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第十二話〈響きあう光〉

 遥かな鉱の谷。


 そこは、風と石が唄う場所だった。


 岩肌は滑らかに削られ、ところどころに天然のガラスのような光沢を帯びた面が覗いている。かつて高熱が満ち、そして冷え、長い時をかけてこの形となったのだろう。


 足を踏み入れたその瞬間、リオは気づいた。


 


 ――ここには、命があった。


 


 今はもう、誰も住んでいない。

 けれど、確かに“誰か”が、ここで暮らしていた痕跡がある。


 抉れた岩の窪地、風を避けるように造られた壁面の窪み。

 そして何より、風が唄っている。どこか懐かしく、優しい旋律で。


 


「……リオ」


 


 背後から小声で呼びかけたのは、ドワーフのバルクだった。

 彼は谷の入り口から少し離れた岩陰に身を伏せ、険しい顔で谷の奥を見つめている。


 


「……見ろ。あれだ」


 


 その視線の先に、いた。


 谷の中心、ひらけた空の下。大地のくぼみに、ひときわ大きな影があった。


 


 それは――龍だった。


 


 陽を受けてきらめく、半透明の鱗。

 その全身はまるで光を宿した結晶のようで、谷の風と共鳴するように、その身からかすかな音を発していた。


 光まとう龍。


 唄に記され、リオがずっと追い求めてきた存在。


 その龍は動かず、ただ風の中に身をゆだねるように目を閉じていた。


 


「……生きてる、のか」


 


 バルクが呻くように呟く。


 


 だが、リオはもう動いていた。

 谷の奥へ、龍の方へと歩みを進めていた。


 


「おい、リオ! 馬鹿、やめとけ! 戻れ!」


 


 バルクの制止も届かない。


 リオはその龍に――その唄に、魅入られていた。


 


 踏みしめるたび、岩が小さく鳴く。風が渦を巻き、唄を撫でる。


 やがて龍が、気配に気づいたのか、その大きな瞳を開いた。


 


 深い、ガラスのような瞳。


 その瞳がリオを捉えた瞬間、龍は立ち上がり、身を翻した。


 光が走る。唸るような咆哮と共に、鱗が軋み、龍は翼を広げた。


 


「……っ!」


 


 リオは思わず立ち止まり、手を胸元へ伸ばす。


 革袋の中、結晶核が震えている。


 それは、怨晶龍が遺した、命のかけら。


 リオは、ゆっくりとリュートを取り出し――唄った。


 


 風と、岩と、龍の記憶へと、祈るように。


 


 ――遥かなる鉱の谷に、光をまとう竜ありき。


 


 その旋律が谷に満ちた瞬間、龍の動きが止まった。


 


 風が震える。


 鱗が微かに光を反射し、リオの持つ結晶核が共鳴するように淡く輝き始める。


 龍は、目を細めると、そっと頭を垂れた。


 


 怒りではない。

 悲しみでもない。


 


 ――それは、懐かしさ。


 


 リオは、そっと歩み寄る。

 鱗の隙間から響く音に耳を澄まし、震える手で結晶核を掲げた。


 龍の瞳が、それを見つめる。


 しばらくして、龍はゆっくりと身を引き、大地の奥へと続く小道を示すように、首を向けた。


 


「……そこが、巣?」


 


 リオは囁き、バルクの方を振り返った。


 ドワーフは、驚きと、どこか安堵を滲ませた表情で頷いた。


 


「やれやれ、唄ってのは……魔法よりよっぽどすげぇもんだな」


 


 谷の奥、かつて愛が宿った場所へ。


 リオはゆっくりと歩を進めた。


 


 そこは、風が優しく吹き、いくつもの小さな精霊が揺らめく空間。


 かつて、二匹の龍が共に眠り、唄い、命を育んだ場所――


 


 リオはその地に、膝をついた。


 結晶核をそっと取り出し、大地へと埋める。


 


「ここで、眠ってくれ」


 


 唄はすでに止んでいた。

 けれど谷が、それを覚えていた。


 風が吹き、光が揺れ、精霊たちが囁く。


 


 唄は、帰るべき場所へと還った。

次回、最終話となります。

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