表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ユニークスキルのせいでハーレムを作る事が確定した哀れな中年冒険者が挑む現代ダンジョン配信物  作者: パラレル・ゲーマー


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

34/66

第33話 月曜日の凱旋と、中間管理職の憂鬱

 月曜日の朝。


(…はぁ)

 彼は、心の底から深いため息をついた。

 昨日の、あの狂乱の一日が、まるで遠い昔の夢のように感じられる。

 優勝賞金1億円。住宅ローンの完済。そして、世界の頂点に立ったという、一瞬の、しかし確かな高揚感。

 だが、その祝祭の熱狂は、一夜明けた月曜日の朝の、この暴力的なまでの日常の前では、あまりにも儚く、そして無力だった。

 そして今から、彼は自らの意思とは全く無関係に、その人生において最も縁遠いと思っていた役割を、演じなければならなかった。

「時の人」。

 あるいは、「英雄」、と。


 彼が、会社の最寄り駅で人の波に吐き出されると、その重い足取りで、灰色のコンクリートジャングルの中にある、自らの戦場…オフィスへと向かった。

 エレベーターを待ち、乗り込む。

 その、密室となった空間で、彼は気づいた。

 いつもであれば、スマートフォンの画面に視線を落とすか、あるいは虚空を見つめているだけの同僚たちの、その視線が、明らかに自分へと注がれていることに。

 ヒソヒソという、囁き声。

「おい、あれ…」「マジか、本物だ…」

 その、あまりにも居心地の悪い空気。

 それに、健司はただ、その無表情の仮面を、さらに厚くすることしかできなかった。


 オフィスフロアに足を踏み入れた瞬間、その空気は、確信へと変わった。

 彼が、自らの部署であるシステム管理課の島へと向かう、その短い道のり。

 その全てが、まるでレッドカーペットの上を歩いているかのような、奇妙な感覚だった。

 すれ違う社員たちが、皆、一瞬だけ動きを止め、驚きと、好奇心と、そしてわずかな畏敬の念が入り混じった、複雑な視線を、彼へと向けてくる。

 彼は、その全てを無視した。

 ただ、自らのデスクという名の、唯一の聖域へと、その歩みを進めるだけだった。


 だが、その聖域ですら、もはや彼の安住の地ではなかった。

 彼が、その使い古されたオフィスチェアに腰を下ろした、その瞬間。

 彼の、数少ない部下たちが、まるで狼煙でも上がったかのように、一斉に、彼の元へと集まってきたのだ。

 その先頭にいたのは、やはり、あの男だった。

 入社二年目の、山田。

 その目は、もはやただの好奇心ではない。

 一つの、生ける伝説を前にした、信者のように、キラキラと輝いていた。


「か、課長!」

 山田の、その上ずった声が、静かなオフィスに響き渡る。

「**いやー凄いですね課長!**見ましたよ、昨日のグランプリ!マジで、鳥肌立ちました!」

 その、あまりにも純粋な、そしてどこまでも熱狂的な賞賛の言葉。

 それに、健司は深く、そして重いため息をついた。

「…ああ」

 彼が、ようやく絞り出したのは、そんな、あまりにも素っ気ない一言だけだった。

 だが、山田の熱狂は、止まらない。


「最後の、あの一撃!ヤバすぎでしょ!解説の人も、絶叫してましたよ!『これがSSS級の力かーっ!』って!俺、マジでリビングでガッツポーズしちゃいましたもん!」

「俺もです!」

 山田の隣で、別の部下が、興奮したように続く。

「あの、道中での圧倒的なスピード!他のチームが、まるで止まって見えましたよ!課長の指揮、神がかってました!」


 その、あまりにも的確な、そしてどこまでも健司の神経を逆なでする、賛辞の嵐。

 それに、健司はただ、その死んだ魚のような目で、部下たちの顔を、一人一人見つめ返した。

 そして彼は、その中間管理職としての、完璧なポーカーフェイスの裏側で、静かに、そして深く、戦慄していた。

(…こいつら、まさか、全員見てやがったのか…)

