第十三話〈語られぬ唄〉
最終話となります。
遥かな鉱の谷をあとにして数日。
リオとバルクは再び分かれた。ドワーフたちは東の山道を越え、故郷の鍛冶場へと帰る。
「唄の道は……俺らの道じゃねぇ。だが、お前の唄は、忘れねぇよ」
そう言って、バルクはひとつだけ鉱石のペンダントをリオに残し、仲間とともに雪煙の中へと消えていった。
リオは一人、旅を続けた。
夜、焚き火の前で、リオはひとり唄を口ずさんでいた。
山を越え、谷を越え、龍の涙が落ちた地を巡ってきた。
けれど結局、この唄のすべてを知る者は、誰ひとりとしていなかった。
風は応えた。
精霊も、時に微笑み、時に涙を浮かべていた。
だが、リオの唄に最後まで耳を傾ける者は、いなかった。
それでも、彼は唄った。
誰かのためではなく、何かを成すためでもなく。
ただ、この唄が、この世界に確かに存在したということを――
この世に生きたひとりの“無魔”が、それを知っていたということを
記すために。
唄は、静かに消えていく。
炎の灯りが揺らぎ、風が吹き抜ける。
そこにいたはずの少年は、もういない。
リオという名の旅人。
魔を持たず、唄だけを信じた者。
彼の唄は、どこにも記されていない。
どの村にも、どの碑にも、彼の名は刻まれていない。
けれど確かに、彼は生きていた。
いくつもの龍の涙に触れ、
欠けた旋律に耳を澄ませ、
世界の片隅で、誰も知らない唄を、歌いきった。
ただそれだけの物語。
だがそれは、誰にも語れぬほどの、真実だった。
ご愛読ありがとうございました。
引き続きこの世界のお話を書いていきたいと思っています。宜しければご覧ください。