第七話〈新たな旅路〉
瓦礫に覆われたグレイドの街を、リオは静かに歩いていた。
首元の革袋を、そっと握りしめる。中には結晶核。
これを還す場所を、どうしても探さなければならない。
考えあぐねたとき、ふと、あの言葉が蘇った。
「……また、あの唄が戻ってきたか」
老鉱夫が言っていた。
ならば、その唄がどこから来たのかを知っているはずだ。
市場跡の片隅、焼け焦げた壁際で、老鉱夫は瓦礫を片付けていた。
リオが近づくと、その動きが止まり、険しい顔がこちらを睨みつける。
「……戻ってきたのか」
低く、重い声。
その瞳には、怒りと、悲しみが混ざっている。
「出ていけと言ったはずだ。お前の声も、聞きたくないと」
リオは深く頭を下げたまま、震える声で言葉を絞り出した。
「わかってます……でも、聞きたいことがあるんです」
老鉱夫の眉が僅かに動く。リオは覚悟を決めて顔を上げた。
「……あなた、前に言ってましたよね。
“また、この街に唄が戻ってきた”って。
その唄、以前にも……聞いたことがあるんですよね?」
静かな沈黙が降りた。老鉱夫は険しい目でリオを見つめたまま、煙草に火をつけた。
リオは続ける。
「知りたいんです……二度と、同じ悲劇を起こさないために」
リオはもう一度、深く頭を下げた。
沈黙。
老鉱夫は瓦礫の上に腰を下ろし、深く息を吐いた。
「……もう、何十年も昔の話だ」
リオは顔をあげる。
「俺がまだ子供だった頃のことだよ。あの唄を、この街で聞いたんだ。
あんたと同じように、旅の唄い手が、ふらりと現れてな」
老鉱夫は遠い記憶を辿るように目を細める。
「その唄が、どうにも耳から離れなくてな。
意味も分からねぇのに、ガキどもで面白がって真似したよ。
そんで、そいつが街を発つとき、俺たち、南の門まで見送りに行ったんだ」
懐かしさと苦さが混ざる声だった。
「大人たちは、あの唄を嫌がってた。……理由は、今ならわかる。
あの唄が災いを連れてくるって、そう言ってたんだ」
老鉱夫の瞳がリオを射抜く。
「だが、俺はあの唄が好きだった。胸に響く、不思議な旋律だったからな。
それが、また戻ってきて、こんなことになった」
リオは唇を結び、首元の袋を握る。
「もう、誰も傷つけたくない。
二度と同じことを繰り返さないために、その唄の道を、追いかけたい」
老鉱夫はしばらく無言で煙草をくゆらせた後、短く答えた。
「南の門から出てった。それしか知らん」
だが、その言葉はリオには十分だった。
唄のルーツを探す道は、そこから続いているのだから。
「……ありがとう」
リオは深く頭を下げ、瓦礫の街を後にした。
かつてあの唄を唄った吟遊詩人が去った南方へ向かって。