 彼の、そのあまりにも個人的で、そしてどこまでも不本意な「週末の趣味」。

 それが、今や、この会社の、全ての人間が知る公然の秘密と化している。

 その、あまりにも恥ずかしい、そしてどこまでも面倒くさい現実に、彼の胃が、キリリと痛んだ。


 彼は、その全ての賞賛を、いつものように、完璧な謙遜で、いなした。

「いや、俺は何もしていない。ユニークスキルと、仲間が凄いだけですよ」

 その、あまりにも模範的な、そしてどこまでも本音の一言。

 だが、その言葉は、部下たちの熱狂の炎に、さらに油を注ぐだけだった。

「またまたー!ご謙遜を!」

「あの冷静な指揮!まさに、うちの課のプロジェクトを回してる時と同じじゃないですか!」

「俺たち、最高のリーダーの下で働けて、幸せです!」


 その、あまりにも眩しい、そしてどこまでも純粋な尊敬の眼差し。

 それに、健司はもはや、何も言うことはできなかった。

 彼は、ただ、その場に立ち尽くすことしかできなかった。

 彼の、孤独で、静かだったはずの日常は、完全に、そして未来永劫に、失われたのだと。


 ◇


 その、部下たちによる公開処刑(という名の、賞賛の嵐)が、ようやく収まったかと思われた、その時。

 彼の、オフィスの内線が、けたたましい音を立てて鳴り響いた。

 画面に表示されたのは、彼がこの会社で、最も逆らえない人間の名前。

『部長』。


(…来たか)

 健司は、観念した。

 彼は、その重い受話器を取り、その耳へと当てた。

 電話の向こうから聞こえてきたのは、彼の直属の上司である、部長の、これまでにないほど上機嫌な、そしてどこまでもねっとりとした声だった。

『――佐藤君かね?今、少しよろしいかな?私の部屋まで、来てもらえないだろうか』


 部長室の、重厚なマホガニーの扉。

 その前に立ち、健司は一つ、深呼吸をした。

 そして、その扉を、静かにノックする。

「失礼します。佐藤です」

「おお、来たかね!入りなさい!」

 部屋の中から聞こえてきたのは、弾むような声だった。

 健司が、その部屋へと足を踏み入れた瞬間。

 彼の目に飛び込んできたのは、信じられない光景だった。

 部長が、その巨大な執務机の上で、一つのARウィンドウを開き、食い入るように、何かを見つめている。

 それは、昨日の『ルーキー・グランプリ』の、アーカイブ映像だった。

 画面には、りんごの【超・火炎球】が、ボスを蹂躙する、あのクライマックスのシーンが、スローモーションで、繰り返し再生されていた。


「――いやー、凄いな!何度見ても、凄い!」

 部長は、その映像から目を離すことなく、子供のようにはしゃいだ。

「君の、あのマネジメント力でチームを引っ張る姿!感動したよ!」

 彼は、ようやく顔を上げると、その満面の笑みで、健司を手招きした。

「まあ、座りなさい。今日は、君に礼が言いたくてね」

「礼、でありますか?」

「ああ、そうだとも!」

 部長は、力強く頷いた。

「君のおかげで、我が社の、いや、この私の株が、ストップ高だ!」

 彼は、そう言うと、一枚の社内報の電子版を、健司の前に表示させた。

 その一面には、でかでかと、こう書かれていた。

『我が社システム管理課、佐藤課長、快挙!新人冒険者大会で、世界一に!』


 その、あまりにも大げさな、そしてどこまでも会社の手柄にしようという、魂胆が見え見えの見出し。

 それに、健司は深いため息をついた。

 だが、部長の自慢話は、まだ終わらない。

 彼は、その話題を、一つの、あまりにも個人的な、そして健司にとっては最も面倒くさい方向へと、舵を切った。


「それでな、佐藤君。これは、全くのプライベートな話なのだがね」

 彼の声が、ひそひそうとしたものに変わる。

「実は、うちの息子がな。君の、大ファンになってしまってね」

「はあ」

「ああ。**私の息子なんか、『お父さんの部下だよ』と教えたら、『凄い!凄い!』と、キラキラした目でね。**昨日から、『会いたい、会いたい』と、うるさくてかなわんのだよ」

 その、あまりにも親バカな、そしてどこまでも厄介な、告白。

 それに、健司の脳内で、けたたましいアラートが鳴り響いた。

(…やめろ。それ以上、言うな…)

