第六話〈結末と未来〉
リオの唄が、瓦礫に覆われたグレイドの空に響いていた。
砕けた街、崩れた石造りの建物、そのすべてを覆うように、旋律が染み渡る。
怨晶龍は、唄を聞きながら巨体をかすかに震わせた。
赤く濁った瞳が揺れ、砕けた鱗の隙間から、かつての輝きが一瞬だけ戻る。
愛なき結晶、それもまた
竜の子と、呼ばれたり
欠けていた一節が、完全な唄となって辺りにに響く。
そのとき、怨晶龍の体を覆っていた黒い結晶が、徐々に透明な輝きを取り戻していく。
リオは唄い続けた。
怯えながら、震えながら、それでも唄を止めることはなかった。
これは、龍と共鳴し、命の記憶を繋ぐための唄なのだから。
怨晶龍の咆哮が空を裂いた。
だがそれは、怒りでも憎しみでもなかった。
悲しみに似た、喪失を嘆く叫び。
その身体が、淡い光と共に砕けていく。
だが、破片は黒い凶器ではなく、透き通った結晶となり、風に舞った。
最後に怨晶龍の胸から、ひとつの結晶核が浮かび上がる。
それは、かつて番と共に流した涙の結晶。
愛と共鳴、そして別れの証。
リオはその結晶を両手で受け止めた。
冷たく、しかし確かに命の温もりが宿っている。
唄は終わり、街は静寂に包まれた。
焼け焦げた街並みに、透き通る結晶の光が残されている。
人々は震えながらも、リオを見つめていた。
その中に、ひとりの老人が歩み寄る。
老鉱夫だ。
血と灰にまみれた顔、震える拳。
「……龍を、倒してくれて感謝する」
その声は低く、乾いていた。
リオは何も言わず、ただその視線を受け止める。
「だが……娘と、孫の話は別だ」
老鉱夫の声はかすれ、怒りと悲しみに滲んでいる。
「お前の唄のせいで、奴が目を覚ました。たとえ、お前に悪気がなかったとしても……」
その拳が、かすかに震える。
リオは言葉を失い、唇を噛んだ。
「その声も、もう聞きたくない。この街を……早く出ていけ」
老鉱夫はそれだけを言い残し、崩れた家々の影へと消えていった。
リオの手には、怨晶龍の結晶核が残されている。
ぬくもりと痛み、その両方を宿したまま。
静まり返った街を背に、リオはゆっくりと歩き出す。
その手に握った結晶核は、冷たいようで、わずかに脈打つような感触を伝えてくる。
「……一人じゃない、か」
誰に向けるでもなく、ぽつりと呟く。
結晶核は、怨晶龍の残した命だ。
そしてこれから、どこかに還すべきもの。
まだ旅は終わらない。
この結晶を、成長できる場所へ。
命を、繋げるために。
リオは空を見上げた。
夜明けの光が、黒い瓦礫と透き通る結晶片を照らしている。
壊れた街も、焼け焦げた大地も、やがて新しい命が芽吹くだろう。
それが、龍と人が選ぶべき未来だと、リオは信じていた。
唄と共に、また歩き出す。
たとえ孤独でも、もう自分には、この手の中に――仲間がいる。
ここで一区切りとさせていただきます。引き続きリオの旅路をよろしくお願いします。