第八話〈新たな唄〉
光をまとう龍の唄を頼りに、リオは旅を続けていた。
街から街へ、村から村へ。リュートを肩に、乾いた石畳を踏みしめながら。
誰もがこの唄を知っているわけではなかった。
だが時折、耳を傾ける者がいた。懐かしげに目を細め、けれど、唄の結末を知らぬ者ばかりだった。
遥かなる鉱の谷に、光をまとう竜ありき――
その唄は、誰にとっても、昔話の一部であり、あるいは幻想だった。
リオは尋ねた。
「この唄を……聞いたことは?」
「さあねぇ、どこかで聞いたような、ないような……」
「その先の村の婆さんなら知ってるかもな」
「龍の唄か? 懐かしい響きだ」
だが、誰も真実までは教えてくれなかった。
そうして、季節が移ろう中、リオは隣国へと足を踏み入れた。
そこは、南方の乾いた大地と、豊かな鉱脈に恵まれた地。
赤茶けた土と、陽光に輝く岩肌が広がり、街道沿いには石造りの街が点在している。
その街の広場で、リオは再び唄った。
――遥かなる鉱の谷に、光をまとう竜ありき――
唄を終えたとき、ひとりの少女が近づいてきた。
年の頃は十にも満たない、焼けた土色の髪に、澄んだ瞳。
「それ、わたしの知ってる唄と、似てる」
「知ってるのか?」
リオは目を細めた。
少女は小さく頷き、弾むように話し始めた。
「この国の唄と、似てるの。でも、ちょっと違うよ。ほら、うちの村ではね、こんなふうに歌うの」
そう言って、少女は声を張った。
火の中で生まれ
火の中で愛し合う
番を失えば 高き空より墜ちる
その地に残るは 黒く光る石
リオの心がざわめいた。
歌詞こそ異なるが、確かにそこに“龍の墜落”と“黒き結晶”の片鱗がある。
「その唄……どこで?」
「お祭りで、みんなで歌うの」
少女の言葉に、リオは耳を傾けた。
この国では、成人の儀として“黒き地”へ赴く習わしがあるという。
それは龍が墜ち、怒りに呑まれた地――怨晶龍が生まれた場所。
「もうすぐ、そのお祭りがあるの。旅の人も見ていいんだよ」
リオの胸の奥で、結晶核がわずかに揺れた気がした。
怨晶龍が生まれた地。その真実を知る機会が、すぐそこまで迫っている。
唄の意味を知りたい。
失われた真実を取り戻したい。
そして、結晶核を……。
リオは少女に礼を告げ、祭りの日を待つことにした。
祭り当日。
乾いた風が、赤茶けた岩肌を撫でる。
大地は割れ、黒ずんだ石が地表に顔を出していた。そこは、どこか異様な気配に包まれている。
リオは、首に掛けた袋――結晶核をそっと握りしめながら、隊列の後方を歩いていた。
「ついてくるのか、旅の者」
前を行く男が振り返った。
背は低いが、肩幅の広い屈強な体つき。顔は焼けた土色に染まり、額には紋様の刺青が刻まれている。
南の国の成人たちが、怨晶龍の生まれた地へ赴く“成人の儀”が、今まさに始まろうとしていた。
「見物なら、自己責任でな」
男の視線は、リオの背にかけたリュートと、首元の袋へと一瞬だけ向けられた。
リオは頷き、歩を進める。
この地が、結晶核を返す場所にふさわしいかどうか、自分の目で確かめる必要がある。
やがて、視界が開けた。
大地が不自然に抉れ、巨大な窪地となっている。
その中心は黒く焼け焦げ、ところどころから煙が立ち上っている。
黒曜石の柱が無数に突き立ち、不気味な光を反射していた。
「ここが……」
リオは息を呑んだ。
ここが、唄に歌われた――墜ちた龍の最期の地。
隊列を率いる年長の男が、手を掲げて言う。
「これより成人の試練だ。恐れる者は戻れ。だが、この地に足を踏み入れたなら、最後まで歩き通せ」
若者たちが緊張した面持ちで頷く。
だが、リオの目は窪地そのものへと注がれていた。
砕けた黒曜石、焼け焦げた地表、歪んだ結晶の破片。
そして、何よりも――命を育むには、あまりに“死”の気配が濃すぎる。
これでは、結晶核を返すことはできない。
この地に置けば、再び“怨晶龍”が生まれる。
失われた唄の中に語られた“怒りの結晶”。
その再現を、リオは望まなかった。
唄を頼りに、ここまで来た。
だが、この地ではない。違う。
もっと遠く、もっと深く、光をまとう龍が愛し、命を育んだ“本当の場所”が、必ずある。
「俺は、まだ……探さなきゃいけない」
リオは、結晶核を握りしめ、黒く抉れた窪地を後にする決意を固めた。
まだ終わらない。
東へと続く街道を進む。