのはハイヒールの硬質な音。
それがまるで「着けば分かる」と言っているように。
「チッ……無視かよ!」
苛立ちに駆られた何中は麗子の手を振り払った。
「……何をする気?」
振り返った瞬間、麗子は彼を壁に押し付け――
「バキッ!」
背骨の砕ける音が響いた。
「っぐ……!」
呻く何中の口を塞ぎ、麗子は囁いた。
「大丈夫。龍血がすぐに癒してくれるわ」
そして手を腿の奥へ滑り込ませ、妖艶に嗤う。
「知りたいんでしょ? だったら身体で教えてあげる♥」
淫靡な表情で彼を見下ろす麗子。
「さぁ、龍血が反応するかどうか……試してあげる」
「……ッ!」
痺れるような感覚が全身を駆け抜ける。
「やっぱり……まだ処女か。なら龍血も悦ぶはず♥」
言葉通り、何中の体内で血が沸き立つ。
二人の呼吸が熱を帯び、加速していく――。
だがそのとき。
「スパッ!」
――刃が麗子の首を断ち切った。
噴水のように血が吹き出し、何中の顔を濡らす。
麗子は崩れ落ち、床に血溜まりを広げた。
だが何中は平然と血を拭い、薄笑いを浮かべた。
「ククク……本王が出ようとした瞬間に邪魔とはな」
威厳を帯びた声と共に、人ならざる威圧感が放たれる。
スーツ姿の刺客たちが目の前に立ち塞がる。
「まあいい……五人程度の雑魚。斬り捨てれば気も晴れる」
何中は低く詠唱する。
「邪なる悪龍の主よ……我に魔力を!」
紅の魔法陣が足下に展開し、灼熱の炎が噴き上がる。
「悪龍――焔龍斬!」
炎が鱗片の刃となり敵を切り裂いた。
肉片が空中で燃え、灰となって散る。
瞬く間に、殺し屋たちは無残に四散。
何中は頭蓋を踏み砕き、冷笑した。
「クズども、養分にすらならん」
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「さて……こいつか。俺を引き出した女は」
麗子の亡骸に目を落とし、指で血を舐める。
「……女の龍血、か。なら使える」
再び詠唱。
「慈母竜よ――癒しの力を!」
緑の光が麗子を包み、血が逆流して身体に戻る。
「ふぅ……やはりまだ覚醒はしてないか」
ほくそ笑む何中。
だが次の瞬間――
「バチィン!」
麗子が放った平手が頬を打ち、首から青い血が噴き出す。
「……は、なせ……」
言葉は血泡に飲まれた。
異変に気づいた何中は洗面所へ駆け込む。
「今のは……何だ!?」
鏡の中。
紅の竜眼が、銀白の髪に変じた自分を映していた。
「ククッ……中々の器だ。だが――」
身体が震え、蒸気が毛穴から噴き出す。
「チッ……この容器、もう持たねぇ……ッ!」
爪で胸を掻き裂き、肉が翻る。
脳裏に浮かぶのは吉田の実験報告。
――容器破損度80%超過時、浄化プログラム発動。
「ぐ、あ……!」
そのまま意識を失い、床へと崩れ落ちた。




