第22話 エリートたちの常識と、規格外のえいえいおー
月曜日の憂鬱な会議を乗り越え、火曜日の理不尽なクライアントをいなし、水曜日のサーバーダウンを徹夜で復旧させ、木曜日の飲み会を完璧な言い訳で回避し、そして金曜日の定時ダッシュを成功させた佐藤健司(35)の心は、週末という名の聖域を前にして、わずかな安らぎを取り戻していた。
彼の、サラリーマンとしてのHPは、すでに残り1ミリ。
だが、彼の冒険者としての物語は、ここからが本番だった。
土曜日の昼下がり。
西新宿の空は、久しぶりに雲一つない、突き抜けるような青空が広がっていた。だが、その晴れやかな空とは裏腹に、C級ダンジョン【忘れられた錬金術師の工房】の内部は、ひんやりとした薬品の匂いと、どこか甘い魔力の残滓が混じり合った、独特の空気に満ちていた。
佐藤健司率いる、あまりにも歪なパーティは、この日もまた、その異常なまでの成長速度で、ダンジョンの生態系そのものを破壊し尽くしていた。
「――輝、左翼のホムンクルスの集団を頼む!陽奈、正面の錬金ゴーレムの足を止めろ!りんご、お前はまだ素振りしてろ!俺が、中央を突破する!」
「りょーかい、ボス!」
「はい、健司さん!」
「はーい、分かったよー!」
佐藤の、もはや手慣れた指揮。それに、三人の少女たちが、それぞれの個性豊かな返事と共に、完璧なタイミングで応える。
彼らの連携は、もはやただの寄せ集めではない。
数々の死線を(主に佐藤の胃を犠牲にしながら)共に乗り越えてきた、一つの完成された「チーム」のそれだった。
彼らのレベルは、陽奈のアイスによる経験値100%アップのバフのおかげで、すでに17まで上がっていた。
彼らが、その日の目標であるエッセンス5個のノルマを達成し、帰路につこうとしていた、その時だった。
彼の視界の隅で、ピンク色のタコ…フロンティア君が、けたたましいアラート音と共に点滅を始めた。
「健司!緊急事態だッピ!」
その、あまりにも切羽詰まった声。
「このダンジョンの、座標X-15、Y-32の地点で、高濃度の魔力反応を検知したッピ!データによれば、30分後、その場所にエッセンスを宿したモンスターが、大量に出現する『フィーバータイム』が発生する可能性があるッピ!期待値にして、平均5.7個のエッセンスがドロップする計算だッピ!」
その、あまりにも的確な、そしてどこまでも甘美な情報。
それに、輝の瞳が、ギラリと輝いた。
「マジ!?行くっきゃないっしょ、健司さん!」
「…はぁ」
佐藤は、深いため息をついた。
彼の、サラリーマンとしての本能が、警鐘を鳴らしていた。
うまい話には、裏がある、と。
だが、彼の隣で、陽奈がその大きな瞳をキラキラと輝かせている。
「行きましょう、健司さん!私、もっと強くなりたいです!」
その、あまりにも純粋な、そしてどこまでも力強い一言。
それに、佐藤は観念したように、頷くしかなかった。
◇
フロンティア君のナビゲートに従い、彼らがたどり着いた場所。
そこは、ひときわ巨大な、円形の実験場だった。
床には、意味の分からない魔法陣がいくつも描かれ、壁には、様々な薬品が詰められたガラス瓶が、ぎっしりと並べられている。
そして、その広間の中心。
そこには、すでに別のパーティが、陣取っていた。
彼らは、佐藤たちと同じ、冒険者学校の制服に身を包んでいた。
だが、その雰囲気は、全く違っていた。
全員が、最新のメタ(流行)ビルドで装備を固め、その立ち姿には、一切の隙がない。
校内ランキングでも、常に上位に名を連ねる、「エリートパーティ」だった。
リーダーは、いかにも好青年といった風貌の、しかしどこか他者を見下したような目をした剣士。
彼は、佐藤たちのあまりにも異質で、そして非効率的に見える構成(中年リーダー、女子高生3人)を一瞥すると、その口元に、侮蔑の笑みを浮かべた。
「…なんだ、君たちは」
その声は、どこまでも冷たかった。
「ここは、我々『アストライア』が管理している狩場だ。悪いが、素人は別の場所で遊んでくれないか?」
その、あまりにも一方的で、そしてどこまでも傲慢な物言い。
それに、輝が即座に噛みついた。
「はぁ?あんたたちに、管理する権利なんてないでしょ!早い者勝ちじゃん!」
「おや、口の利き方を知らないらしいな」
リーダーの少年は、その美しい顔を、わずかに歪ませた。
「弱い犬ほど、よく吠えるというが。君たちのその奇妙なパーティ構成、校内でも噂になっているぞ。『お荷物JKと、それを介護する中年』、だったかな?」
その、あまりにも下劣な挑発。
それに、陽奈の顔が、サッと青ざめた。
そして、佐藤の、その常に冷静だったはずの心の奥で、何かが、ぷつりと音を立てて切れた。
「…面白い」
リーダーは、その口論を制するように、一つの提案をした。