 だが、その彼の、ささやかな願い。

 それを、部長は、あまりにも無邪気に、そしてどこまでも無慈悲に、打ち砕いた。


「それで、相談なのだがね。どこか、定時後で、家に来てほしいというのだよ。いや、もちろん、無理にとは言わん。だが、息子の、あのキラキラした目を、無下にもできなくてな…。どうだろうか?ほんの少しの時間で、いいんだ。サインの一枚でも、書いてやってはくれんだろうか」


 静寂。

 数秒間の、絶対的な沈黙。

 そして、その沈黙を破ったのは、健司の、心の底からの、魂の叫びだった。

(――絶対に、嫌だ)

 だが、その言葉が、彼の口から発せられることは、なかった。

 なぜなら、彼は、サラリーマンだったからだ。


 彼が、そのあまりにも見苦しい、そしてどこまでも社会人として完璧な言い訳を、脳内で高速で組み立てていた、まさにその時だった。

 部長室の、内線が鳴った。

 部長が、その電話に出る。

「ん?ああ、社長秘書の、高橋君か。どうしたね?…なに?社長が、佐藤君と私を、至急呼んでいる、だと…?」


 ◇


 社長室の、重厚なマホガニーの扉。

 その前に立ち、健司は、もはや何度目になるか分からない、深いため息をついた。

 彼の、サラリーマンとしての直感が、告げていた。

 この扉の向こう側には、部長の家の訪問よりも、さらに面倒くさい何かが、待っていると。

 そして、その予感は、的中した。


「――よく来たね、佐藤君!そして、部長君!」

 社長室の、その巨大な革張りの椅子に深く腰掛けた、この会社の絶対的な王。

 彼は、満面の、そしてどこまでも人の良さそうな笑みを浮かべて、二人を出迎えた。

「いやー、見たよ、昨日のグランプリ!素晴らしい!実に、素晴らしいじゃないか!」

 彼は、そう言って、その大きな手で、健司の肩を、バンバンと叩いた。

「いやー、我が社の誇りだよ!」


 その、あまりにも手放しの、そしてどこまでも純粋な賞賛。

 それに、健司はただ、恐縮するしかなかった。

 だが、社長の本当の目的は、そこにはなかった。

 彼は、その鋭い、しかしどこまでも悪戯っぽい瞳で、隣に立つ部長を、ちらりと見た。

 そして、彼は言った。


「それで、部長君。君が、さっき佐藤君に、何やらコソコソと、お願いをしていたという話が、私の耳にも入っているのだがね」

 その、あまりにも的確な、そしてどこまでも全てを見透かしたかのような一言。

 それに、部長の顔が、サッと青ざめた。

 社長は、ニヤリと笑う。

「**それは、ずるいぞ、部長君。**抜け駆けは、良くないな」

「い、いえ、社長!これは、その…!」

「分かっている、分かっているとも」

 社長は、その慌てる部長を手で制すると、最高の笑顔で、その最終的な、そして拒否を許さない「決定」を、下した。


「**ワシの息子も、『会いたい』と言ってたからな。**こうしようじゃないか」

 彼は、そう言って、その場の全ての空気を、支配した。

「**会社で、食事会でも開催してみないか?**もちろん、経費は全て、会社持ちだ。佐藤君と、君の、あの可愛いギルドメンバーたち。そして、君と私の、自慢の息子たち。皆で、盛大に、君の勝利を祝おうじゃないか!」


 その、あまりにも一方的で、そしてどこまでも彼の逃げ道を塞ぐ、完璧な提案。

 それに、部長の顔が、ぱっと輝いた。

「**良いですね、社長!**素晴らしい、お考えです!」


 その、あまりにも息の合った、そしてどこまでも健司の意思を無視した、上司たちの会話。

 それを、健司はただ、死んだ魚のような目で、見つめることしかできなかった。

 そして彼は、その心の中だけで、静かに、そして深く、呟いた。

 その声は、この世界の、全ての理不尽を受け入れた、聖者のようだった。


「(勘弁してくれなんて、言えないな、こりゃ。しばらくは、この調子だろうな)」


 彼の、哀れで、そしてどこまでも面倒くさい「新たな人生」は、また一つ、その面倒くささのステージを、上げたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
 トップ オブ 上役こそチカラ ハラスメント!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