「では、どちらがこの狩場にふさわしいか、実力で証明しようじゃないか」
彼は、ARウィンドウにタイマーを表示させた。
「これより1時間。より多くの、そしてより高価値のエッセンスを稼ぎ出したパーティが、この狩場の優先利用権を得る。どうだ、この勝負、乗るか?」
それは、あまりにも一方的で、そしてどこまでも傲慢な挑戦状だった。
佐藤は、その挑戦を、ただ静かに見つめていた。
そして彼は、ゆっくりと、その口を開いた。
その声は、もはやただのサラリーマンではない。
自らの部下(仲間)を侮辱された、一人のリーダーの、それだった。
「…いいだろう。その勝負、受けよう」
◇
戦いは、熾烈を極めた。
エリートパーティ『アストライア』は、その名に恥じない、完璧な連携を見せた。
タンクが完璧なタイミングでヘイトを取り、ヒーラーがそれを支え、そしてDPSが、そのわずかな隙に全ての火力を叩き込む。
彼らは、安定して、そして効率的に、エッセンスを狩り続けていく。
対して、健司たちのパーティは、混沌としていた。
輝は、功を焦って前に出過ぎ、何度もピンチに陥る。
りんごのルーレットは、相変わらず「大ハズレ」の花を咲かせ続ける。
陽奈の氷結魔法だけが、かろうじて戦線を支えていた。
スコアは、見る見るうちに開いていく。
アストライアのリーダーが、その光景を、嘲笑うかのように言った。
「どうした、お荷物パーティ。もう、終わりか?」
その、あまりにも無慈悲な一言。
それに、陽奈と輝の顔が、悔しさに歪んだ。
りんごもまた、そのマイペースな笑顔を、わずかに曇らせていた。
その、少女たちの、あまりにも切ない表情。
それを見た、瞬間。
佐藤の、その心の奥底で、何かが、弾けた。
(…ああ、もう、面倒くせえ)
彼は、心の底からそう思った。
リスク管理も、費用対効果も、もはやどうでもいい。
ただ、目の前の、この生意気なガキどもを、叩き潰す。
それだけで、いい。
彼は、その三人の少女たちへと、向き直った。
そして彼は、叫んだ。
その声は、これまでのどの指示よりも、大きく、そして力強かった。
「――おい、お前ら!下を向くな!」
その、あまりにも唐突な、魂の叫び。
それに、三人の少女たちが、はっとしたように顔を上げた。
「俺たちは、弱いかもしれねえ!俺たちは、セオリー通りじゃねえかもしれねえ!だがな、それがどうした!」
彼は、その胸を、ドンと叩いた。
「俺たちは、俺たちのやり方で、勝つんだよ!あいつらの、その綺麗な顔を、泥だらけにしてやろうぜ!」
そして彼は、その不器用な拳を、天へと突き上げた。
「よし、絶対負けるか!えいえいおー!」
その、あまりにも青臭く、そしてどこまでもダサい、しかし魂のこもった雄叫び。
それに、三人の少女たちの、その心に、確かに火が灯った。
彼女たちは、顔を見合わせた。
そして、彼女たちは同時に、最高の笑顔で、その拳を突き上げた。
「「「――おー!」」」
その、四つの魂が、完全に一つになった、その瞬間。
世界の理が、再び、そしてこれまでで最も大きく、歪んだ。
彼らの全身を、まばゆい黄金の光が、包み込む。
彼の脳内に、直接、無機質な、しかしどこまでも荘厳なシステムメッセージが、響き渡った。
【「絆」が、上昇しました】
【【至福のひとさじ】は、パッシブスキル『攻撃力増加』を獲得しました。効果:ダメージが100%上昇します】
【【幸運は二度ベルを鳴らす】は、A級未満の全てのドロップを5%で複製するように進化します】
その、あまりにも衝撃的な、そしてどこまでも暴力的な、覚醒。
それに、佐藤はただ、呆然としていた。
だが、彼の隣で。
陽奈の、その小さな体が、これまでにないほどの、圧倒的な魔力のオーラを放ち始めていた。
そして、輝の、そのギラギラとした瞳が、もはや金ではなく、純粋な勝利への渇望で、燃え盛っていた。
そこから、始まったのは、もはや競争ではなかった。
ただ、一方的な「蹂躙」だった。
陽奈のアイスによる、ダメージ100%アップの祝福。
それを受けた、佐藤と輝の攻撃は、もはやE級のそれではない。
B級のトップランカーに匹敵する、神の領域の一撃と化していた。
そして、輝のスキルが、魔石だけでなく、エッセンスを、そして時にはレア装備すらも、複製し始める。
彼らのスコアは、指数関数的に、爆発的に、跳ね上がっていく。
結果は、圧倒的勝利だった。
アストライアのリーダーは、そのあまりにも理不尽な光景を前にして、ただ呆然と立ち尽くすことしか、できなかった。
彼の、完璧だったはずの世界が、今、目の前で、完全に破壊されていく。
その、あまりにも美しい、そしてどこまでも残酷な光景を。
佐藤は、ただ、静かに見つめていた。
そして彼は、心の底から、思った。
(…ああ、やっぱり、俺のスキル、クソスキルだわ…)




